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34部

「どうぞ、どうぞ。石田君から話は聞いてますよ。」

 恰幅の良い優しそうな60代後半の男は笑顔で山本と伊達を自分の研究室に招き入れた。

「お忙しい中すみません足束教授。」

 山本が頭を下げ、伊達も少し会釈してから、

「早速で申し訳ないのですが、三日前に新聞記者を名乗る男が訪ねてきたとお話になられていたということですが、それはどんな男でしたか?」

「そうですね~、40代前半くらいの小柄な男性でしたよ。知る権利・報道の自由についてのコラムを書くために様々な先生方にお話を聞いて回っていると言ってました。」

「ついでにどのような回答をしたんですか?」

 山本が聞くと、足束はニコニコと笑いながら、

「それでは刑事さんたちは憲法の名宛人は誰だと思いますか?」

「どういう意味ですか?」

 伊達が聞き、足束が

「法律とは常にAの行為に対してBはどのように対応するかを記しています。

例えば、刑事さんたちが刑法を基に国民を取締っていることは、国民の行為に対して国が行為を取締るように、刑事訴訟法なら国家権力である検察が国民である被告人に対して正当な手段において裁判を受けさせるように、民法が私人と私人の権利の調整の役割を担うように規定されています。

 誰のために法律が制定されているのか、私の質問で言うなら、憲法は誰が誰のために制定したのかを聞いているんです。」

「それでいうなら、国民の権利を保障する目的で憲法は国によって制定されているということになりますよね。」

 山本が答えると、足束が

「そうです。しかし大日本帝国憲法は違いました。天皇を中心に天皇の権威を保証した上で限定的に臣民に権利を認めるという憲法だったため、天皇が天皇のために憲法を定めていた、あるいは、天皇に近い人間のための憲法だったとも言えますね。」

「知る権利とかと関連のあるお話でしょうか?」

 伊達が聞き、足束は笑顔で、

「それでは刑事さん、『人が死にました』という情報から犯人を特定することはできますか?」

「できるわけないじゃないですか。」

 伊達は足束が何を言いたいのかわからずに即答する。

「そうですよね、どこで・いつ・どんな状況でその人は死んだのか、その人の交友関係・事件の背景などを調べて初めて犯人は特定できるんだと思います。

 同じことですよ、私が私の見解を話したところで、課題を課題たらしめる背景や事情がわかっていなければ、『このじじいは何を言ってるんだ』で終わってしまうんです。

 そのための、背景や事情の説明からしていこうかなと思っていますが、お二人の知識がどれくらいあるのかわからなければ刑事さんたちの時間を無駄にしてしまいますからね。」

「すみません、ありがとうございます。伊達、黙って聞かせてもらおう。」

「はい、よろしくお願いします。」

 足束はニコニコしたまま、

「いえ、憲法とは学者によって、とらえ方が違う法律です。

それは天皇の象徴という現在の立ち位置をどう捉えるか、天皇とは本当に現代でも必要なのか、あるいは学者の生まれた年代によっても変わってくるんです。

現行憲法ができた時代から生きていた人達は戦争の恐怖から9条の改正を拒みますが、戦後30年・40年経ってから生まれたような若い学者さんからすれば、現在の国際状況から9条を改正した方がいいという学者さんもいるわけです。

 まあ、年代を別にしてアメリカ統制下でできた憲法は早期に改正すべきだと主張する学者というのは昔からいるんですけどね。

 見解の違いの大元にある物は学者によって違います。

天皇は必要ないから象徴という立場を設ける必要もないという人もいれば、天皇は必要だが象徴という立場がおかしいのだという人もいるし、天皇自体の存在は認めながらも特別に国家を上げて特殊な存在として置く必要はないと考える学者もいます。

 このようにAという事情から否定派・肯定派・間を取った折衷派に分かれ、違うBという事情に関しても同様に分岐していきます。そのため、Aという事情の時には同じ考えだった人がBでは対立する関係になったりすることも珍しくはないんです。」

「あ、あのすみません、つまりどういうことでしょうか?」

 伊達が聞き、

「つまり、私が『こうだ』と言ったからといって、それが全てではなく違う考えを持った学者もいるということを前提で聞いてくださいということです。」

「わかりました、我々に教授の言われることが理解しきれるかはわかりませんができるだけ中立の立場で話を聞けるように努力します。」

 山本が言い、足束が

「無理にとは言いませんよ。石田君も私の意見に真っ向から反対したと思ったら、違う事案では意気投合して徹夜で語り合うこともあるくらいですからね。学者間でも理解しあうことは難しいのに素人に理解しろとは言えないものですから。」

 足束は立ち上がり、コーヒーをカップに注ぎながら、

「すみませんね、立ち話ではお疲れになるでしょうから、お座りください。」

 山本と伊達は勧められるままにソファに座った。足束が山本達の前にコーヒーを置いて、

「それでは、始めましょうか。」


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