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第34話 〜 第52話

  ☆ 凶戦士 ☆


 寝室に射す照明が、間接的に部屋の内部を照らしている。その光は小人達が隠れている本棚にも届いているが、傾いた書物の影に遮られ、その中の赤い帽子も青い帽子も、黄色い服も視界に映る事はない。

 子供部屋の異変からわずかに時が過ぎた。

 ジュンの叫びは寝室の三人に届いており、「侵入者が二人?」「護衛組の二人がやられた?」という憶測の域ではあるが、現状を把握する事が出来た。

 ジンとレンの二人だけだったなら、「同族の妨害」という不測の事態に予測も理解も及ばなかっただろう。だがモーリスの都会での、いや漆原家での経験が、情報を正確に咀嚼するに足る知識だった。

 モーリスが呟いた。

「静かになったわね。大丈夫かしら」

 レンがニヤついた笑みで続く。

「力尽くで奪いに来るような輩だろ?それなりに腕に自信があるからそんな事が出来るんだよな。ははっ」

「楽しそうね?」

 モーリスの呆れた声にジンが答える。

「レンはそういう輩をからかうのが大好きなんだよねー。いじめっ子とか笑顔で蹴り飛ばすし」

「そんなダサい奴らにペコペコする必要ないだろ。正義がこちらにあるなら強気で攻めないとな」

 レンが鼻息を鳴らす。

 ジンは少し頭をひねる。

「イジメっ子に正論で責めると必ず逆上するけど、それを愉しむのは趣味になるのか?」

「相手が自分より強かったらとは考えないの?」

 モーリスが問う。

「それはソレで楽しみが増えるだけだな」

 レンの答え。

 そしてジンの答え。

「ただのバトルマニアだよね」

「静かに、こっちに来るわ」

 モーリスが静寂を促した。

 ゆっくりとした足音が、寝室に近づいて来る。同族の足音だが、複数に渡って鎧や具足の金属音を混ざり合わせている。

 それを聞いてレンが言った。

「やられたっぽいな」

 レンの表情が真剣なものに変わる。

 ジンが頷く。

「ジュンさんやハルオさんだったら走って来るよね」

 モーリスも無言で同意し、頷きを返す。

「敵に【コトダマ】の能力者が居るかもしれないよ」

 ジンの心配にモーリスが口を開いた。

「その時は任せて」

 レンとジンが頷く。

 大剣を握りしめながら、レンが立ち上がって言った。

「俺が隙を作る。ジンはここに隠れて援護な。モーリスはコトダマ使いが居るかどうか分かるまで待機。様子を見て、居たらそいつを頼む。居ないなら援護に回ってくれ」

「了解……来たわよ」

 モーリスが隠れながら告げた。


 寝室に現れたのは四人。先頭を歩くのは頭に両手を上げたままのジュン。

 そして灰髪の男がジュンの背中を長剣で小突きながら歩き、その後ろを赤銅鎧がチョウサクの襟首を掴んで引きずりながら歩く。

 ジュンの足取りは重い。

 連戦をしたばかりのように脱力し、背筋も緩んで居た。だが、気力が尽きた訳ではない。むしろ憤怒していた。ハルオを斬られ、その怒りが身体を溶岩のように燃え(たぎ)らせている。しかし、一対二の不利と、眠ったままのチョウサクを盾にされては、灰髪の男の言う事を聞く他に無かった。

 そして、寝室の客人達に助力を願うつもりはなかった。

 護衛を任された身であり、守るべき存在だ。それに敵の実力を見れば、客人達には逃げてもらうのが最良だと思える。何とか隙を作り、レン達を逃した後、この身を賭して打って出る。刺し違える覚悟であったが、気掛かりなのは未だに眠ったままのチョウサクの身だ。

 何とか客人達と共に逃げて貰いたいと思案する。寝室までの道程を敢えてダラダラと歩き、僅かながらの時間稼ぎをする。だがジュンもハルオを失った直後でいつもの冷静な判断が鈍っていたのだろう。良い策も浮かばないまま寝室に辿り着いてしまった。

 ジュンが苦悩の表情を上げる。

 視界にはベッドで眠る人間、そして本棚から一直線に駆けてくる赤い帽子の小人の姿。

「ジュンさぁーん!おかえりなさーい!」

 満面の笑みで手を振りながら走るレンは、どことなくキラキラした瞳をしていた。


 屈託無い笑顔を振りまきながら駆けてくる赤い帽子の小人を、灰髪の男は声を張り上げて呼び止めた。

「おい、お前!そこで止まれ!」

 警戒心が強い表れだろう、不用意に近付けないように静止を告げる。

 だがそれを無視してレンは走り続け、ジュンの目の前まで走り寄る。

「ジュンさん!待ってましたよ!そちらの方はお友達ですか!?」

 ニッコリと笑うレンに、驚いて固まるジュン。そして即座に長剣を向ける灰髪の男。

 突き付けられていた剣が、ジュンの背中からレンの首筋に変わったが、変わらぬ気迫をまとったままで灰髪の視線がレンに向けられる。

「止まれって言ったのが分からないのか?」

 レンが後ろを振り返る。

「お前だよ!お前しかいないだろ!」

 レンが眉根を寄せて、少し困ったカオをする。

「えーと、お友達さんですよね?」

 ジュンが頭に手を上げたまま、首を左右に振る。

「えーと……恐いお友達さんですか?」

「お前ナメてんな?それとも本気でバカなのか?よく状況見ろよオイ」

 灰髪が長剣の先でレンを小突く。

 レンは引きつり笑いを浮かべて言う。

「恐いカンジのお友達ですね」

 灰髪がそれにノッて来る。

「おおー、そうだ。恐いお友達だ。かなり恐いから、俺の剣のサビになりたくなかったら言う事を聞いとけ」

「ええっ、全然友達じゃないじゃないですかっ!昨日街に来たばかりなのに何で斬られなきゃいけないのさっ」

 慣れ親しんだ者なら即座に見抜ける程の無理のあるセリフ回しだが、初対面の相手なので当然のようにぶつけていく。

「そうか、お前イナカモンか。道理でイモ臭いと思ったぜ、って嗅ぐな!臭いを嗅ぐな!」

「どんなニオイなんですか?」

「真面目かお前は!もういいから持ってる武器を渡せ」

「……え?」

「背中の剣をよこせ」

「……コレをですか?」

「そうだよ!」

「大丈夫ですか?」

「何がだ!早くしろ!ちゃんと小さくしてからこっちに投げろ」

 ちょっと困った表情を向けるレン。

「小さく出来ないんですけど」

「はぁ!?マジでバカだな!そんなもん(かつ)いで歩いてんのか?イナカモン丸出しか!大きい武器は小さくして持ち運ぶのは基本だろうが!」

「へー、そうなんだー」

「納得してないで早く渡せ!」

「あ、はい。どうぞ」


 ゴトトッ


「ぐわっ!!」

「重いから気をつけてネ」


 灰髪の正面に投げつけるように渡されたレンの大剣は、レンの指先から離れる直前に最大限の重さに変化する。

 人間サイズならば冷蔵庫を突然投げつけられた恐怖に値する。

 灰髪はそうとも知らずに左腕一本で受け取ろうとして、支え切れずにバランスを崩し仰け反り帰る。

 直前までレンはそこまで重量を感じさせない仕草で扱っていた上に、武器を重くできるようにしている小人など皆無に近い。灰髪は完全に策にハマっていた。

 レンが笑う。

「大丈夫かって聞いたろ!」

「こんのヤロウ!」

 灰髪が叫ぶ。そのよろけた背中を赤銅鎧の戦士が剣を持つ手で支える。左腕にはチョウサクを掴んでいるので、必然的に両腕は塞がる。

 それを見た瞬間、レンは鎧の戦士に向かって飛び蹴りを見舞う。

「あらよっ……と!!」

 素早いレンの跳躍は戦士の左肩を捕らえる寸前で食い止められる。戦士の左腕がレンの足を弾いた瞬間、チョウサクは床に転がって頭を痛打していた。

「……っ!?」

 チョウサクが言葉にならない声を発して唇を動かした。そして目を開け、驚いた両目を見開く。ジュンを見つけ、次に部屋を見回す。

 その一瞬でジュンは活力を取り戻す。

 今まで客人だからと頼るつもりのなかった自分に対して、思わず反省をしてしまう余裕さえ産まれた。

 ジュンは頭に上げていた両手を使い、チョウサクの身体を抱き起こした。

 それは自分の身体を盾にするように仲間を抱きしめる姿だった。

「イナカモンは俺が斬る!コマ切れにして犬に食わしてやる!」

 灰髪が顔を紅潮させて長剣を構えた。床に転がるレンの大剣を踏みつけ、金色の長剣の切っ先で赤い帽子を苦々しく差し示す。

「やれるもんならやってみろい!」

 レンが目をキラキラさせて手招きして見せた。


 激昂を持って空気をなぎ払う剣、黄金の刀身は黒い光をまとい、三日月を描きながら赤帽子に襲いかかる。

 レンは向けられた殺気をいなしながら軽やかにバク転を披露し、一振り、ふた振りと灰髪の剣士に油を注ぎ足す。

 少しオーバーアクションではあるが、神経を逆なでするのが目的で、息を呑む攻防を探求している訳ではない。

 レンは距離を取った後、身体を正面に、足を肩幅に、掌をパンと小気味よく音をさせて合掌する。その手をゆっくりと広げる、右を突き出し、左を後ろに。鳥の片翼のように広げながら映画のアクションスターのようなキメ顔。

