54部
「ガチャ!」
勢いよく開いたドアの方を見ると山本が物凄い剣幕で無言で近づいてくる。武田は椅子に座ったまま山本が目の前に来るまで一言も発することができなかった。気を取り直して、
「おいおい、一応、警察トップの部屋に入るときはノックくらいしろよ。」
「失礼します、本日は総監にご報告とお尋ねしたいことがあってきました。」
山本はそう言って真剣な表情でこちらを見ている。
「いや、それはドアのところで言うことであって、目の前まで来て言うことじゃないだろ。
まぁ、いいか。それで、どんな話?」
これ以上責めても山本のことだからそんなに改まらないだろうと諦め話を聞くことにして武田が聞いた。
「まず、ご報告からですが、
山本信繁殺害事件の真犯人が判明しました。
前島財務大臣の父親である前島恒和です。
動機は息子の和夫を政治家にしないために邪魔になったからだということでした。」
「そうか。」
短く答えた武田の顔を見て山本が
「やはり、知っていたんですね?」
武田は「ハァ」と短くため息をついて、
「先日、北条総理から報告を受けた。
前島恒和が既に死去しているが、今からでも捜査のやり直しは可能かという質問つきでな。
前島財務大臣の兄である恒夫が犯行を立証する手帳を燃やしてしまったのであれば、証拠は何もないから、前島兄弟がその話を公にする他、前島恒和の犯罪を立証できないと言った。
お前の尋ねたいこともそれか?」
「総理はその情報を誰から?」
「ハァ、前島恒夫本人からだ。和夫の方も総理に話そうとしていたらしいが、その前に恒夫が話したそうだよ。」
「そうですか、まぁ正直言ってその件にはあまり興味がないのでどうでもいいです。
本題に入りますが、『SH』について、現段階でわかっていることを教えてください。」
武田は目を閉じて天をあおいで、ため息をついて
「お前がそこに行き着くのも時間の問題だとは思ってたが、それを俺に聞きに来るとはな」
「上杉さんには違うことでご面倒をおかけしてますし、武さんの性格上、必要なことを土壇場まで隠しておきそうですからね。
無茶ぶりされる側としては、早めに情報を頂きたいんですよ。」
「なるほどねぇ~、だから菊ちゃんからお前が来るって連絡がなかったのか。菊ちゃんもお怒りなんだな。」
武田がふざけた感じで言い、一度下を向いて、次に顔をあげると真剣な表情になっており、
「いいだろ。
俺が知っている情報では『SH』は黒木俊一のバックにいる人間だ。その素性までは俺も総理もたどり着けてはいない。
だか、最近判明したこととして、黒木と『SH』も一枚岩ではないようだ。
総理が黒木と和解しようとした事に関しては知ってるか?」
「前島大臣がそのような話をしているのは聞きました。」
「黒木の政治改革に関して、総理は内容に関しては異論を持ってなかった。
ただそのやり方が問題だと思っていたからだ。
だが、そのやり方を主導していたのが黒木ではなく『SH』か黒幕だと判明した。
そして、黒木が『SH』を潰そうと考えていることもわかったので、北条総理は『SH』の排除のために黒木と和解する必要があったといことだ。」
「黒木の目的はなんなんですか?
なぜ、その『SH』を潰そうとしているんですか?」
「まぁ、待て山本。
さっきも言ったが和解しようとしただけで和解できた訳じゃないから黒木が何を考えていたのかはまだわからないままだ。」
「北条総理は『SH』についてはどこまで知ってるんですか?」
「待てって。
その人物が何者で何を目的に政治改革を行っているのかもわからない。総理とはいえ、すべてを知ってる訳じゃない。
いろんな人脈があるから多くの情報が入るが、どれが本当でどれが罠なのかわからない以上、10ある情報の1か2くらいしか有用な情報はないことだってある。
そんななかで総理は情報を精査して俺や上杉、信用のおける人に伝えてくるんだ。
もし他にも『SH』の情報があるとしても、正確かどうか判断できるまで俺らには伝わってこない。
まずは落ち着いて対処することが必要なんだ。
わかるな?」
「俺は落ち着いてますよ。
ただ、総理に対して俺の信用がないだけです。
10ある情報のうち有用な情報がどうのと言われましたが、誰にとって有用なのかにもよるんじゃないですか?
総理が不用だと判断したなかに誰かの幸せを脅かす情報があるなら、総理の判断自体間違っていることになるんじゃないですか?」
「ハァ、まったく反論の余地がないよ。
総理は国を守る嘘をつく人だ。国と個人を比較して、個人をとることなどない人だよ。
それでも、国の最高指導者として間違ったことはしていない。
インターネットを通じて世界は意図も容易く繋がることができるようになった。その分、情報ひとつで世界が滅ぶこともある危険な状態にある。
それ以前に政治家の発言は国の品位を保ち、国民の信頼を左右するものだ。
うかつな行動は国の存続にかかわるものなのだと自覚されているからこそ慎重に判断されているんだ。」
「前島大臣が『SH』と接触していました。
本人に聞いたところ、大学生主催のイベントに参加したさいに言葉を交わした20代の男が黒木の政治家の資格任用制の話をしていたそうです。
そいつが『SH』だとすると、心当たりが一人います。」
「誰だ?」
武田が聞いたところで山本の電話がなり、「すみません」と言って電話に出た。
しばらく話していたあとで、
「わかった、すぐに行く。
すみません、武さん。
やつらに動きがあったので、さっきの話はまた今度にしてください。」
山本は勢いよく出ていき、武田が
「俺はまだなにも言ってないだろ。
ハァ、仕方ないな。まぁ、あれが山本勘二という男だから仕方ないか。」
そう言って武田は一段と深くため息をついた。




