復讐の始まり
三月 白兎――それが私のもっとも憎むべき者の名だった。
片割れであり、私が持っていないものを持つ者。
私の名前は三月 雪兎、白兎の双子の姉であり、病弱さを理由に
田舎にある叔父の病院へと両親から捨てられた女だ。
復讐の始まりを告げる鐘としては、インターホンの音は間抜けかなと思う。
それでも、これが私の1つの区切りになる以上、緊張しながら力を込め鳴らす。
ピーンポーン、と普段通りの音が響く。そんなことをして押したところで変わらない。
分かっていたが、若干落胆は感じてしまう。
もっとも、復讐の開始に相応しい鐘というのも、思いつかないのでこれでいいのかもしれないが。
ただ、いちばん予想外だったことは返事がなかったことだった。
捨てられた娘が、一家団欒の食卓を囲むであろう、この夕暮れに突然の帰宅。
あまりの事態に騒然とする食卓というのを確定していた私には、
留守の可能性というのが思考の範疇からすっぽりぬけていた。
あ〜、確かに外から見た家は明りがついていなかったなあとか、
今になって思い至ったが、不退転の覚悟でインターホンを押した私は
すでに引き際を失っている。ブチンと、本気でキレてインターホンの連打を開始する。
「このばかアホ▲&×★%○$#……」
思うつく限りの雑言を叫びながら、連打し続けた。
結局、それが功を奏すこともなく、叫び疲れて泣きつかれて座り込んだところに、
今しがた帰ってきたと思われる少年に声を掛けられた。
「えーと、うちになにか用ですか?」
例えば、この世で一番惨めなことは復讐の対象に声を掛けられほっとしてしまうことだと思う。
私は、その惨めさで今泣いたのだ、断じて寂しかったから涙を流していたわけじゃない。
「なんで留守なのよ!」
「ひとが来るなんて聞いてなかったもので」
しれっと、少年――白兎はそう言い放つ。
全く、ひとが来るなら連絡くらいしといてくれよと、
白兎がここにいない両親に愚痴る。
慣れた対応のようだった、両親と連絡がうまくいってことすら。
「ちょっとまって、今携帯しますので」
そういって、白兎が懐から携帯を取り出そうとする。
電話されても困る、いきなりの訪問だったのだ。
「どっちとも、約束してない」
それを聞いた白兎は、たいした用事じゃないと判断したらしい。
「なら、出直してください」
一言そういうと私を避けるように家に入ろうとする。
「家族が来るのに、約束がいるの!」
本来なら、もっと早く私が誰かを白兎が気づき、私に気を使うべきなのだが、
一向にそんなことない白兎にカチンときた私はついそう怒鳴ってしまう。
顔をまじまじ見て、数瞬思い出そうとする仕草をする。
「え〜と、もしかして、雪兎とか名前の俺の姉さんだったりします?」
それから、確認するかのようにそんなことを聞いてきた。
ひどいことに、こいつはさっきまで私――雪兎だと気づいてすらいなかったのだ。
そんな再会だったので、私の復讐の目論見は見事に打ち砕かれたのだ。