「どうした、剣が泣いてるぜ」

 嘲笑を混ぜるレン。

 武器が無いから実は防戦一方だが、余裕がある笑みでゴマかす。

 灰髪が剣を構え直しながら言う。それはチカラのある言葉を含む。

「このチョロチョロと……【(ばく)】」

 長剣が黒く光る。剣の刃から黒い輝きが生命を宿したように動き始めた。闇色の光は炎のゆらぎのごとく見る間に大きくなり、剣先に集まりながら形を成していく。それは【縛】という文字。

 灰髪の剣が【縛】の字体に触れると、文字は黒炎を刃に絡ませる。黒蛇がうねり螺旋を描いて渦巻くと、黄金の長剣は振るわれた。

 距離を取っていたはずのレンに向かって螺旋が伸びる。

 シュルシュルと蛇の声にも似た風切り音が空間を突いて走り、躱そうと横飛びしたレンの右腕を素早く捕らえた。

 革のベルトにでも巻かれたように、硬い質感がレンの右腕をからめ取り締め付ける。

 レンが小さく舌打つ。

 歓喜の声を上げるのは灰髪。

「捕まえたぞ!!」

 長剣を引き付ける。そこから伸びた触手がレンの体を揺さぶる。着地したレンが対抗心を露わに右腕を引き、その場に踏み止まって堪えると張り詰めた触手は軋んだ音を空気に返した。

 赤銅の鎧戦士は動かない。傍に居るジュンやチョウサクにも手を出さず、凶剣を携えて、ジっとレンと灰髪の戦いを眺めているようだ。

 灰髪はレンを引き寄せようと剣に力を込める。

「さあ、どこから切り刻んでやろうか!?そうだ、そっちのお仲間と一緒がいいか?」

 灰髪の声に反応して、鎧戦士が動く。それまで不気味に起立していた身体を反転させ、ジュンとチョウサクに向き直る。右手の凶剣をゆっくりと振り上げるとジュンの背中を目掛けて……

「そうは行くかよ!」

 レンが叫んだ。

 その声に呼応すると同時に空間を滑る青い光。

 細く、鋭く、空気を切り裂いて光の軌跡は描かれる。


 レンを縛る触手に一撃を、

 灰髪の足に一撃を、

 鎧戦士の腕に一撃を、


 青い光を放ち、輝矢(せんこう)は深く突き刺さる。


「何だと!?」

 灰髪が自分の右足に見舞われた一撃を目視して方向を割り出す。視線を走らせる先にあるのは本棚とその中腹から大弓を構える青いトンガリ帽子の姿。

 忌々しくも赤い帽子と似た服装に、イナカモノの増殖と認識する他ない。

「仲間がまだ居たのか!」

 灰髪の苦い声を待たず、青い閃光はさらに加速する。

 空間を走り、触手に突き刺さる一撃と同じ箇所へ寸分違わずに、二本、三本……加算される矢は触手を貫き、さらに烈断させた。

 自由を取り戻すレン、灰髪がバランスを崩して膝をつく。その刹那に灰髪の肩、腕の鎧部分に刺さる閃光。


 そして鎧戦士の右腕に突き刺さる一撃にも追加の閃光は走る。

 鎧戦士はそれを空中で切り払って見せた。空中で砕かれる光矢。欠片たちが降り注ぎ、鎧戦士にまとわりつく。

 鎧戦士は右腕に刺さった矢を引き抜こうと矢を掴む、と、これもまた途中でポキリと折れ、粉々に破片が舞う。

 舞い散る青い光、それらは鎧戦士を暗い部屋の中で一番目立つ存在へと変えて見せた。


「マーキング完了」


 ジンの呟きは灰髪達には聞こえない。


 そしてその矢の雨が侵入者達の目を奪う中、闇に紛れて走る影。この部屋の誰よりも詳しくここを知る少女は、目を瞑ってても歩けると豪語する以上に、暗闇を自在に疾走して行った。



 ☆




 自由を取り戻したレンは床に転がる自分の剣に走り寄る。灰髪がすぐ近くに膝を折って苦い顔をしていたが、レンは気にしない。

 灰髪が自分の肩当てに刺さった光の矢を掴むと、矢は脆く折れて破片が舞う。その破片は灰髪の肩当てから右胸にかけて付着し、青く輝く。

 右足に刺さった矢も引き抜こうとするが、同様に右足を青く輝かせる結果になる。

「何だこれは、痛くもかゆくもないが目障りだな」

 右足に突き刺さる矢は幾らかのダメージはあるだろうが、灰髪にとっては意に介さない程の事なのだろう。それとも強がりで言っているのか、まあいいこれからさ、と呟きながらレンは床の大剣に触れて重さをキャンセルする。

 灰髪が長剣を振り上げながら向かって来ている。長剣の間合いならば数歩動くだけで切っ先が届く。先程の文字による束縛の力は消え失せ、今は長剣そのものになっているが鋭い斬撃は変わらずの脅威だ。

 レンは大剣の柄を右手で掴み、軽やかな動作で振り上げて灰髪の剣を弾いて流す。

 灰髪が眉を寄せる。

「どんな手品だ?それとも見た目より怪力(モンスター)って言わないよなぁ」

 レンが返す。

「教えてあげない。手品のタネがわかったらつまんないだろ」

 両手で大剣を握り直して正面に構える。

 灰髪は剣を持ち替え、右腕に生えたままの光の矢を長剣で叩き折ると、青く輝く右腕を真っ直ぐにレンに突き出した。

「お前から始末する。後ろの仲間をこっちに呼ぶなら今のうちだぞ」

 灰髪の背後に赤銅鎧が近付く。ゆっくりとした動作だが、凶剣はレンに向けられた。

 2対2には違いないが、前衛と後衛に別れているレン達にとっては戦力は分散されており、前衛だけを見るならば2対1には違いない。

 ジュンとチョウサクが立ち上がり、赤銅鎧の戦士から距離を取ろうと僅かに下がるのが見える。ジュン達の武器は無く、今は子供部屋に置き去りのままだった。それに口をパクパクと二人で動かし、声が出ない事をアピールしている。すぐに走り去らないのは、戦士として加勢したいという思いが、足を鈍くさせていたからだ。

 レンはジュンとチョウサクに対して頷きを返す。ここは任せろと笑む。

「余裕のようだな、いつまでもつのか楽しみだ」

 その笑みを見て灰髪が長剣に力を込めた。その黄金剣を床に突き立てる。

 赤銅鎧が灰髪の背後に立ち、右腕に持った凶剣をレンに突き出した。



 ギィィ……



 赤銅鎧の正中線、頭の上から股関節に一本の黒い光が走る。

 その光は禍々しく、軋みながら赤銅鎧を開胸させた。

 頭部が真っ二つに開き、胴鎧も大きく前を展開する。

 中は空洞に、だが闇色の渦が巻き、何処までも底の無い沼に似た澱みを見せる。

 腕と足が二つに開いて灰髪の腕を、足を、鎧は身体を包み込む。

 全身が闇色に光る。そしてジンの施した青いマーキングの光がその闇とせめぎ合い、明滅する。

 灰髪は全身に赤銅鎧を身に纏い、兜の中から眼光をレンに向けた。


「さあ、始めよう」


 右腕に凶剣を、左腕で黄金剣を引き抜き、双剣を構える。

 長身の身体に鎧を覆い、さらに大きくその身を変貌させた凶戦士は暗闇の中で明滅しながら静かにレンに斬りかかった。

 左右の剣は重厚に、流麗に乱舞しながら繰り返し斬撃を放つ。

 レンは大剣で交互にそれを受け流すが、重さをゼロにしても剣の大きさが変わるわけではない、二刀による高速の斬撃の回転に、追いつく事は出来ても上回る事が出来ない。レンは徐々に防戦に追い込まれて行った。


「レン!離れて!」


 本棚からジンが叫んだ。

 弓で援護するにはレンの背中が邪魔になる。凶戦士がそうなるように位置取りして攻めているのだから仕方ない。


「む、ちゃ、い、う、な、よ!」


 レンが斬撃を受けながら叫ぶ。

 と、ジンが矢を放ちながら言った。


「じゃあ当たったらごめん」


 シュッ


 ガキィン!


