37部
「そう言えば、山本さんは石田君と仲がよろしかったんですよね?」
足束が聞き、山本が怪訝そうな顔で
「そうですが、何か?」
「いえ、そうなら黒木俊一議員とも仲がよろしいのかと思いまして。」
「まあ、友人の一人ではありますが、それがどうかされましたか?」
「石田君にはタイミングがなくて、言えてないんですけど2週間前くらいに黒木議員が会いに来られましてね。」
「何をしにですか?」
「憲法は基本的人権と統治機構を定めていることをご存知ですよね。
統治機構は要するに国がどのような政治形態をとるかを規定しているものです。
日本であれば、議会制民主主義や議院内閣制を定めているんですけど、その制度変更について質問されました。」
「どういった内容でしたか?」
「政治家の在り方を変えるべきだという前提のもとに、1883年に制定されたアメリカのペンドルトン法という、行政官の任用に一定の資格と能力を審査する法律を現代日本の政治家に置き直した法律を作ることは憲法分野から見て可能かどうかというものでした。」
「そのペンド何とか法っていうの何ですか?どうして憲法分野からの意見が必要なんですか?」
「ペンドルトン法は、アメリカが行政官の任用に関して、情実、要するに忖度ってやつで行政官を任用していた時代があったわけです。
この問題は素人が行政を担ったために行政能率が低下して、党利党略による人事が行われて、行政自体が行きゆかなくなったためにその改善のために施行された法律です。
行政のプロによる政治を行うため、行政能率は上がり、資格や能力がある人間が行政を担うことによって、政党の意向だけではなく、行政による実現性を重視した行政を行うための人事を行うための法律なんです。」
「・・・・難しいですね。
それで黒木はどうしようとしてるんですか、今のお話では政治分野の話のように思えるんですけど?」
「そうですね、政治家の不祥事が世間を賑わせてる現在において、政治家が選ばれる過程についても不信感があるわけですよね。
選挙は国民の投票に基づいているわけですが、名前を聞いたことも実際に会ったこともない人の中から誰が良いのかを選ぶシステムには限界が来てるんですよ。そうなると国民は政党の名前で候補者を選ぶしかなくなる。その悪しき結果が一つの政党が長期に政権を担うことに繋がるし、そのせいで政党内のおごりから議員の不祥事や失言と言ったものが噴出してしまう。」
「選挙制度を変えるための話を聞きに来たんですか黒木は?」
「選挙に出る人間は誰が決めているのか、それは政党ですよね。
政党が何を基準に選んだかわからない候補者を、また何を基準にしていいかわからない国民が選ぶんだから選挙の時点でカスみたいな人間を選んでしまうというのが黒木議員のお考えのようでした。
黒木議員は先ほど話したペンドルトン法のようなものを日本に導入して、政治家を資格任用制にしようとしているようでした。
名前だけで当選してしまう何もできない政治家や知識に乏しい分野の大臣になる政治家を失くし、国民の信頼を失わない政治家を作るためには、いったん全国会議員を辞めさせて、試験を行い基準を満たせない政治家はクビにして、新たに基準を満たせる人材を集めて国会議員を組織し直そうと考えているようです。」
「なるほど、汚職をするような政治家をリセットして、本当に国のために働ける人間を政治家にするということですか。
統治機構の変革を行うから憲法分野の専門家の意見を求めたわけですね?」
「いえ、それだけではありません。
黒木議員は現在の国会議員の人数を極端に減らそうとしています。
たくさん居すぎるから管理しきれずに、くだらない事に手を出して国民の信用を失ってしまうのだから、少数精鋭による政治を行うべきだと思われているようでした。
日本は衆参議員併せて722名ほどいますが、この議員に対して様々な名目で税金からお金が支出しています。じゃあ、名前も聞いたことのない国会議員や国会中にうたた寝してる人とか、本会議にも出席しないで給料だけ得ているような人は必要ないわけですよ。
でも、民意の反映を行うための選挙ですし、民意に答えるべきなのが政治家ですから、失くすわけにもいかない。
そこで、現在の半分くらいの人数に減らして、必要なら増やしていき、不必要ならさらに減らしていく制度を作ろうとしているようでした。
私は最近の政治家事情を考慮するなら、それは可能だと思うと答えましたが、現職の議員が身を切るような改革に賛同するのかという疑問はぶつけました。」
「黒木はなんて答えたんですか?」
「反対するような議員がこの法案ができる時に何人残れているかの方が見ものだと言ってました。」
「そういうことか・・・・・・・・」
山本はあごに手を当てて考え込む。その様子を見て足束が
「何がですか?」
「いえ、黒木は他に何か言ってましたか?」
「政治家の試験は、警察による監視の下で行うのがベストだと思うけど、その試験を誰が作るかによって問題が違ってくると思うと言って、私に試験問題の作成方法をどうしたらいいか聞いてきましたね?」
「なんて答えたんですか?」
「政治家に必要な分野の専門家に一人十問ずつ作ってもらって、パソコンで無作為に試験前日に作成して、警察で厳重に管理すればいいのではないかと答えました。」
「確かにその方法なら、試験問題を知ることはできませんし、誰の問題が何問出るかわからないから答えをカンニングすることはできないってことですね。
それを聞いて、黒木はなんと言ってましたか?」
「参考になりますとだけ言っておられました。」
「警部、確認取れましたよ。
足束教授の言われた通り、女性は安藤教授の娘さんで、男性の方はラグビー部の新しい監督の人でした。」
伊達が戻ってきて言い、山本が
「そうか。じゃあ、今日はこのへんで失礼します。色々とありがとうございました。」
「いえ、お役に立てたかどうか。」
足束が謙遜したところで、山本は頭を下げて管理人室を出た。伊達もその後を追って出て行く。
「お年寄りの国会議員の人とかには酷な制度ですよね足束先生?」
管理人が聞き、足束はニコリと笑って、
「どうでしょうね、本当に国を思ってる人間なら日々勉強されているから大丈夫なんじゃないですか。あるいは、お年寄りを排除して世代交代を狙った制度なのかもしれません。
80歳近い国会議員に国政を任せておいたのでは後進が育ちませんからね。」
「世代交代ですか・・・・・」
「そうですね、私も早く跡継ぎを見つけて隠居したいものですね。」
「何言ってるんですか、先生はまだまだお若いですよ。」
管理人が言って足束の顔を見ると、足束は今まで見せたことのないような顔で立っていた。




