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閑山自撰詩篇

南蛮寺にて

作者: 竹井閑山
掲載日:2015/02/16

蓮華谷への道すがら、だんだん足が重くなる。

もうずいぶん長い距離を移動してきている。

――どこか休める処はないだろうか?

――それでしたら、近くに南蛮寺がありますよ。

猫は、蛸薬師通りを左へ折れて先導する。

右手に三層の楼閣が見える。

あれが南蛮寺だという。

教会というよりも、どこか唐風の建物である。

入り口の前で屋台が天ぷらを揚げている。

二枚の大皿に盛られた売り物を見て、種は何だと聞いてみる。

鱚に太刀魚だという。

猫にごちそうしたいので、ふたつみつくろってもらう。

小判を出すと、釣りがないので、ふたつくらいなら持っていけと言う。

路上生活者なら、小判一枚で食っていけそうである。

猫に天ぷらを与えて寺の中に入ると、会堂にはたくさんの信者が詰めかけている。

出入りがひっきりなしである。

南蛮人のほかにも羊が何頭か混じっている。

一匹、二匹、やめておこう。眠くなりそうである。

子羊がメェメェ鳴いている。迷子になったようである。

壇上では伴天連が、参堂した人たちに聖体拝領を行っている。

うまそうなので列に並び、口を開けて待っていると、

放りこまれたのは、かわみち屋の蕎麦ぼうろである。

休憩がてら席に座って、弥撒に参加する。

グレゴリオ聖歌のおごそかな響きが、白檀の瞑想的な香りと相俟って会堂を満たす。

伴天連の先導で、祈りの言葉が展開される。

するといまこの瞬間、世界中のあらゆる場所で、誰かが何かに祈ってるんだという思いにとらわれる。

そしてさらにこの瞬間というのが、あらゆる時代に繫がっていると考えると、

その人たち皆とひと繫がりであるような錯覚におちいる。

アーメン唱和のあと、堂内は深く沈静し、私もしばし瞑目する。

猫は横で天ぷらをかじっている。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  他の作品も読んできました。一番好きだった作品に感想を書きます。  繋がっている。……いい響きですね。文章力と相成って、とてもきれいな物語でした。  屋台での、人間味のあるやり取りも好き…
2015/02/19 06:02 退会済み
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