「こらぁ!」

「ほう、良い腕だ」


 青い矢がレンの右肩を(かす)め、凶戦士の左胸に直撃する。

「あの位置から心の臓を狙うか、面白い」

 凶戦士が兜の下で笑んだ。

 矢の威力が鎧の強度を上回っていれば大ダメージだが、鎧の最も分厚い部分でもある。肩や腕には刺さっても、僅かに胸板の防御力が勝った。


「……て事は、鎧の隙間を狙うしかないな」


 ジンが言う。

 もしもレンに当たったら……と、威力を弱めた訳ではなく、鎧の強度を確認する為に放った一矢だ。

 そこに迷いはない。



 ジンは大弓を構え直す。マーキング・アローとは違い、威力を重視して放つ攻撃的な弓矢だ。マーキング・アローは命中のみを重視し、当たってから対象を光らせるのが目的だが、今、構える弓矢はより太く、長い。

 いつか見た都会の弓戦士アルテアとジンの弓矢の違い、その威力の差に探求した答えはこれだ。

 射る前に、矢をつがえる時に何を意識しているのか。

 今までのジンは速さと正確性を意識して来た。それはレンの援護をする上で必要な技術(スキル)だった。

 だが、正確な連射を繰り返す内に、矢の威力は落ちてしまっていたのだ。

 この青い輝きは貫けと念じながら、ジンの渾身を込めて引き絞られている。連射性能は落ちるが溜めて打つ、威力は数倍だ。


 双剣の猛攻を大剣で受け続けるレン。その赤帽子が揺れる。対する戦士の武器が一本の剣ならばレンの優勢は揺るぎないものだったろう。

 レンの持つ、重さを自由に変えられる剣は、受ける者からすれば厄介な事この上ない。

 速度はレイピアに匹敵する素早さと、受けるには厳しい重厚なハンマーを同時に相手し、そのどちらであるかの判断はレンの思いのままなのだ。

 もしも一刀でレンと戦ったならば、先に武器が耐えきれず、破壊されるだろう。

 だが凶戦士は二刀を構えた。

 連続で攻撃をし続ける事で、レンの攻撃を押さえ込んでいる。

 そしてジンの弓矢に対する防御として、全身鎧がある。

 このままレンが攻撃に転じる事が出来ないのであれば、ジンの弓で鎧を貫くしかない。たが来ると分かっている攻撃に当たってくれる程、凶戦士も愚かではないのだ、ジンは矢をつがえたまま、放たれる時を待つしかなかった。



 暗闇を駆ける少女・モーリスは本棚からベッドの下を大きく回り込み、凶戦士の背後、さらに死角を取る。

 両手には何も持たない。空手のまま戦場へと赴いた。視線の先に護衛組のジュンとチョウサクが見える。手近にあった紙ゴミと糸くずを丸めて投げる。チョウサクが気付いて声を上げたように見えた。

 無音の叫びは戦いの中の戦士達には気取られる事はなく、足音を消してややゆっくりと駆けるジュンとチョウサクはモーリスと合流を果たす。

 ベッドの足の陰に隠れる三人。

 モーリスがジュンとチョウサクの首に同時に触れる。

「話して。もう大丈夫よ」

 それは力を込めた言葉だ。

 ジュンとチョウサクの二人が顔を見合わせる。何をされたのか理解していないまま、

「大丈夫か?って、アレ!? 声が!」

 と、ジュン。

「あ、あああ、本当だ!どうして?」

 と、チョウサク。

「静かに。奴に気付かれるわ」

 モーリスがすぐに注意する。二人は喜びと共に冷静でいなくてはならないと悟ってすぐに警戒する。

「すまない、俺の不注意でこんな事に……」

 チョウサクが肩を落とした。言葉を続ける。

「……奴ら突然現れたんだ。何も無い所からいきなり居て、おそらくは禁制の【透明になる術】か何かを使っていたんだと思う。殴られて、気付いたら声が出なくて……」

 チョウサクが少し口早に話す。

 小人達にとって、夢珠は使い方によってはあらゆる事が万能に叶うと言っても過言ではない。

 だがそこには小人同士のモラルがあり、制約がある。例えば、お互いに存在が見えなくなる【透明化】や人間にも直接被害をもたらす【毒】や【爆発】、それらは禁制(タブー)として夢珠の利用はもちろん、実際に作る事も禁止されている。

 だが、それらは実際に管理されているのは組織に属するものだけである。近年拡大する独自の集団【チーム】と呼ばれる者たちの中には、モラルが欠落した者が存在してしまっていた。自由という意識は、お互いの守るべき秩序すらも崩壊させたのだ。

 チームに属し、自由を尊ぶ一部の小人達は、自由に夢珠を搾取し、使用し、作り上げ、自らを過剰に強くし、さらに闇の副作用に溺れていった。

 管理されない自由は、自分を守れない危うさと隣り合わせだと気付いても、今だに増加の一途を辿っている。


 モーリスはチョウサクを励ましながら緑色の髪を後ろでまとめ、糸で結び上げる。少女のくるりと丸い瞳には熱のある光が宿る。目つきが鋭く変わり、姿も心も戦闘モードへと移行していく。

「チョウサクさん、起きてしまった事は変えられないし、今はまだやれる事があるわ。レンもジンも凄く強いし、頑張ってる。私も今から援護に入るわ。下を向かないで、前見てブワァーって行きましょ」

 ジュンがチョウサクの隣で頷いて言う。

「チョウ、お前が必死に知らせてくれたから今があるんだ。本当なら俺もどうなっていたか。俺たちの武器はまだ子供部屋にある、取りに行って俺たちも戦おう」

 ジュンの手がチョウサクの肩を優しく叩く。その言葉にチョウサクが頷く。モーリスは彼らを見て安堵し、ベッドの陰から飛び出した。

「本気で行くわよ。【疾風】!!」

 モーリスは言葉と同時に自らの両足を叩く。その動きは加速し、一陣の風のごとく凶戦士に向かって駆けた。

 モーリスの小さな両手の指先が黄色い光を放つ。それをクルリと回し、円を描くと光るリングが二つ発生する。リングは即座に物質化して硬度のある武器・リングブレードへと変わる。一箇所が持ち手になり残りの円部分は鋭い刃だ。

