56部
「お久しぶりです、山本さん。
まさかあなたとまたお会いすることになるとは思っていなかったですよ。」
相田は険しい表情で挨拶をしてくる。表情からして再会を喜んでいる雰囲気ではない。
「捜査の進展が目覚ましくなく、いきづまってましてね。
そこで協力して頂きたいことがあるんです。」
山本の言葉に眉をひそめて相田が聞く。
「内容によりますね。私も佐々木も自分達が信じれる情報しか報道しないことにしていますから、事件の捜査のために嘘を報道することにはできませんよ?」
「その点は大丈夫です。
とある大物政治家の裏献金の情報なのですが、世間に出回っている内容とは別の真実があるんですよ。それを報道して頂きたいんです。」
「その『とある大物政治家』を助けるために別の内容を報道しろということですか?」
山本は色々と考えた結果、ため息をついてから、
「相田さんにはすべてお話しますが、現在、多くのテレビ局で『独自取材』をうたって、大物政治家のスキャンダルが報道されていますが、それは全て『佐和田』と呼ばれる男が流している情報だと私は思っています。」
相田は訝し気な表情で
「『山本さん』が思っている、ということでよかったですか?」
山本は相田の質問の意味をくみ取り、
「はい、全て俺の責任です。もしこの情報に誤りがあった場合のすべての責任を俺が取ります。」
相田はじっと山本を見据えて、
「続きをお願いします。」
「この『佐和田』の目的は、マスコミの信用を地に貶めることだと思います。
週刊晩夏の編集長の井上氏が亡くなられたのも、週刊誌や新聞などの出版系のマスコミの信用を貶めるために殺されたのだと思っています。
テレビ局はどこも週刊誌と同じ状況にあります。他者が提供した情報をあたかも自分達が手に入れた情報のように報道すれば、週刊誌の二の舞になるのは目に見えています。」
「山本さんが協力を願い出た背景は理解しました。」
相田が言うと、上田が
「えっ、いいんですか?警部の言うことが間違っている可能性もあるんですよ?」
相田は上田を見て、
「今の話で、うちの局に起こってることと合致するところがありました。
どこから来ているの不明確な情報を番組のトップで入れろという命令が上層部からきました。
しかし、情報の出所や信ぴょう性のある情報がないので俺と佐々木が拒否したので上層部はかなり怒ってました。
よその番組は上層部の言う通りに報道しているようですが、簡単に誰かを批判するような報道は人の幸せを潰すことになります。そんな番組だけは作りたくないと思っていますから、山本さんがその情報の出所を教えてくださるなら信用するだけの価値が山本さんにはあると俺もたぶん佐々木も思うと思います。」
相田はまっすぐに山本を見て言った。山本は頭を下げて
「ありがとうございます。できる限り、相田さんや佐々木アナウンサーに迷惑のかからないようにします。」
「協力するかどうかは、今からお聞きする山本さんの情報とそれを裏付けるだけのしっかりとした証拠を提示して頂けるかにかかっています。最悪、山本さんのお話で協力できなくなるかもしれませんし、証拠に信ぴょう性がなければそれまでです。」
「わかりました。
今からいうのは、正直に言うと罠をはります。
前島財務大臣の贈収賄事件に関して、前島大臣に裏献金を受け取れるだけの度胸はありません。
あの人は秘書や官僚の言いなりで動いているいわば神輿です。
裏献金を受け取っているのも秘書の一人でした。この情報の信用性に関してはあらゆる方面から調査を重ねていますし、証拠も数日中にはそろえることができると思います。
その証拠は音声かあるいは動画だと思います。その証拠を得るための依頼した人物がどんな証拠を手に入れてくるか俺にもわからない状況にいますから明言はできません。」
「秘書が献金を受け取っていたんですか?なぜそんなことを?」
相田が聞くと、山本は少し考えてから
「政界には裏組織の『秘政会』と呼ばれる組織があります。秘書が無能な議員の代わりに政治を行うことを目的にした組織で、前島大臣の献金を受け取った秘書もその組織の一員です。
しかし、公には献金は前島大臣の名前で金銭のやり取りがあるので、もし世間に露呈しても責任を負うのが大臣になるようになっているんです。」
「なるほど、じゃあ、うちを含めたテレビ局は前島財務大臣を主犯として糾弾しているけど実は秘書がしていたことだという証拠を報道すればいいんですね?」
「はい。
おそらく、『佐和田』側の目的は前島大臣に贈収賄の責任を全て押し付けることにあると思います。そう思う根拠は今は言えないのですが、『佐和田』が意図した目的が達成できなければ、もっと違う直接的な動きをしてくるのではないかと俺は踏んでいます。
間違った情報を報道していたテレビ局自体への信用も下がってしまいますが、犯人を捕まえるためにはこの手しか残っていないと俺は思ってます。」
「そんなに逮捕が難しい犯人なんですか?」
「奴らの持ってる信念というか憎しみのようなものは、罪悪感に負けるようなものではありません。五條のように罪悪感に負けて自分から罪を認めるような人間ではない。
あいつらは自分達こそが正義だと信じ切って疑わない怪物なんだと俺は思います。」
相田は『五條』の名前に少し反応を見せたが、平静を装って
「五條君は怪物にはなれなかったと言いたいのですか?」
「人間だから、彼はあの事件を起こしたし、人間のままでいたからこそ、自分の恩人を救うことができたのだと思います。
怪物になれば、その先にはあるのは破壊だけですから。」
相田は少し黙って下を向いて、
「わかりました、協力はします。ただ、先ほども言ったように証拠が信用に足るものだと判断できなければ、この話はなかったことにしていただきます。」
相田はそう言って、その場から離れていった。その様子を見て、
「相田さん、本当に協力してくれますかね?
五條さんの話を出したのは間違いだったんでじゃないですか?」
上田が心配そうに言い、山本が
「あの人もまだ五條が全てをやったとは思ってないんじゃないか。
だからこそ、俺が五條のことを人間と言ったことに聞き返したんだろ。
本物の怪物を見つける気があるのかと聞かれていた気分だったよ。」
「そんな怪物ってこの世に本当にいるんでしょうか?」
「いるかわからないから脅えるんだろ?
宇宙人もオバケも存在するかわからないから怖いんだよ。
まあ、世の中には怖いと思う以上に知りたいって欲求に駆られて調べてしまう馬鹿な奴らがいるわけだけどな。」
「それ言うなら、警部はきっとその人達と同じ分類にはいると思いますよ。」
「バカか、俺は宇宙人には会ってみたいと思うが、オバケには会いたくねえよ。」
山本はそう言うと早足でその場から離れていく。後姿を見送りながら上田は一人で
「いや、そう意味じゃなかったんですけど・・・・・・・・。
っていうか、警部オバケ怖かったんだな。意外だなぁ~。」
そう言った後で、このパターンはまた警部に遅いと言われて怒られるパターンだと思って、上田は急いで山本を追いかけた。




