60部
「何だよ、結局、勘ちゃんが真実に先に行きついたのか。
俺の今までの頑張りを返して欲しいな。」
石田の不満げな声が電話から聞こえる。真剣に調べていてくれたからこその不満なのだろうと思いながら、山本は
「昔から、詰めが甘いんだよお前は。だから肝心なところで先を越されるんだ。
気を付けないと命にかかわるミスとかやらかすぞ。」
「違うな、勘ちゃんがいつも俺よりも運を持ってるってだけの話だよ。
まあ、確かにもうちょっとってところで口説いてた女性に別の彼氏ができるなんてこともよくあるけど。」
「詰めが甘いんだよ。」
「ああ、もう、わかったよ。気を付けますよ。」
石田がすねたように言うのが面白くて山本は口角が上がってしまう。
「勘ちゃん今笑ってるだろ?」
電話越しなのになぜわかったのかわからないが、石田は山本が笑っていることをあてた。
「別に笑ってなんかない。」
否定はしてみたもののこの否定の言葉でさえも石田には強がりだとわかってしまうことがなんとなくわかった。
「黒木にはこのこともう報告したのか?」
石田の問いに自然と眉間にしわが寄る。
「黒木は自分でこの答えに行きついてたみたいだな。
まだ本人とは話せてないけど、俺からもしっかり報告したいとは思ってるよ。」
「さすがだな、あいつも。
そういえば、最近のニュースで憲法学会はてんやわんやだよ。
困った時にはあれこれ聞いてくるくせに、こんな感じになると昔の発言まで持ち出して批判してくるんだから、俺達としてはやってられないよな。」
「何の批判も受けていない准教授に文句を言われてもな」
「おい、俺も気にしてるんだよ。
これでも、足束教授からは『これからは君の時代だ』って言ってもらえるくらいの立ち位置にはいるんだからな。
・・・・・・そうだよ、俺の優秀さを警戒して俺のところに来なかったのかもしれないしな。」
「お前の時代が来たら日本の憲法学会は終わりなきがするよ。」
「うるさいよ。
そういうのは、俺のまともな授業を受けてから言え。
ふざけてばかりの俺を見てるからそういう風に思うんだよ。」
「そういえば、影山秀二君がこの前、勘ちゃんとの関係を聞いてきたよ。
随分と勘ちゃんに興味があるようだった。何か思い当たることはあるか?」
石田が妙に真剣な声色で話しているのが理解できなかったが、
「三橋のせいで自殺した兄貴の関連する事件を解決したからでは説明できないのか?」
「ハハ、警察が事件を解決したから興味を持たれるなんて滑稽だな。
事件を解決するために警察はあるんだからな。
彼のは・・・・・そうだな、敵を探っているスパイの様だった。
この前も言ったことを勘ちゃんが覚えてるかはわからないけど、彼は24歳とは思えないほど優秀だよ。そして、何か大きな秘密を抱えている気がする。」
「根拠は?」
「勘だよ勘。刑事の第六感ってやつだな。」
「お前刑事じゃないだろ。」
「そんな冷たいこと言うなよ。俺だって色々考えてるんだからな。
まあ、俺の仮定が正しいかどうかはそのうち証明してみせるよ。」
「そんなどうでもいいことしてないで、自分の論文にでも集中しろよ。」
「失礼な奴だな、俺の論文はしっかり進んでいるんだぞ。遊ぶときは遊ぶけどまじめな時だってしっかりあるんだからな。」
「そういえば、お前の論文って読んだことないな。どんな内容だ?」
「おい、友達の論文くらい読めよ。
まあ、いいか・・・・・・・・・・。そうだな、世の中には様々な理由で出生届が出されずに生きている人がいる。そういう人には本来、生まれた時点で与えられる戸籍というものが存在するにもかかわらず、出生届がないことから戸籍を与えられず無戸籍の人間が発生する。
無戸籍だと小学校に通うことも、大人になっても職に就くどころか住むところも銀行で口座を作ることもできない。保健証が発行されないから病院に行くことも難しい。
じゃあ、そういう無戸籍の人って一生そうやって生きていくのかって言うとそれは不可能だ。
だいたい、出生届を出さないから無戸籍者が生まれるのであれば、悪いのは無戸籍者ではなく、その親ということなのだから、親の責任で失った普通の人としての人権を回復させることが必要になる。そういう人達の扱いに対しての論文を書いてる。
でも、例えば、犯罪歴があって整形で顔を変えて全く別人として生きている人間には、人権の回復より、先に刑罰による処罰を課さなければいけない。そのあと、無戸籍状態になったその犯罪者の名前でもう一度戸籍を整備する必要性が出てくるわけだな。
じゃあ、その戸籍は本来の名前で作り直すのがその犯罪者にとっていいのか、それとも人生をやり直すという意味で新しい方の名前で戸籍を作った方がいいのかという問題が発生するわけだ。
まあ、これは一例で上げただけで問題の山積する事例だから今日はここまでにするけどな。」
「無戸籍者の人権についてか。お前にしてはまじめな論文だな。」
山本が苦笑気味に言うと
「でもな、勘ちゃん。これって怖い話だと思わないか?
知り合いのあの人が実は全く違う人間だった。『あの人』だと思ったら、その人のふりをしているだけのまったく知らない人だった。そんなことが一回でもあれば、人は本当は知り合いなのに本当にその知り合いなのだろうかと疑心暗鬼になる。
一度揺らいだ信頼が簡単には再構築できないように、一度、疑いだしたらきりが無くなる。
そんな怖い話だよこれは。」
「なるほどな。今度、飲みに行った時にでも詳しく聞かせてもらうよ。
そろそろ捜査に戻って、足束教授の名誉回復をしないといけないからな。」
「本当にそれだよ。他の教授たちにも迷惑が広がってるんだ。
さっさと捕まえてくれよ。
後、飲みに行くなら勘ちゃんのおごりだからな。」
「そうだな、お前にも黒木にも世話になったことに変わりはないからな。
おごらせてもらうよ。」
「楽しみにしとくよ。」
そう言って石田は電話を切った。そこに上田の声がして
「警部、そろそろです。」
「わかった直ぐに行く。」
山本は答えて、先ほどまで石田と話していた携帯を握る。何がとは言えないが何か嫌なものを感じた気がしたのだった。