 モーリスは両手に光るリングを握りしめ、床を蹴って跳躍した。



 ジュンとチョウサクが走り、部屋から出る。長い廊下を駆けながら、チョウサクが言った。

「驚いたな。あの三人、実は俺たちより強いんじゃないか?」

 ジュンが答える。

「そうだな。まさに予想外だったよ」

「ハルオはどうしたんだ?」

 チョウサクの質問に、言葉を詰まらせるジュン。

「……すまない、ハルオは……あの男に斬られて……助けられなかった」

「そんなまさか!?ハルオが!?敵を一人やっつけて……勝ってたんじゃないのか!?」

 チョウサクが驚いて立ち止まる。

 ジュンも立ち止まり、チョウサクを振り返る。

「何?……どういう事だ?」

 チョウサクはショックからか動揺して、顔を引きつらせて言う。

「奴らが現れた時、三人居たんだ。灰色の髪の男と、全身鎧、そして(あか)い髪の女」

「何だとっ、本当か!」

「ああ、さっき鎧のヤツと灰色の髪が合体してたから三人があと一人になって、……みんな強いし、だから女はもう最初にやっつけたのかと……」

 頭を抱えるチョウサクにジュンが思考して言う。

「女があと一人……何処かに隠れてるのか?なぜ出てこない……急ごう、部屋はすぐそこだ。武器を持ってすぐに戻ろう!」

「あ、ああ……そ、そうだな」

 ジュンとチョウサクは残りの廊下を急いだ。




 容赦の無い双剣の斬撃を、ジリジリと後退しながら大剣で受けるレン。わずかな時間にもう二十合、いや四十合程も打ち合ったであろうか、息は上がり額に汗がにじんでいる。

「どうした!さっきまでの元気はどこへ行った?」

 凶戦士の嘲笑が浴びせられ、その黄金の長剣からムラサキ色の光帯が立ち上り始める。【コトダマ】を発動する力の(みなぎ)りだ。

「燃えてみるか!刻んでやろうか!」

「アレか!やばぃっ」

 引きつるレンの視界の端に黄色い影。

「それは【無し】よ!」

 背後から斬りかかるのはモーリスのリングブレード。両手の二枚刃が凶戦士の鎧を傷つける。

 体躯の違いからか、さほどの衝撃は無かったが、その斬撃は鎧にしっかりと爪跡を残した。さらに、

「なに!?力が消える!」

 凶戦士の長剣から揺れる紫光が霧散していくではないか。

 力が集中しつつあった文字は跡形も無い。黄金の長剣は元の静けさを保って凶戦士の手に道具としての重さを残していた。

 モーリスは着地と同時に後方に跳び、距離を取ってリングブレードを構える。

 凶戦士が忌々しく怒りを伴なって黄色い服の少女を振り向いた。

「何だこの女ぁ?今何をしやがった?」

 右腕の剣先をレンに、左腕の剣先をモーリスに。

 レンは少し距離を取り、やっと訪れた休息を使って深く呼吸を繰り返す。

 モーリスは答えない。

「あら、私なんかに気を取られていいの?」

 それよりも忠告をしてあげた。




 空気を切り裂く迅雷、


 蒼い閃光は稲妻の如く闇を駆け、


 凶戦士の頭部で爆音を上げた。




 フルフェイスの兜が変形して空を舞う。凶戦士が咄嗟に身を捻り、僅かに中心を捕らえきれなかった光の矢は、兜を側頭部から半壊させ、尚且つ凶戦士に片膝を付かせた。


「ここまでよ。降参なさい」


 モーリスが強い口調で告げた。

 剥き出しの頭部にもう一度あの弓矢が狙いを定めている。

 ジンは二度目の的を外すほど、ヌルい狙撃手ではない。


 一瞬の静寂と、荒い呼吸音が揺れる部屋の中、


 ……キィィン


 レンの大剣とジンの大弓が光り、共鳴を始める。

 レンが呟いた。

「こんな時にかよ」

 それは夢珠が結晶化する合図。

 ベッドに眠る人間が、夢珠を産もうとしている光と、光の夢珠から作られた武器たちとの共鳴だ。



 部屋の暗がりに、淡く、そして白く輝く武器は、人間に発見される可能性を含む。かつて人間達が昼間に活動し、夜に眠るという生活を基本としていた頃、夢珠が発生する度に知らせてくれる機能として、共鳴する武器や装備品は小人達に常用されていた。

 だが近代化する人間社会の流れは、昼夜問わずに働き、眠る生活へといつしか変わり、武器の共鳴は発見される危険を考慮されて都会では敬遠される対象にあった。

 武器は人間の技術を真似すれば、鉄鋼も被服も問題なく、それらに能力を付与したければ、夢珠をコーティングするように使えば良いのだ。

 夢珠に反応する武器は、純粋に夢珠のみを使い、例えば剣ならば、剣の先から柄元、握りに至るまでを生成する。

 それは大玉サイズの夢珠を複数使う事と同義である。過去の技術としては当然であった事も、現在では嗜好品や高級品として捉えられている。

 やはりここでも、田舎者ならではの武器を持っていると公言したようなもので、レンとジン以外の小人達は共鳴する武器を見て僅かな驚きを覚えていた。

「便利な機能だなぁ、さすがイナカモン」

 鎧の頭部を失って灰髪を露わにした凶戦士がレンを冷やかに睨んだ。口元が僅かに上がる。

 レンはそれを細やかな抵抗と見て取ったのだが、灰髪のそれは別の事態を察しての優越感から来るものだった。



『邪魔をしないで』



 突如響いた声。それは強い意思を伴いながら部屋の誰しもに届いた。

 頭の中に直接ぶつけられるような、方向性の察知出来ない声の存在。

 一人離れて大弓を構えるジン。

 本棚の上からは他に小人の存在も、人間も、声の主としての存在を目視で特定出来ない。

 この部屋にまだ誰か居る、その考えに直結しながら、ジンは自分のすぐ目の前の空間が歪むのを目撃した。

 蜃気楼が突然発生したように、視界が揺れる。

「何だ!?」

 ジンの叫びを待たず、歪む空間から白く、細い腕が生える。

 右手が空間から音も無く伸び、ジンの大弓を掴んだ。


『アナタ、キライ』


 今度はジンだけに、声が直接響いた。

「うわっ」

 驚いてジンが大弓を手元に引き寄せる。

 その動作が必然的に掴んだままの腕をも引っ張り、歪みの中から、腕から肩、頭部を引きずり出した。

 掴んだ腕の力はさほど強くはない。容易に引きずり出される程に弱い、いや脆弱とも感じられた。

 怪奇映画かホラー映画でも見ているように空間から顔を出したのは、朱い髪の小人、肩までの緩やかにウェーブがかかった秋の夕暮れを深く朱色に染めた髪に女の子らしい大きな瞳と小さな口元、肌の色が白く、深い碧色の目がジンを見つめて離さない。

 ジンは大弓に構えていた光の矢が消えるのを悟る。攻撃の集中を妨げられ、矢が維持出来なくなったからだ。それでも朱髪の女の子は大弓から細腕を離さない。ジンが左右に振っても上下に振っても、異常なまでの執着で上半身を宙に揺らした。

「この子……浮いてるのか!?」

 足場の無い位置でも、ジンの頭上でも付いてくる上半身。幽霊だと言われたなら納得してしまう光景に、弓を通じて微かに重さを感じる。

 レンの叫びが聞こえる。

「何やってんだ!サッサとぶん殴れ!」

 苛立ちが見える声に、ジンは戸惑いを返す。

「でも!……女の子だよ」

「甘い事ほざくなバッカヤロー!敵だ!」

 レンがさらに激昂しても、ジンはその朱髪と碧眼を有する上半身だけの存在を攻撃するのを躊躇った。

 見つめる瞳が脆弱で、掴む両手が脆弱で、伝わる重さが脆弱だった。

 これはきっと、攻撃対象ではない。守る対象だ。守られる側の存在だ。ジンは戦士として本能に感じるのだった。



『レオンをイジメないで』



 ジンだけが聞いたその声は、確かに朱髪の女から発せられているようだ。

「レオン?あいつの事か?」

 ジンが呟く。灰髪の凶戦士を無意識にあいつと発声していた。

 女の声はモーリスにもレンにも聞こえていない、二人には離れた場所でジンが敵の女に手間取る姿しか見てとれない、レンは苛立ち、モーリスは灰髪の凶戦士への警戒を続けている。それはジンの強さを信じている故の油断でもあった。

 朱髪の女の瞳がジンを見つめる。

 悲しみに似た痛みがジンの胸を締め付けた。女の弓を持つ手がぐいと引き寄せられる。それは弓を引き寄せるためでも、奪うためでもなく、女の上半身を前に進めるための動作だった。

 ジンと顔の距離が縮まる。眼前に近づく碧眼が、ジンの意識を深く吸い寄せた。ジンは体温を急速に奪われるような悪寒と共に、自分の脳に進入して来る声の奔流を抵抗する術もなく受け入れる。



『レオンヲいじめないでわたしたちノ邪魔をしないでレオンわるくないアナタキライじゃまシナいでレオンハイイヒトダカラ消えて居ナクなってダレカたすけてレオンをいじめないでわたしたちの邪魔をしないでアナタキライダレカたすけてレオンイイヒト邪魔をしないでダレカトメテあなたきらい消えてワタシタチヲ誰か邪魔をトメテ……』



 濁流となって頭の中を声が渦巻く。

 その意識の波にジンは飲み込まれ、一瞬の吐息を漏らしながら膝から崩れ落ちるように倒れ伏した。



 ☆



 遠くでレンの声が聞こえる。

 モーリスも、名前を呼んでくれている。

 だが真っ白な意識の世界に落ちていく。ジンは抜け出せない落下シューターか廃棄される瓦礫のような虚脱感にその身を委ねた。

 永久に眠りに誘う恐怖よりも、逃れられない睡魔に負けてしまう羞恥に両瞼を閉じていく。



 これは君の声か?


 ジンは問うた。

 波に呑まれながらも、幾重にも重なる声の濁流に僅かな意識を向ける。

 女の声が白い世界で反響した。


『レオンを殺さないで』


 君は何者なんだ?


『レオンはとても優しいの』


 どういう事だい?


