39部
「まさかこんなに早く来られるとは思ってなかったですよ、竹中警部。」
坂本は真顔で竹中を迎えた。竹中はヘラヘラと笑いながら、
「なんや、そんな怖い顔せんといてくださいよ。
それで俺は何で呼ばれたんですか?」
「呼ばれた理由について思い当たることがないということですか?」
「そら~、一つや二つ思い当たることはありますけど、ここで自爆するわけにはいかへんからな。
どのようなご用件ですか、坂本監査室長?」
竹中もヘラヘラと笑うのをやめ、真剣な表情で坂本を見る。
「あなたと張り合っていても時間の無駄ですね。立ち話もなんですから、個室で話すとしましょうか。こちらへどうぞ。」
坂本が手を出し案内する。竹中は案内に従い、個室に移動する。机の前の席に座り、坂本が
「それでは本題に入りますが、多摩川の焼死体事件に関して捜査情報をあなたが意図的に週刊誌に漏らしたという情報があります。 これに関して、申し開きはありますか?」
「ありませんよ。あれは、週刊晩夏を使って『佐和田』という男と関係のある人物をあぶりだすための作戦やったんですから。アホな編集長がえさに食いついてくれたおかげで、財務省とか法務省とかのさらに大物を釣り上げることに成功したわけです。
現在、それは専門の人が捜査してくれてるんで俺がわかることはこれ以上はありませんけどね。」
「なるほど、こちらに入っている情報と一致しますね。」
「誰から聞いた情報ですか?俺がしたことをあんたが知るのが速すぎるでしょう。誰があんたのスパイなんか教えてもらえますか?」
「人聞きが悪いですね。誰もスパイなんていませんよ。
こちらとしては、警視庁内あるいは警察庁内から情報が集まり、それに基づいて監査を行っています。それが我々の仕事ですから。」
「なるほどね、警察庁からの情報か・・・・・、今川は使える男やからな。」
「勝手に身内を疑うのは構いませんが、話をそらさないで頂きたいですね。」
竹中は右手で自分の顔を覆い
「あかんか~、適当に話そらして終わらせたろと思ってたんやけどな~」
「こちらもプロなんですよ。伊達巡査長が過剰な暴力行為を被疑者にしているという情報が入っています。その他にも違法捜査と思われるような捜査が目立つと報告を受けています。
その指示をしているのはあなたですか?」
「なんでやねん!それやったら今、一緒におる山本を疑えや。」
「山本さんには後日お話を伺いますが、現段階で特別犯罪捜査課の指揮を執っているのはあなたですから。」
「嫌やな、俺は形だけで結局仕切ってるんは山本やで。それに俺は伊達とか言う奴にあったこともないんやから指示のしようがないやろ?」
「あなたは胡散臭いですからね。言葉に信用性がないんですよ。」
「失礼な奴やな~、もっと目上の者に対する礼儀ってもんをもてよ。まぁ、俺は心が広いから許したるけどな。」
「そうですか?それならもう一つ失礼なことを言わせてもらいますよ。」
「おう、もう何言われても許したるは、どんとこいや。」
「いつからそんな胡散臭い関西弁をお話になるようになったんですか。」
竹中の表情が一瞬固まり、ひきつった笑顔で
「なんや、関西弁が胡散臭いって言っとるんか。関西人に謝れや。」
「別に関西弁が胡散臭いんじゃないです。あなたが関西弁を使っていることが胡散臭いんですよ。
あなたが過去に東京で捜査されていたとき、つまり、山本警部と出会われたときは関西弁を使っていなかったと、ベテランの刑事が言っていたのを聞きましてね。
それにあなたは生まれは大阪ですが、育ったのは神奈川ですよね?
しかも、幼少期からほとんどを神奈川で過ごされている。」
「なんや、大人になってから関西弁使うようになったら悪いんか?」
「えせ関西弁を話されると関西人は怒るらしいですよ。
あなたが、わざわざ東京で関西弁を話す理由を教えて頂きたいですね。」
「調子にのるなよガキ。俺がどこの言葉で話そうが俺の勝手だ。
それよりいいのか、お前の尊敬する先輩はお払い箱になろうとしてるんだろ?
こんなところで俺に喧嘩を売ってる暇があるなら、もっと違うことをするべきなんじゃないか?」
「怖いですね、それが本性ですか?
あなたがどこまで知ってるかはわかりませんが、僕の尊敬する先輩は簡単にお払い箱になるような人間じゃない。まぁ、誰にお払い箱にされるんだって話ですけどね。」
坂本が余裕の笑みともとれる笑いを浮かべ、それを見た竹中は真顔から笑顔になり、
「それもそうやな。黒木俊一はしょせん『SH』が世に出るための布石、いや、捨て駒なんやからな。せいぜい無駄にあがいて黒木と心中しとけや。」
坂本の表情は一瞬だけ驚愕の表情をした後で、笑顔になり
「何のことかわからないですね。これ以上はどうやら時間の無駄のようですね。
お引き取り頂いて結構ですよ。今回の監査の結果は後日、黒田課長代理にご報告します。
お疲れ様でした。」
「何やもうええんか?俺はまだ大丈夫やで~。一緒におしゃべりしようや。」
「残念ながら、あなたに先ほど言っていただいたように僕も暇ではないのでお引き取りください。」
坂本はそう言い残して部屋を出て行った。
竹中はその背中を見ながらつぶやいた。
「やっぱ、『SH』 ってのが裏で手を引いてるんか。
後はこれが誰を指すかわかればええんやけどな。」
言いながら竹中は頭を掻いた。




