29部
「まさか警部の方からお誘い頂けるとは思ってなかったですよ。」
伊達は嬉しそうに山本に言った。
「今回の捜索で、お前を野放しにしとくわけにはいかない気がしたし、何よりお前は俺らがつかんでないことまで知っている感じがしたからな。」
「へぇ~そうですか。
どんな気分ですか?監視される側から監視する側になる気分は?」
「あまり気分のいいもんじゃないことくらいわかってるんだろ。
それで、黒田さんに報告してない情報は何だ?」
伊達は怪しい笑みを浮かべて、
「人っていうのは欲深いものですよね。
例え、それが悪だとわかっていても、自分の利益のためなら利用してしまうんだから。」
「黒木のことを言いたいのか?」
「いえ、あの人たちのは一般人の基準からは外れた規格外ですからね。
もっと一般人の話ですよ。例えば、週刊誌の出版社とかがそうだと思いませんか。
売れると思えば、内容がいかに他人の人権を侵害するものであっても、社会正義だ出版の自由だ、表現の自由だと言って世間のさらし者にしてしまう。
どんな大義名分を掲げても、結局は自分達が経済的利益を得るためにしている商業行為でしかないんだから。」
「それがどうしたんだ?お前だって真実を知るためには手段を選ばないんだろ?
それならお前も出版社の奴らと変わらないんじゃないのか?」
「まったくもって、その通りですよ。僕は批判したいわけじゃない。
欲深いのが人だと最初に言ったじゃないですか。」
「じゃあ、何が言いたいんだ?」
「例えば、演劇等で脚光を浴びるのは演じている俳優ですけど、その俳優は決して中心人物ではないですよね?
俳優が使う衣装や小物、演じる場所を用意する人がいなければ、華やかな演技などできはしない。
そういう意味では、小道具や大道具といった裏方の人が必要であり、その裏方に指示を出す監督や演出家と呼ばれる人が必要で、演劇を行うために必要な費用を出すスポンサーがいなければ、演出家や監督の意味もなくなる。
誰が一番偉いのかを決めるのは大変で、実は一周回ってその俳優の存在があったからこそ、演劇をしようとなったのかもしれない。」
「何が言いたいんだよ?」
「要するに、自分が一番偉いと思っていたけど、実は裏で一番偉い奴に操られていただけ、なんてことが世の中にはいっぱいあるってことですよ。」
「暴力団の組長よりも悪い奴がいたってことか?」
「いえ、山本さんは『ヒセイカイ』って知ってますか?」
「聞いたことないな、なんだ、それは?」
「政治家の中にはごく一握りの優秀な人間が自分の考えを実行するために秘書を上手に使っています。
じゃあ、その一握りでない政治家はどうなっているのか、それは優秀な秘書が政治家を操っているんですよ。面倒な問題は政治家を矢面に立たせ、使えなくなれば辞職させて次のやどを探す。
そうやって、自分は表に立たずに裏から政治を行うヤドカリのような秘書がいるんです。
そう言ったやつらの集まりを『秘書が政治を行う会』、略して『秘政会』と名乗っているんです。」
「その『秘政会』が今回の事件に何か関連しているのか?」
「どうでしょうね?ただ、警部が襲われたことに関しては関係がありますよ。」
「どういう意味だ?」
「石川議員の元秘書の小谷から、USBを受け取りましたよね?
小谷自身はもう一つ全く同じ内容が入ったUSBを所持していますし、小谷の身の安全に関しては問題がないですが、内容が警察の手に渡ったことを不安視している『秘政会』の人間がいて、そいつの依頼で警部は襲われたようです。」
「じゃあ、小谷さんも危ないんじゃないのか?」
「小谷は『秘政会』の中心人物です。そのため、ある程度の独断専行は大目に見られますし、小谷のバックには政界の大物、ごく一握りの優秀な政治家の中のさらに優秀な人物がついてますから軽はずみなことはできないんです。」
「大体、何なんだその『秘政会』っていうのは、何でそんなものが存在してるんだよ?」
「詳しくは僕もわかりませんが、日本の政治とは常に陰で政治を動かす者の存在を許容してきましたからね。」
「官僚制か?」
「そうですね、聖徳太子の頃から始まった官僚による政治は、時代を経てもなお形を変えて、続いてきました。将軍や天皇と呼ばれる飾りを掲げて、その裏で執権や家老と名を変えながらも政治を行ってきた歴史があります。
昭和の終わり頃から、官僚制の批判がされるようになったんだと思いますけど、僕は別に官僚制でよかったと思ってますよ。」
「一部のエリートが国を動かしていて、民意が反映されていないってことで批判されたのにか?」
「現在を見てくださいよ。
官僚に変わって、政治家が政治を主導するようになって表面化したのが、献金や政務活動費の不正使用などの金の問題です。特に権力を持つ政治家への献金は異常なほどにあるわけじゃないですか。それが政治への不信感を強め、無駄なことにばかり国費を使い、国債を増やす結果に繋がっていると僕は思ってますよ。
こんなことになるなら、優秀な一部のエリートが国を動かしていたときの方がよっぽど建設的な政治ができていたと思いますよ。」
「エリートと企業の癒着だって昔からあったものだ。癒着先が官僚から政治家に変わっただけの話だろ。まあ、この話は終わりだ。 今から何を捜査するつもりだ?」
山本は終わりの見えない議論を終わらせるために、伊達の次の動きに関して質問した。伊達もその空気を感じたのか、
「そうですね、まずやろうと思うのは『秘政会』 が隠したかったことは何かをつきとめることですかね。そのためにも警部が持っているUSBを見せてもらえますか?」
山本はコピーした方のUSBを取り出し、
「これの取り扱いは慎重にしないといけないことくらいお前もわかるよな?」
「わかってますよ、一歩間違えば死人が何人出るかわからないようなものですから。」
「他には何を調べる気だ?」
「憲法学者を訪ねるジャーナリストって知ってますか?」
「何か聞いたことある気がする。でも、思い出せないな。」
「まあ、それは後回しですね。まずは人目に触れないところでUSBの確認をしましょう。内容は見ましたか?」
「一応な。でも、時間がなくて検証はしていない。」
「じゃあ、一緒にやりましょうか。僕の車で行きますね」
伊達は自分が車を停めた方を指さして、歩いて行った。
山本は何を考えているのかわからない伊達の背中を少し眺めてから、後を追って歩き出した。