『わたしが悪いの』


 女の声が聞こえる先に、白い世界は終わりを告げ、色付きながら、別の世界への扉を開けた。



 ☆ ☆ ☆



「エンジュ?また鳥とお話しかい?」

「あ、レオンが驚かせるから逃げちゃったじゃない」

「ごめんごめん」

「またエサをせがまれちゃったわ。明日またエサを欲しがってやって来るわよ」

「エンジュは何か欲しい物はないのか?」

「私?そうだなぁ〜、あの鳥さんみたいに、空を飛べたらいいな」

「そんなの簡単さ、夢珠で飛行の力を付ければいいんだよ」

「まぁ、レオンったら夢が無いのね」

「そうかな?普通だろ」

「第一、夢珠だって、そんな簡単に手に入るモノじゃないでしょう。大玉か中玉だし、私達みたいな田舎組織の下っ端じゃあ、何年も予約待ちよ」

「……かも、しれないな」


 ……

 ……

 ……



「エンジュ、これ見てよ」

「わぁ!どうしたの!?中玉なんて持って」

「知り合いのフリーでやってる戦士に貰ったんだ。なんと【飛行珠】だ」

「ええ!?最近一人で何処かに行ってると思ってたけど、まさか悪い事して……」

「ハハハっ、違うよ。ちゃんと仕事を手伝って貰った報酬さ。大変だったんだぜ、都会の邪夢はこっちより何倍も強いんだ」

「まぁ、やっぱり危ない事してたんじゃない」

「そう怒るなよ。コレ、あげるからさ」

「え?私に?」

「前に言ってたろ、空を飛びたいって」

「そんな!大変な思いまでしたんだからレオンが使ってよ」

「俺は別の夢珠をもう貰ったからいいんだ。これはエンジュのために、まぁ、都会に行った記念のお土産だよ」

「そう……ありがと」

「……嬉しくない?」

「めちゃくちゃ嬉しい!」

「うわ!抱きつくなよ!」

「レオンはどんな夢珠貰ったの?見せてよ」

「ああ、あとで見せてやるよ。【マリオネット】って呼ばれてる力だ。鎧なんかを自由自在に動かせるんだぜ」


 ……

 ……

 ……


「ここに居たのか、エンジュ。探したよ」

「あら、怖くない方のレオンね。うふふふ」

「どういう意味だ?……エンジュは最近、飛んでばかりいるね。その内歩けなくなるぞ」

「ふふふ、飛ぶってすごく気分がいいのよ。自由を手に入れた、最高の気分」

「それは何より。エンジュはよく笑うようになったし、活発に動き回るようになった。でも、働かないサボリ魔にもなった」

「レオンはたまにすっごく怖くなるわ。まるで優しいレオンと怖いレオンの二人居るみたい」

「組織の仕事、行かないと怒られるぞ」

「レオン、組織やめちゃおうよ。仕事なんて辞めて自由になろうよ」

「エンジュ?」

「そうだ!都会に行ってフリーになろうよ!私と二人で色んな町や国や人や、世界中を見て回ろうよ!」

「……」

「ね!そうしましょう!決めたわ、私もレオンも自由(フリー)になるのよ!」

「……エンジュが望むなら、そうしよう」


 ……

 ……

 ……


「エンジュ、エンジュ!大丈夫か!?」

「……レオン、わたし、溶けていくみたい」

「どうなってるんだ!?身体が消えかかってるぞ!」

「あの夢珠は、きっと自由になりたいって想いから出来てるのね、だから私、自由になりたかった。何もかもから逃げ出したかった」

「ちくしょう!何でこんな事に!」

「同じ場所に居られないわ。身体も、心も、きっと自由を求めているのよ」

「あの夢珠が悪いのか!?俺のせいだ!*イヤ、アノ戦士ガワルインダ」

「レオン、私は貴方のそばに居るわ」

「組織に戻って助けて貰おう*アノ戦士ヲミツケテブッコロソウ*夢珠が要る。きっと夢珠で治せるさ!*スベテノ夢珠ヲオレノモノ二シナケレバ」

「レオン、気をつけて、あなたが戦う度に、もう一人のアナタが目を覚ますの。きっと、自分を保てなくなる……」


 ……

 ……

 ……


「エンジュ、どうした?声が聞こえないぞ」


「言葉ヲ失ッタノカ?」


「そうか、大丈夫だ。言葉の夢珠を使えばいい」


「オマエノタメニ最高ノ夢珠ヲ手二入レテヤル」




 ☆ ☆ ☆



 倒れ伏したジンの姿を視認してから一呼吸の時間も置かずに、凶戦士レオンは黄金の剣を振るった。一瞬とはいえ、ジンの姿に動揺して目を奪われたレンは一撃を受け流す事が出来ずに、大きく後方に吹き飛んだ。

 身体の正面で直撃は免れたものの、重量が軽い小人の体躯は、大剣の重さが無ければ何処までも飛距離を伸ばす野球のボールのようなものだ。

 部屋の壁にしたたかに背中を打ち付けてレンは呻いた。

「レン!!」

 モーリスの声。

 リングブレードを構えながら凶戦士に向き合う。その背後ではベッドの人間・漆原めぐみ氏が放つ鮮やかな夢の光がゆっくりと形を成しつつあった。一般人とは少し毛並みの違う夢の光は強く、見る間に大きく夢珠は成長していく。

 灰色の髪に汗を滲ませながら凶戦士は笑う。勝利を確信した笑みなのか、闘いに興じた故の歓喜なのか。

 モーリスはその笑みに背中を冷たくして後ずさる。背後への攻撃を成功させたとはいえ、不意打ちでしかなく、レンを片腕で吹き飛ばした凶戦士と正面でやり合えるほどの自信過剰は持ち合わせていない。

 灰髪のレオンは金色の長剣を再び床に突き立てる。身に纏う鎧が節々に赤く光りを放ち、その身から分離する。

 全身鎧は戦士の前で合わさるとまたヒト形を成し、離れて転がっていた損壊した頭部が、逆再生を見るかのように床を転がり、跳ね、カシャリと首元に収まった。

 頭部の半分はヒビ割れ崩れ落ち、開いた穴から、がらんどうを覗かせている。それでも尚、赤銅鎧は息を吹き返した一つの強敵として黒光りする稲妻の如き凶剣を用いてモーリスに襲いかかった。




 子供部屋で自分達の武器を取り戻したチョウサクとジュンは、子供部屋を飛び出して驚愕した。

 子供部屋のすぐ前には廊下を挟んで階下に続く階段がある。

 途中で屈折してコの字に螺旋を描きながら伸びるきざはし。それを黒い暗雲を伴いながら、触手を使い、一段ずつ登って来るのは奇声を放つ丸い塊たち。大小まるで親子のように一列に並んだ二体もの邪夢の姿だ。

