43部
「失礼します。」
黒木はドアを開け、椅子に座っている男の前まで行き、
「お呼びでしょうか、総理?」
「硬い呼び方だな。前みたいに『北条さん』と呼んでくれたらいいよ。」
「・・・・そうですか。それでどのような御用ですか?」
「ダメだなぁ~と思ってね。」
黒木は怪訝そうな顔で
「何がでしょうか?」
北条は慌てて
「いや、いや、君がではなく私の話だよ。
年を取ると、どうも言わなくてもいいことまで言いたくなってしまうようだ。」
「はぁ、それで『言わなくてもいいこと』とは?」
「君なら察しはついてるんじゃないかね?君がお仲間とやっていることだよ。」
北条は両肘を机の上に載せて指を組み、くんだ指にあごを載せて鋭い視線を黒木に向ける。
黒木は誤魔化しても意味がないことを悟り、
「国を作るのは国民です。
でも、政治に興味がなく、ただ誰かが勝手に作った流れに乗って、流されているだけの国民に国を作らせれば無秩序な周辺国の食い物にされるだけの脆弱な国になってしまう。
私がしようとしていることは、国を作るのが国民だということをわからせるための行為です。
変えなければいけないことが何かわからないから何も言えないというのであれば、ここがダメだから社会はこんなに不平等で不条理なのだと示されなければいけない。
私がしているのはそういうことです。」
「君が聡明で人よりも優れていることは私も十分承知している。
君がしていることがすべて悪だと言うつもりはないよ。
実際に君が導入を決めた信号機によって、多くの交通違反が取締られ、それも今では減少傾向にある。交通事故の割合も前年度比6割も削減している。
これは確実に君の行為がなした成果だろう。」
北條からは責めるような雰囲気はない。ただ、その視線は鋭く褒めているだけではないことも黒木は理解していた。
「何がおっしゃりたいのですか?」
「君の功績が認められているということだよ。
ねたんでいるとか、君に私の座を奪われる危機感から、出る杭を打とうとしてるわけでもない。」
「それならどうされたいんですか?」
黒木は北条の意図が一切つかめずにいた。この人に師事していたときから、難しい表現をしてその意図を読み取れるかを試すようなところがあった。当然、北条さんは無意識にやっているので深く考えすぎているだけなのかもしれないが、いま、実際に試されているのだろう。
「成果のない政治家は、成果のある人間にすり寄り、おこぼれに預かろうとするものだ。
その中で、ある政治家は多数決のためにそういった輩を取り込み、またある政治家は信条に合わないものは排除する。
君が提出する法案が国会で承認されることが続けば、君にすり寄っておこぼれを求める政治家もいるだろう。私はそれを危惧している。」
「北条さんより、私の方が国を動かしているのが気に入らないと言っておられるように聞こえますが?」
「アハハ、そうかね?
別に私も国を動かしたいなんて思ってない、ただ自分がこの場にいられるのも大切な友人の犠牲があったからだと思うと、しがみつかないわけにはいかないんだよ。」
「それは・・・・・・・」
黒木が言葉に詰まる。その様子を見て北条が
「思い出したんだよ。君が私から離れた頃に一度君は私に聞いたね。
山本信繁を殺す命令をしたのはあなたか、と。」
「はい。」
「そして私はこう答えた。『君の知る必要のないことだ』と。」
「私は友人の家族を奪った人間の下にいられない、そう思いましたよ。」
「ハア、君も山本君のことになると冷静ではいられないようだね。
私があの時、ああ言ったのには意味があるんだよ。」
いぶかしげな表情で黒木が
「どういうことですか?」
「確かに風間君は私の幼馴染で仲が良かった、その上で君からの質問にもあしらうような答えをしてしまったことで君が誤解しても仕方はないだろうと思うよ。」
「あなたはあの時点で犯人が誰か知っていたというのですか?」
「前島家というのは実にプライドの高い一族でね。
それこそ、平安時代の藤原氏のような権力を得るためなら人を道具のようにしか思わないような部分もあってね。」
「前島財務大臣が犯人だと言いたいのですか?」
「和夫にはそんな力はないよ。彼は財務省にいた時から誰かに助けてもらわなければ何もできない、それこそ信繁がいなければ財務省にいることすらできないそんな人間だった。」
「じゃあ、誰が?」
「私もね、友人を奪われたときには怒り狂った。そのはずみで色々調べるうちに、和夫の父親が和夫の存在自体を疎んでいることを知った。和夫の兄が地盤を継いで立派に政治家をしているのに落ちこぼれの和夫が官僚になり、政治家になるなど、父親としては避けたかった。
そこで官僚を足掛かりにしようとしていた和夫の妨害のために和夫では処理できない仕事を割り振るように手を回していたらしい。」
「官僚として実績がなければ、選挙でも票が集まらないからということですか。」
「そうだな。ただ誤算があった。」
「山本の親父さんの存在ですか・・・・」
「信繁は出世に興味がなく、困っている人がいたら自分の仕事を後回しにしてでも助けに行くような奴だった。和夫はいつも信繁に助けてもらい、そのたびに和夫の実績が積み上げられていった。
だからと言って、直接和夫を消すこともできなかった父親は和夫を支える支柱を折ることで和夫を失脚させようとしたというわけだ。
残念ながら、前原父親はもう既にこの世にいない。
君があの話をした時点で犯人は捕まらないあの世にいたわけだ。
『知る必要がない』というのは『知っても意味がない』という意味だったんだよ。」
「なぜ今そんな話をするんですか?」
「私は、君の作ろうとしている制度で生き残れるかどうか不安でね。
次を任せることができるのは君だけだと思っている。
後継者として最初から育てていたんだ、この辺で私の知っているすべてを君に話しておいてもいいかなと思ったんだよ。」
何か他にも意図がある、そんなことを思いながら北条をじっと見るが黒木には真意を見通す能力はないから、一切わからない。北条は黒木の視線を真っ向から受け止めて、さらに続けた。
「だからこそ、君を守らなければいけない。君が組んでいるものの正体までは私もつかみ切れていないが、その者が君を切ろうとしているとの情報は入っている。
このあたりで、その者と手を切るべきだ、それが今日言いたかったことだ。」
「北条さん、私は簡単にやられるわけにはいかない。
そのためにあいつと組んだんですから。このお話は以上です、失礼します。」
黒木はきびすを返して部屋から出て行った。北条はその背中に向かって
「一枚岩ではないということか・・・・・・・。」
北条は電話を取り出して言った。
「私だ。小谷に黒木も動き出すと伝えてくれ。」




