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1部

プルルルッ、プルルルルッ、電話の音がひっきりなしに鳴り響いている。

大きな家の中で、カーテンは閉め切られ、窓には至る所に割られた部分を補強するためのダンボールが貼り付けられている。

 そんな中で、60代後半の男は、頭を抱え、おびえたように床に座り込んで、

「もうやめてくれ、許してくれ」

 と呟いた。おもむろに立ち上がると、男は柱にかけてあった縄の先に輪っかを作り、その輪に自分の首をかけて、踏み台を蹴り飛ばす。

 男のうめき声が少し響いてから、男の足は宙をふらふらと揺れていた。


 ざわつく会場内には80人近い人が集まっていた。会場の隅の壁に寄りかかって、その様子を見ながら山本は立ち尽くしていた。

 一緒に来た黒木は、あっという間に参加者に取り囲まれ、そばにいることすらできないくらいになったため、黒木から離れて壁際に立っていたのである。

「だから言ったじゃないですか。黒木さんと一緒に来ても一人になりますよって。」

 笑顔で坂本が近寄ってきて言った。

「こんなにたくさん人がいると思ってなかったんだよ。せいぜい2・30人くらいだろうと思ってたからな。」

 苦笑まじりに言うと、坂本が笑いながら

「そうですね、今回は黒木さんが来られることが決まったので、いつもより人数が多いですし、何より三橋が失脚して初めての会ですから、皆さん思うところがあるんでしょうね。」

「あの名前は誰が考えたんだ?」

 山本は会場の前方に設置された看板を指さして言った。坂本は少し笑ってから、

「ああ、『三倒会』ですか。三橋を倒す会の略称ですね、誰が考えたのかは知らないですけど、よっぽど三橋が嫌いな人か、もしくはわるのりの結果なんでしょうね。」

「バカらしいな。」

「あはは、それより皆さんに挨拶しに行きませんか?山本さんが欠陥刑法の論文を書いたことを言えば一気に人気者になれますよ。」

「そんなものになる気はないよ。面倒だから言いふらすなよ。」

「そうですか?残念だな・・・・・」

 坂本が言ったところで、司会者が

「え~、それでは本日、初参加頂きました方を代表して、黒木俊一衆議院議員にご挨拶を頂きたいと思います。黒木さんよろしくお願いします。」

「只今ご紹介にあずかりました、衆議院議員の黒木俊一です。

初参加された中には先輩方や私より優秀な方もおられる中で代表として挨拶を僭越ながらさせて頂きます。

 後輩の中で優秀な研究者である影山光輝君が、三橋の犠牲となり、その三橋を同じく優秀な経営者であった五條君が方法は称賛されるものではなかったとはいえ、仇を取り、三橋は今では学会を追放され、大学も解雇され、現在はどこで何をしているのかもわからない状況になりました。

 この会の名前が『三倒会』であるなら、もう目的は達成したことになりますね。

何か他の名前にすることを進言したいと思いますね・・・・・・。

 と、こんなことを言うと場がしらけてしまいますね、すみません。

私は衆議院議員として、この国を少しでも良くするために日々勉強中です。

皆さんのご高説を頂きながら、今後の参考にさせて頂ければと思いますので今後ともよろしくお願いします。

 ああ、そうだ。私から一人紹介しておきたい人物がいます。」

 山本は嫌な予感がして、部屋を出ようとする。しかし時遅く、

「あそこの壁際に立っている、私と同期の山本勘二君です。

 彼は三橋が刑法学会において注目を集めるようになった論文である『欠陥刑法』を書いた人物であり、警視庁に新設された特別犯罪捜査課の刑事です。

五條の事件を解決したのも、世に呼ばれる『坊ちゃん狩り』と呼ばれた権力者襲撃事件を解決したのも、一か月前まで起きていた前科者を狙った交通犯罪を解決したのも彼です。」

 ざわつきとともに、山本に注目が集まる。横で坂本が

「残念でしたね。人気者になっちゃいましたよ。」

「あいつ、いつか殴ってやる。」

 山本が言い、坂本が笑顔で

「この後が大変ですね。」

 坂本が言ったことは事実だった。黒木の挨拶が終わると、一気に人が押し寄せてあれこれ聞かれ、大変な目にあった。

山本が一番イラッとしたのは、山本の様子を遠くから満足そうに眺めていた黒木を見た時だった。

色々と話した後で、人が離れていき山本が一息つくと、黒木が寄ってきて、

「お疲れだな。人気者はつらいよな。」

「誰のせいでああなったと思ってるんだ。

「別に本当のことだからいいじゃないか?」

「ヒーロー扱いされてた五條を捕まえたってことで、嫌味を言う奴もいたんだぞ。本当に面倒だったよ、今日で敵が増えた気がする。」

「そんなこと気にするタイプだったか?」

「確かにそうだな。そんなこと気にしないな俺は。」

 山本がそう言って、あたりを見回すと、大勢に囲まれている若い男がいた。

「黒木、あれは誰だ?」

「さあ、誰だろうな?坂本、知ってるか?」

 黒木が飲み物を取って来た坂本に聞き、坂本がその男を確認するが、

「さあ、僕も初めて見る顔ですね。」

 そんなことを言ってると、その男の周りにいた一人が山本達の方に歩み寄ってくる。山本はその男に見覚えがあった。男は五條の事件の担当検察官の浅井だった。

「お久しぶりです、山本さん。ここに来られているとは思ってなかったですよ。」

「お久しぶりです。今日は朝倉さんも来られてるんですか?」

「いえ、今日は別件で裁判があるらしくて来れないって言ってました。

黒木さん、初めまして、検察官をしている浅井と申します。」

 浅井はそう言って、名刺を黒木に渡した。黒木も名刺を渡したところで、坂本が

「浅井さん、あの若者は誰ですか?あの人のところにさっきまでいたんですよね?」

「んっ、ああそうだな。あいつは例の自殺した影山の弟なんだってさ。

あの辺で集まってる奴らが、影山の功績を称えるとかいうくだらない理由で、影山の代わりに呼んだらしい。」

「くだらないな。」

「本当ですね。」

 黒木が言い、坂本も言う。

「あの若者は今どんな仕事をしてるとか言ってましたか?」

 山本が聞くと浅井がきょとんとした顔で

「まだ大学生だということでしたよ。京泉ではないみたいですけど。」

「影山の弟なら、もっと年上なんじゃないですか?」

 坂本が聞くと浅井が

「影山とはお父さんが違うから元から年は離れてるらしいんだが、引きこもってた時期があったらしくて、今やっと大学に行ったらしい。」

「へぇ~そうなんですか。」

坂本が言い、黒木が

「今いくつなんですか?」

「24歳で、大学2回生だということです。」

「そうですか、少し興味が出てきましたね。山本も一緒に行くか?」

 黒木が誘ったが、山本はそんなに興味がなかったので断ると、黒木は坂本と一緒に影山の弟のところに歩み寄っていった。

「山本さん、この間、頂いた情報なんですけど・・・」

 浅井が小声で言った。

「ああ、長谷川の件ですか?」

「はい、調べてみたら、確かに五條の事件が起こる一か月前に同じ名前の人間が成田からアメリカに出国してました。

 まだ帰国は確認されていませんので、海外に逃亡した可能性が高いですね。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「あと、この間の事件で『松本』という人物が使っていた電話も長谷川名義であることがわかりました。

五條の事件の裏にいる人物と今回の事件の裏にいる人物が同一人物の可能性がかなり高いと思います。情報はまた、文書でお届けします。」

「ありがとうございます。」

 山本が言うと、浅井も山本から離れていき、山本はまた一人になった。


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