「今夜はパニックだな」

 ジュンは苦い気持ちを冷静に抑え込んで呟いた。

 チョウサクが青ざめた表情でリーダーを見る。

「どうする!?登って来るぞ!」

 ジュンは冷静な口調で剣を抜いた。

「ここで食い止める。チョウサクはこの事をみんなに知らせてくれ。戦闘中にここから叫んでも聞こえないだろう。さっきの女の事も忘れるな」

「一人なんて無茶だ!ハルオが居るわけじゃないんだぞ!?」

「わかってる。登ろうとしてくる触手(あし)を狙って払えば多少時間稼ぎにはなるだろう。無理はしないさ」

「本当だな?ハルオの次にジュンまで居なくなるなんて、俺は耐えられないからな!」

「俺だって同じさ。だから無理はしない。出来るだけ持ちこたえてみせるが、その後は子供部屋に入らせないように寝室の方に誘導する」

「わかった!」

 チョウサクは廊下を駆け出した。振り返る事なく寝室へ向かう。フローリングの廊下に小さな足音が鎧具の軋みと共に刻まれていく。

 部屋に辿り着く間も惜しんでチョウサクは叫んでいた。

「邪夢出現!邪夢が二体出現!階段で応戦中!!」




 モーリスは赤銅鎧の振り下ろした凶剣を素早く躱して後方に飛び退(すさ)る。自らの力で高めた敏捷性は赤銅鎧の動きに遅れを取る事は無い。

 寝室の入口の方から誰かの声が聞こえる。焦っているのか、声が揺れて聞き取り辛いが、どうやら護衛組の声だ。

 モーリスは一時的に距離を取り、戦況を見る。

 レンが壁際で大剣を携えながら立ち上がる。

 それを明らかな殺意を向けて睨むのは灰色髪の侵入者。黄金の長剣を構えているが、レンに向かって攻撃をするまでには至らない。先程のダメージがまだあるからなのだろう。

 変わってモーリスの前に赤銅鎧。こちらは元気なようで今まさにモーリスに向かって距離を詰めようと走り出す。

 遠くの本棚の上で、ジン。ゆっくりと頭を持ち上げる姿が見える。

「ジン!大丈夫なの!?」

 モーリスは叫んだ。

 意識を取り戻したジンは、モーリスの声に応えなかったが、右手を上げて、振って見せた。

 だが、その本棚に居たはずのもう一人の侵入者、半身の朱毛女の姿が無い。眼を見張るモーリスに、ジンがその右手で指差して示す。

 眠りに落ちている人間のベッドに向かって、空中を飛行する半身の朱毛女だ。

 ジンはその後ろ姿を指差しながら、呻くように言った。

「モーリス、夢珠を……」

 ジンの声が届いたのか、赤帽子のレンが叫んだ。

「こいつら夢珠を狙ってるんだ!モーリス!走れ!あの女に()られちまう!」

 夢珠の形成は、今まさに集束した光の中心にてタマゴのように固まりつつある。その大きさは真珠のようではあるが、小人たちの世界では中玉と称されるに申し分ない。

 完全に形成されると、浮力を失い落ちて来るのだが、朱色髪の女が空中を飛ぶ事が出来るならば、俄然有利なのはこちらではない。

 モーリスは瞬間、戸惑う。

 事前の打ち合わせならばレンがタマゴを取りに行くはずだ。

 だが今一番足が速く、最も近い距離に居るのは自分なのだ。

 誰しもが自分の役目だと言うだろう。灰髪のレオンも、そう見て動いた。

「そうはさせん!行けエンジュ!そのまま夢珠を戴くんだ!」

 灰髪の声と共に、赤銅鎧が走る軌道を変えた。

 モーリスに向かって走り出した脚は、真横に方向を向けて、人間のベッドに向かう。

 モーリスが夢珠に向かうであろう先に立ち塞がるためだ。

 モーリスは目の前の赤銅鎧が左に方向を変えるのを見て、足で床を蹴った。

 人間のベッドにではなく、

「超・特・急!!」

 レンの居る壁際に向かって。


「馬鹿な!?」

 灰髪のレオンは目を疑う。

 一瞬で消えたモーリスの姿と、その行動に理解を超えた戸惑いが口を突いて出る。レンに向かってモーリスの進路を開けてしまったとはいえ、その選択は『無い』はずだ。



「何考えてんだよ!」

 レンの叫び。

 目の前で黄色いスカートを舞わせて急停止したモーリスに湧いた不満をぶつける。

 当人は困ったように眉根を寄せている。

「一か八か賭けてみたくなったのよ」

 モーリスは、立ち上がったレンの背後に回る。痛い視線を躱すためでもあり、これから行う動作の為でもあった。

「何を賭けんだよ?」

 尋ねるレン。

 モーリスは少し早口に言った。

「今日まで私は他の仲間達にこの力を使う事を禁じてきたの。私の強すぎる力で誰かを傷つけるような事はしたくなかったし、それを利用されるのもまっぴらゴメン、だから絶対に使わなかった」

「モーリス?」

「レン、私はあなたを信じてる。ジンも心から信じる。だから私は……初めての仲間に、私はこの力を解放するわ」

「モーリス……」

「いくわよ、【疾風】!!」

 チカラを込めた両手で、モーリスはレンの背中を叩いた。

 レンの身体が一瞬、緑色に輝きを放つ。

「身体が、軽くなった!」

 レンが驚きの声を上げた。

「慣れるまで気を付けて」

「モーリスと同じように動けるって事か!よーし!」

 大剣の重さをゼロにして、夢珠に向けてレンは床を蹴った。

 一足の跳躍は空気中の流れを産む。それは風と呼ばれる大自然の力だ。その軽やかに強大な大気の流れはレンの意思とは幾らか誤差を産み、目指したベッドの方角のみを正確に突き進む。

 その先に灰髪の戦士が立ち塞がらなければ、反対側の壁に激突していたと推測される。が、しかし横から割り込んで来た灰髪のレオンは、身体ごとぶつかりながらもレンの進行を阻止した。

「ぐわっ」

 勢いは殺せずに方向転換を余儀なくされたレンが弾かれ、お互いに吹き飛ぶ。

 レンが呻くその隣りで、灰髪が強く言った。

「エンジュは、俺が守る!手出しは、させない!」

 その真っ直ぐな言葉に、レンは違和感を感じる。今までレンが受けてきた殺気とは違う、別の気質だ。

「何だ?コイツ?」

 レンが転がった床を蹴りつけて起き上がる。身体は軽いままだが、衝突のダメージが左肩の芯に重い熱を帯びていた。

「ああ、レン!大丈夫!?」

 モーリスが声を投げる。

「大丈夫ぅ!」

 レンが戯けた声を返す。

「でもちょっとぶっつけ本番でやるにはキツイなぁ、練習いるわコレ」

 苦笑いしながらもレンは大剣を構えた。灰髪との距離が近い。

「わわわわ、どうなってるんだ!?」

 部屋にチョウサクの慌て声が響く。

 見ると夢珠に、さっき子供部屋で見た朱髪の女が近付いている。

「あ!あれ、あの女!ジン様レン様!階段で邪夢が二体来てます!」

 言葉も上手くまとまらず、戸惑うチョウサクに向かって、赤銅鎧が凶剣を片手ににじり寄る。


 シュッ ガキィン!


 その足を止めたのは青い閃光の弓矢だ。


「チョウサクさん、ここは任せて!邪夢を頼みます!」


 本棚から叫んだジンは、頭を押さえながら立ち上がり、苦痛に顔を歪めていた。

「すみません!お任せします!ジュン今行くぞー!!」

 一度子供部屋で鎧戦士と剣を交えているチョウサクは即座に踵を返した。

 まったく太刀打ち出来なかったチョウサクの目には、半壊した鎧戦士の頭部が信じられない光景でしかなく、場違いの感を否めない。あの侵入者達は確実に護衛組より強く、さらにレン達はその侵入者と戦ってダメージを与えられる程に強いのだ。

 階段に伸び上がる触手を相手に剣を振るうジュンの姿を遠く見ながら、せめてあの邪夢には負けないと誓うチョウサク。長槍を構えて廊下を駆けていた。




 本棚の上でジンは弓を構え、赤銅鎧に三度弦を鳴らした。

 青く光る矢は真っ直ぐに肩胸足を狙ったが、凶剣によって振り払われ、落とされる。

 ジンは痛む頭で、その実は思考していた。


『アレはただの鎧だ、本体をやらないと止まらない操り人形だ。でもどうやって止める?彼はあのコを助けたいだけだ……』


 流れ込んできた意識の波を咀嚼しながらジンは受け入れて行った。

 それが偽りでもまやかしでもなく、真実だと思うのは、記憶の欠片の中に確かな証拠など無くとも、信じられると、そう信じさせる言葉の強さがあった。ただそれだけだ。

 たとえ敵として現れたとしても、そこにある真実は、善も悪も差別なく受け入れなければならない。


 ジンの居る本棚の下、すぐ近くにモーリスが居る。

 レンに力を与えた少女の姿を見て、ジンは一つの仮定を思案する。


「自由……自由か……」


 ジンはモーリスを呼ぶ。

 本棚の上で待つ事、数秒。

 モーリスは疾風のごとく跳躍してジンの隣に立った。

「何?どうしたの?」

「モーリス、『自由』の反対って何だろう?」

「はぁ?」

 モーリスは真剣に聞いて来るジンに向けて眉根を寄せた。




 赤い帽子を揺らして灰髪の戦士と剣を打ち合うレン。二合、三合と打ち合う毎に、レンは大剣の重量を上げていく。最初は押され気味だった打ち合いは、次第にレンに優勢を示し始める。

 一刀を持って戦うお互いはダメージの有無と大小もあるが、その敏捷度に歴然たる違いがあった。

 身を捻って躱すレオンに対して、疾風の力を得たレンは、まさに体ごと消えるのだ。そしてまた現れた時には全体重に大剣の重量を加味して攻撃して来る。

 その離れた距離がそのまま加重の威力と合わさり、数回打ち合う内に早くも受け切れない重さにまで威力を増していった。加速するための体術と加算される大剣の重量コントロール、僅かの間にレンは一対一の戦闘ならば無敵の強さを手に入れていった。

 もちろんそれは大剣を重くしたり軽くしたりという一秒未満の繊細な切り替え能力と、レンの戦闘センスが要因としてあるのだが、レオンにとっては知らない事だらけだ。目に見える事実を受け止めるならば、今までにない強敵として、この赤い帽子の小人の存在を脳裏に刻みつつある。


 だが、戦闘に優勢を迎えても、夢珠を持ち去られては勝ったとは言えない。肝心の夢珠は光が弱まり、完成を間近に控え、さらにその目の前で幽体のように透ける両手を広げて待っているのは朱毛の半身・エンジュの姿だ。

