45部
山本は前島の方を見て、
「今、私のことを名前で呼ばれましたね。」
「すみません、少し焦ってしまって。」
前島が頭を下げながら言った。山本は探るように前島を見た後で、
「俺が山本信繁の息子だと知っておられたんですね?」
「それは・・・・・」
前島が答えに迷っている様子だったので山本が続ける
「だから、さっき俺に向かって、恩人の話をしていたときに俺に頭を下げたんじゃないですか?」
「その通りです。北条君からあなたのことは聞いていました。
警視庁に執拗に抗議を続けていれば、あなたが来てくれるかもしれないとも思ってました。」
「私に会いたかったと仰られているように聞こえますが?」
「私はあなたに謝らなければいけないことがありました。
でも、会いに行くだけの勇気がありませんでした。こうして、出会えたからこそ謝罪したいんです。」
「うちの親父を殺させたのがあなただとかそんなお話ですか?」
「外れてはいません、私のせいで信繁君は死んでしまったようなものですから。」
前島は椅子から立ち上がり、山本の前まで来て、
「あなたのお父さんとお母さんを殺させたのは私の父でした。
本当に申し訳ありません。どんな謝罪の言葉を並べても到底許してもらえるとも思っていません。
すみません、すみません・・・・・」
前島は言いながら山本の前に膝をつき土下座した。山本は意味がわからず、土下座している前島を見下ろすことしかできなかったが、我に返り、
「どういうことですか、意味がわかりません。なぜ、大臣のお父様が親父たちを殺さなければいけないのですか?」
前島は頭を上げることなく、
「私の家系は政治家が多く、国会議員になれなくても地方議員になるような一族でした。
その中で私は勉強もこれと言った特技もない落ちこぼれでした。そのことは私自身が一番わかっていたのですが、それを受け止めきれず、せめて兄と同じように国会議員になれば父にも認めてもらえると思っていました。
しかし、父はそんな私を一族の恥さらしだと思い、あらゆる手段で私が国会議員になるのを妨害して来たんです。財務省に入庁してからは特に無理難題と思われる仕事ばかりが私の担当になり、功績と呼べるものを作らさないようにしようとしていたんです。
そんなとき、私に手を差し伸べてくれたのが信繁君でした。
自分の仕事を他の人よりも見事に仕上げた上に私の仕事を手伝ってくれて、信繁君のおかげで私の仕事も終わり、無理難題を片付けたということで私の評価は上がっていきました。
信繁君には本当のことをいって、自分の功績にしてくれと頼んだんですが、いつも『お前が頑張ってたから手伝っただけ』と言われるばかりで、聞き入れてくれませんでした。
そんな中で、私の評価は上がり続けてしまい、国会議員に出馬してもそん色のない実績が積み重なっていったんです。
父はそれを良しとはせずに、私の足元をさらうにはどうしたらいいかを考えたんでしょう。
しかし、信繁君がいる限り私がミスをすることはないと考え、信繁君に私と関わらないようにするように圧力をかけたらしいのですが、それも『個人の自由だと思う』と突き放してしまったために、父は消すしかないと判断したようなんです。」
「それで親父は殺されたんですか?あの風間という男は何なんですか?」
「風間は、北条君の幼馴染の一人で会社の経営をしていたのですが倒産してしまい、借金漬けの日々を送っていたところを父が見つけたんです。
当時、父は北条君のこともうとましく思ってました。今の地位を考えてもらえればわかると思いますが、彼は優秀で既得権益にこだわる父のような政治家からすれば目の上のたんこぶだったのでしょう。ついでに、北条君も排除できればと思ったんだと思います。
結局、北条君の家からの圧力で、北条君に捜査が向くことはなかった様ですけど。」
「あなたのお父さんは今どうされてますか?」
「何年か前に亡くなりました。私も嫌われていることがわかっていたので、死に際も会う気にならなくて行きませんでしたし、葬式も出てません。」
「あなたがこのことを知ったのはいつですか?」
「一年前に兄から聞きました。
兄は私が政治家になることは反対しましたが、それも私と父の関係が悪化するのを避けたかったからでした。そんなことを知らずに反発して、音信不通になっていたのですが、国会で会った時に話しかけられて場所を移して、話してくれました。」
「お兄さんはいつこのことを?」
「父の遺品整理の時に、父が隠し持っていた秘密の手帳に全て書かれていたそうです。」
「その手帳は今どこに?」
「兄が見つけてすぐに燃やしたと言ってました。父の手帳は明らかに犯罪行為を実証するものでしたし、一族の中で犯罪者が出れば政治家生命の終わりだと考えた様です。
話してくれた時には燃やしたことをかなり後悔していました。」
「そうですか・・・・・・・・・・。
お話頂きありがとうございました。この件に関しては公表されるかもしれないとは思われなかったのですか?」
「我々兄弟は既にその覚悟はできています。父のしたこととは言え、全ては私も含めて、一族のくだらない意地を張ってしまったからです。
本当にどんな言葉を使っても謝罪しきれないことだと思っています。」
「北条総理はこのことを?」
「わかりませんが、北条君は私の何十倍も優秀ですから既にこの事実にも気づいているかもしてません。」
「そうですか。
この件に関して、どうするかはまた落ち着いてから考えます。
今の事件を解決するのが私の仕事ですから。」
「本当にすみません。」
前島は一度も頭を上げず、話が進むにつれて、おでこは床にめり込むのではないかというぐらい強い力で押し付けられていた。
山本が「失礼します。」と言って部屋を出ようとして、ドアのところで振り返ると、前島は山本の方に向き直って土下座をしたままだった。




