42部
「ほんで、この人を知ってるってホンマか?」
竹中と今川はとある新聞社を訪れ、編集長と会って聞いた。編集長はしっかりと写真を確認して、
「ええ、間違いなくこの写真の人は4・5年前までうちで社会部の記者をしていた谷さんです。」
「その谷さん・・・でしたっけ?その人が退職された理由を教えて頂けますか?」
「・・・・その~、ここだけの話にしていただけますか?」
編集長は明らかに話すのが嫌だという雰囲気を醸し出している。竹中が
「まあ、できるだけそうなるようにしようとは思いますけど、絶対に秘密にできるっちゅうわけやないんでそのへんは勘弁してください。
「あっ、そうですよね。
5年前になるんですけど、谷さんが当時の上司から命令されて、ある暴力団関係の事件の取材をしていたんですけど、その取材が暴力団幹部の逮捕に繋がったということがあったんですよ。
それで、暴力団から恨みを買って、休日に家族と過ごしているところを襲撃されてしまって、幸いご家族にはケガ人が出なかったんですけど、それを当時の上司がさらにネタにしたため、ご家族とも一緒にいられなくなってしまって、それで谷さんが『暴力団関係の取材を辞めたい』と上司に言って、それに怒った上司からパワハラ的な扱いを受けたために退社したと私は聞いてます。」
「そう言えばあったなそんな事件。確か当時の副編集長が暴力団の襲撃を受けて大怪我した事件やなかったか?」
「そうです。結局、副編集長は谷さんへのパワハラと記者の危険をかえりみない取材のさせ方が問題になり、地方の支所に飛ばされてしまったらしいですけど、その後の谷さんの行方とかもわからなくて、パワハラに関しての後始末がつけられていないのが現状なんです。」
「つまり、お金を渡してパワハラ自体をもみ消そうとしているということですか?」
今川の質問に編集長は顔を真っ青にして
「い、いえ。そういうことではないんですけど。会社として謝罪をした上で、重要なポストだとかについてもらって、わが社に復帰してもらえればと思っていたんですけど・・・・」
「まぁ、ええやないか今川。それで、谷さんが今どこにいるとか、連絡先みたいなもんはわからへんのか?」
「はい、当時の社員の多くが退社してしまったり、地方におられたりで、谷さんと親しかった人がいたのかどうかもわからないんです。」
「それでは、『佐和田』という名前のブラックジャーナリストについて知っていることはありますか?」
「これはあくまで噂なんですけど、『佐和田』は不都合な取材をする上で、ブラックジャーナリストが使う、要するに偽名みたいなものだと聞いたことがあります。
そう言えば、2年くらい前に優秀な記者が集まって、マスコミの在り方を話し合った会があったらしいです。そこで、『取材をすることが国民のプライバシーを侵害して自分達は生きている』と発言した人がいたそうです。
私も実際に参加したわけではないので、その人について詳しくはわからないですけど。」
「それと『佐和田』が何の関係があるんや?」
「その人が『国の偉い人間のプライバシーは守るくせに私人のプライバシーが守られないのは不平等だ。その不平等を起こしているのがマスコミだ。偉い奴らのプライバシーこそもっと追及すべきだ。それができないなら俺らがやってやる。』と言ったらしいんです。
『佐和田』がやっていることはこの発言と一致するんじゃないかと私は思ってるんですけど・・」
「その発言した奴は今どこにおんねん?」
「あ、その人は既に亡くなられてます。1年半前くらいに病気で。」
「その方のお名前はわかりますか?」
「私はわからないですね。あっ、ちょっと待ってくださいね。
高橋さん、二年前の会合で変な発言した人の名前とかわかりますか?」
編集長に声をかけられた壮年の男性が無愛想に
「たしか、『サワダタカフミ』さんです。」
「それってどんな字で?」
「『サワダ』はサンズイに尺で田んぼの田で『沢田』、『タカフミ』は貴族の『貴』に歴史の『史』の字で、『沢田貴史』ですよ。」
「ついでにあんたは?」
竹中の問いに答えたのは編集長で
「ああ、この人は今うちで一番古株で頼りになる高橋さんです。
その会合にも行かれてたんですよ。」
「ただのじじいの愚痴を言いあうだけのくだらない会合ですよ。
俺らの若かったころはみたいなことをいうだけで本当にくだらない会でした。」
高橋がうんざりしたように言い、竹中が
「その沢田さんという方はどうゆう人なんですか?」
「一言でいえば、『民衆派記者』ですよ。国民の利益を最優先して、大企業だろうと大物政治家だろうとスキャンダルは公表して、公に断罪を任せるそんな記者です。
彼のことを盲目的に支持する記者も何人かいたと思いますよ。」
「なるほど、ありがとうございました。」
今川が言うと、高橋は荷物を持って編集部から出て行った。
「俺らが『サワダタカシ』や思ってたんが『サワダタカフミ』やったってことか?」
「ありえますね、さっきの話では盲目的に尊敬していた記者が何人かいたということなんで、そいつらが集まって『佐和田貴史』として活動しているのかもしれませんね。」
「編集長、とりあえず、谷さんって人の情報をもっと詳しく教えてくれ。
今川は、先に谷さんについて前科前歴がないか、あと免許の更新してへんか調べてきてくれ。」
竹中が指示すると今川は「はい」と答えてその場を離れていった。