 ジンとモーリスは、離れた本棚に居るし、赤銅鎧はゆっくりとではあるが歩を進め、灰髪とレンの戦いに加勢する動きを見せている。

 たまらずレンが叫んだ。

「おい!ジン!モーリスも何してんだ!?」


 それを聞いてモーリスがジンを見て言った。

「ジン、急ぎましょう」

「きっと束縛や拘束じゃない、コレが正解だと思うんだ」

「わかったわ。使った事がない文字だし、弓矢もやった事ないけど、試してみましょ、ぶっつけ本番だけどね」

 ジンは矢をつがえた。

 片膝をついてやや斜めに構えられた大弓は弦を青く輝かせ、そこに二本の青く光る矢を乗せる。

 ジンの隣に立って、モーリスが力を与える。矢を引き絞る右手にそっと触れる。

 ジンの右手を伝い、光の矢に注がれるチカラは、黄色い渦を巻いて螺旋を取り巻く矢じりへと姿を変えた。


「威力は要らない、マーキングアローより細く、速く、正解に、同時にふたりを射る……」


 ジンは静かに集中した。

 一呼吸して息を止め、右手を放つ。


 細く光る矢は空中に線を引きながら飛翔した。

 瞬速の矢は黄色く輝く粒を撒き散らし、流星のほうきを形どる。


 ジンに背を向けていたエンジュは自分の背中に矢が当たった事を針の痛みにすら感じなかった。細く脆い矢は命中すると同時に砕け散り、エンジュの身体を青と黄色の光で包み込んだ。

 光の粒がエンジュの目の前で文字となって視界に割り込み、エンジュは反射的にそれを読んだ。無言ながらにそこに感じた想いは、たった一つの思い出を記憶から連想させ、身体の奥底まで光が届くのを感じた。

 内に秘めた想いが増幅される。

 この【自由】を決してそれは阻害しない。




 灰髪の胸元に閃光が走り、青と黄色の光の粒が大きく舞う。

 それはジンの放ったもう一本の矢だ。

 レンとの戦いの間隙、一撃も受けるわけにいかない状況で、赤い帽子の大剣に集中していた事が、容易(たやす)くその矢を命中させてしまった。

 突然目の前が輝きで満たされ、何かの文字が視界に飛び込んで来る。


「何だ!?……これは?」


 痛みは無い。

 胸にチクリと針かトゲでも触れたかというほど、気にもならない痛みはすぐに忘れてしまう。

 それよりも気になり、目を背けられないのは目の前の文字だ。



【誓約】



 ……

 ……

 ……



「俺がエンジュを(まも)るよ」


「私はずっとレオンのそばに居るわ」



【二人でいつまでも一緒に居よう】



 ……

 ……

 ……




「君たちは交わしたはずだ。二人だけの約束を、永遠の誓いをきっと。それを増幅する矢だ」

 ジンは確証を込めて言った。


 契りを交わした約束は、レオンとエンジュの中で増幅され、輝く光の渦となって身体を満たした。


 柔らかく、月夜の淡いオーロラの揺らめきは、体内から湧き出るほどに身体中を輝かせ、


 エンジュの身体を虚無の世界から解き放つ。それは透ける事なく伸ばされた両手の中に、夢珠を(いだ)かせる。

 虚無の空間から両脚が、つま先まで実体となって現れる。


「きゃあ!」


 突然何かに引き寄せられて、エンジュは悲鳴を上げた。

 浮力を失ったわけではなく、何か見えない力で引っ張り込まれた、空中に居たはずの身体は、ベッドの下に居たもう一人の存在、灰髪のレオンの腕に落ち、力強く抱き締められていた。



 ☆




 レンは振り抜いた大剣を引き寄せ遠心力を小さくして回転させながら見事な身のこなしをみせる。赤帽子を揺らしながら、大剣を最大重量に変え、床に突き立てる。それを支点として跳躍した身体を急停止させた。

「何だぁ?」

 ジンの矢が当たったらしいのは解るが、光り出した敵と、降ってきた女の子の様子が理解出来ない。何故か目の前でイチャイチャ……はしてないが、抱き留められている。

 頭にハテナ?を浮かべるレンを置いて、抱き合う二人。

「エンジュ!本当にエンジュなのか!?体が元に戻っているじゃないか!ああ、何が起きたんだ!」

「レオン、レオンなのね!ずっと(まぼろし)の中を彷徨(さまよ)っていたみたいだわ、レオンに触れてレオンの体温を感じてる!」

「エンジュの体、匂い、温もり、俺も感じているよ!」

「レオン!レオンレオンわたしのレオン!!」

「エンジュ!声が出ているよ、君の声がちゃんと聞こえる!聖夜の鈴の音よりも美しい、俺の耳の奥まで震える天使の歌声のようだ!」

「レオン……」

「エンジュ……」


 ……

 ……

 ……イチャイチャしている。



 レンが毒気を抜かれて(ほう)けている。

「あー、うわぁー、あ、あーんなことや、ああんなコトまで、うひゃあー、さっきまで殺伐としてたのにいきなりラブラブだぁ~」

 (あき)れて見ている。

 本棚から降りてきたモーリスが走り寄る。レンの隣に立ち、

「あらあら、あんなに抱き合ってちゃ夢珠が潰れちゃうわ」

 一緒に呆れる。

 赤銅鎧は動きを止めて立ち尽くし、飾り物の鎧のように鎮座している。

 レンがモーリスに尋ねる。

「何をしたんだ?」

 モーリスも明確には分かり兼ねるようで、両肩を上げて首をすぼませた。

「ジンの言う通りにしただけよ。……とりあえず、もう敵意は無さそうね」

 モーリスの声に、レンが戦闘態勢を解こうとした瞬間、男達の声が廊下から響いて来た。


「ジュン!小さい方もあっちに行ったぞ!」

「チョウサク走れ!このまま二体ともおびき寄せるんだ!」


 廊下で邪夢と戦う護衛組の声だ。

 レンとモーリス、離れた場所でジンが寝室の入口に目を向けると、こちらに背中を向けながら後ずさり、駆けるジュンとチョウサクの白装束達が現れた。

 そしてそれを追って、二体の丸い邪夢が触手を伸ばし、這うようにこの部屋に侵入する姿が……


「もうひと仕事残ってるなぁ」

 レンが大剣を肩に担ぎ上げながら苦笑した。

 頷いてモーリスはジンを振り返る。

 本棚の上で立ち上がる青い帽子は、大弓を静かに構えていた。すでにマーキングとジュン達の援護を開始している。

 モーリスは安堵して向き直る。両手に握るリングブレードが輝き出し、その大きさをふた回り大きく変える。輝きは失われないまま、輝くリングとして両手にあった。

 モーリスは一つ大きく深呼吸をしてレンに言う。

「私が邪夢の動きを止めてみるわ。大きい方は多分長い時間止めてられないかな。ちょっと厳しいわね。レンは今の内に夢珠を使って」

「え、あの二人が持ってるやつかよ」

「他にないでしょ。ホラ、急いだ急いだっ」

 活発に声を投げてモーリスは駆け出した。邪夢に向かって瞬速に消える。

 レンがうな垂れつつ、ラブラブ組を振り向くといつの間にか背後に立っていたエンジュとレオン。

「うわっビックリした」

 驚くレンにエンジュはしずしずと持っていた夢珠を差し出す。

「ゴメンなさい、これ、あなた達に返すわ」

「いいのかよ?」

 レンが尋ねると、エンジュの隣に立っていたレオンが口を開く。

「このエンジュの声が出なくなったから欲しかったんだが、どうやら君たちのおかげで治ったようだ。だから君たちに返す。すまない。そしてありがとう、どれだけ感謝してもしきれない」

「よくわかんねーけど、遠慮なく貰うぜ。礼ならジンに言えよ、俺は詳しいことわかんねーし」

 レンが夢珠を受け取りながら言う。レオンは本棚を見る。

「ジン、あの弓の戦士か。ぜひとも話したい!」

「今は邪夢を片付けるのが先、この夢珠、ちゃんと【コトダマ】の力使えるようになるのかなぁ」

 レンが夢珠を見つめているとレオンが言った。

「君は【コトダマ】をまだ持ってないんだな。大丈夫、夢の内容よりも、その人間の素質や才能を元にして得られる力だ。良ければ手伝わせてくれ」

「あ、ああそりゃ助かる。頼むよ。あんた雰囲気変わったな」

「そうかな?自分ではよく解らないんだが、前に【マリオネット】の夢珠を使って以来、二重人格になってしまったようなんだ」

「レオンはこっちが本当のレオンよ。とても優しいの」

「エンジュ、口を挟むな」

「あら、先に挟んだのはレオンじゃない」

「ちょっとちょっと、ケンカはあとにしてよ。みんな待ってるんだ」

 レンが慌てて止めた。

「よし、じゃあここに寝て、夢珠を胸の前に持って、直接身体に触れさせるんだ」

 レオンが促した。レンが言われた通りに寝そべる。服の前を少しはだけて胸の上辺りに夢珠を当てがう。

 レオンが静かに口上を紡ぐ。


「夢珠に願う、この者に言霊の力を、この者に言葉の秘めたる力を解くる鍵をその身に与えよ」


 横たわるレンの手を上からレオンの手が押さえる。夢珠が光を放ち、丸い形を崩れさせ、液体の光をレンの身体に振り撒く。光は浸透しながらレンの体表を駆け抜け、全身を七色に輝かせる。

 その光が波打ち、波紋を繰り返してレンの身体に満ち渡ると、静かに光が消えていく。光の波が落ち着いた時、レンは新たな力を手に入れていた。




 ☆ 帰還 ☆




 公園の木々が鬱蒼と茂っている。自治体の管理が足りていない訳ではなく、その公園が自然の木々を大切にするという趣旨の元、作られた公園だからだ。木造の遊具を始め、トイレや水道、ベンチなども、ログハウス風やアスレチックをベースにしている。だが、家庭内電子遊具が主流になってしまった現代っ子は、昼間にも関わらず公園に姿は見せない。

 その公園の一角に建つ、掃除道具や消防道具、お祭りの備品などが仕舞われた倉庫にいつしかピンク色の帽子を被った小人が住み始めたとしても、何の不都合も無い。むしろそれが必然とも言える。

 その密かな住人であるオードリーは長い髪を揺らしながら倉庫の天井裏に差し込む光を背中に受けていた。

 夢珠を使って整えた寝床はちょっとした別荘地を思わせる程に豪華で、ある意味切り取った豪邸だ。部屋にはもちろんドアがあり、窓がある。そしてくつろげるリビングにソファ、眠るためのベッド。

 ところが、それは他の小人が来客として訪れた時のための部屋であって、今オードリーが居る別室は、扉の位置も隠した秘密の小部屋だ。

 オードリーは小さな窓から差し込む光を背中に受けながら、その部屋の中央に置いた一人用のソファでくつろいでいた。

 目の前にならぶ声優のコレクションは、漆原めぐみを中心に置きながら、男性のアイドル声優や今話題の女性人気声優も網羅している。その並びもこだわりを見せ、音楽から舞台までジャンル分けも抜かりない。その中で、漆原のポスターの前に、ポツリと空間を作ってある。いずれここに置くはずの、届く予定のコレクションのためのスペースだ。

 オードリーはその時を想像して、歓喜の声を上げる。

「もうすぐよ!ジン様がここに漆原様のお土産を持って来てくれるわ……それは夢珠、きっと夢珠。ああ、早く帰って来てくれないかしら……ああ、待ち遠しいですわ~!」

 オードリーが顔を赤らめて興奮していると、来客用の別室からドアを叩く音が聞こえて来る。

「オードリー、居るのー?おーい」

 マサルの声だ。

 オードリーは至福の時間を邪魔された事に少しムッとしながら、来客向けの顔を整える。

 秘密の部屋を出て、隠し扉がキチンと閉まったかを確認し、鏡で自分の姿を見て、容姿を確認する。

 問題なく確認を終えると、叩かれるドアを開いた。

「なぁに、マサル。新しいリスナー見つかったの?」

 オードリーはニコリと笑い、ムラサキ帽子のマサルと顔を合わせる。

 中に入れて貰おうとしたマサルが、その入口でモジモジしながらオードリーの笑顔に困惑する。住人には部屋に入れてくれる気配はない。

 だがそんな事は可愛い笑顔を見ればそれだけで誤魔化される程の事だ。

 何よりマサルは、あのケガ以来、以前より増してオードリーに従順だ。

「それがね、オードリー。やっぱり漆原のラジオをかかさずに聞いてそうな人間がこの近くには居なくて、電車で一駅移動すれば、居たんだけどね」

「電車ぁ?バカな事言わないでよ。ケガしたばかりの私に電車移動させるわけ?」

「だよね!そうだよね!そんなバカな事は無いよね!?あはは、何言ってるんだろうね!」

 マサルが動揺して訂正するが、オードリーの身体はもちろん完治している。

「という事は、やっぱりあの家に行くしか……ないんだけど」

 マサルが口ごもる。

「遠征して来たロキとか言う防人の仲間達が、【中島家】の周辺を一掃して、もう安全が確保されたはずでしょ。元々は私達の班が担当だった家なんだから、元通りにその担当が戻るだけじゃない。何でそれが通らないのよ」

 オードリーがにらむ。

「それはそうなんだけど、【中島家】に住んでる人間がかなり毒されてるらしくて、また邪夢を産み出す可能性が高いんだ。いくら僕たちが担当だったとしても、またすぐに戻るには色々と条件が……」

「何?どんな条件!?」

「う、しまった」

 条件についてはまだ言って無かった事をマサルは忘れていた。口を滑らせた事を後悔するよりも、オードリーの機嫌が悪くなる方がより後悔してしまう。

 マサルが言う。

「あの時よりも、僕たちの戦力が高くなる事が、シュワルツの言う最低条件……」

 それを聞いてオードリーは鼻で笑い飛ばす。

「はんっ、そんな事チョー簡単じゃない!あんたが強くなりなさいよ!」

「そ、そんな無茶な……」

「じゃあ、今すぐ班の全員新しい武器と防具を新調なさい!見た目だけでも変わっておかないとねぇ!」

「え、ええ~……すぐバレちゃうよ」

「じゃあ新しいラジオリスナーの人間を見つけて来るしかないじゃない。私が頼んだでしょ?居たの?」

「それが、さっき言った通り……」

「元の家に戻るしかないんでしょ?じゃあ今すぐに全員呼び出して!武器屋に集合!かけあーし!!」

「わわわわ、わかったよー!!」

 一目散に走り出すマサル。

 ふぅっと、一つため息を漏らしながらオードリーが呟く。

「……あんなに焦らなくても、ジン様が戻って来たら万事解決よ」

 微笑むオードリーは、ドアを閉じて、自分も出かける準備を始めるのだった。




 ☆ ☆ ☆




 伸縮性のある長い触手が床を叩く。その度に青い光の矢が触手に突き刺さり、その動きを縫いとめる。

 脈動する体躯から新たな触手を生やした邪夢は、再び周りを囲む夢防人達を捕らえようと触手を振るう。

 だが新たに触手を増やした瞬間に、青い光の矢がまたも突き刺さり、触手に光のマーキングを施す。

 マーキングされた触手は闇夜の部屋でも視認しやすく、夢防人達は難なくその攻撃を躱す事が出来る。

 躱された触手は床を叩く。

 いつしか動きを制限された邪夢は、不快な声で不満の意思を奏でていた。


 モーリスは手にした光のリングを邪夢達に投げた。そのリングは瞬く間にサイズを数十倍に広げ、邪夢の身体に輪投げの的のように収まる。

 丸い体躯にリングを付けた惑星を思わせる姿が二つ、夢防人達の目の前に出来上がる。

「リングの中心には光の力を集中させてあるから、しばらくの間はコレで動けないハズよ!」

 モーリスの声にジュンとチョウサクが武器を手に突撃する。

 触手を縫い付けられ、リングの力で動きを抑制された邪夢は苦しみの不協和音を撒き散らす。

 その体躯に剣と槍が交互に突き立てられる。トドメとばかりにジンの青い閃光が走り、邪夢の核とも言える『眼』を貫き、ソフトボール程の小さい邪夢は、闇色の光の粒になってその体躯を崩壊させた。


 その隣で同じようにリングの阻害を受けていた、ハンドボール並みに大きい邪夢が大量の触手を全方位に向かってつき伸ばす。巨大なウニかイガ栗に変貌した邪夢は、光のリングを破壊して動き出した。

 モーリスが叫ぶ。

「ごめん!リングが大きくなると光の力が弱まるから、このサイズは長く持たないわ!散開して!」

 ジュンとチョウサクが邪夢を囲みつつ距離を取る。

 振るわれる触手にはジンのマーキングが施されてはいるが、大量に増えた触手が全て光っているわけではない。

 その全てを射抜くにはまだ時間がかかりそうだ。

 ジンの声が戦友を呼んだ。

「レン!やれそうならサッサと今すぐやって!!」

 呼ばれた赤帽子は苦笑いを見せながら走り出す。

「何だその言い方は!もっと違う言い方あんだろ!?」

「無い!」

「有りません!」

「待てません!」

「お願いいたします!」

 ジン、モーリス、ジュン、チョウサク。順番に返す声に、レンが苦笑をやめて真顔に変わった。

 大剣を構える。

「せっかくカッコイイ技で締めてやろうってのに!もっとお膳立てしろよな!」

 レンが言うと即座にジン達が叫んだ。

「さっきハズしましたよね!?」

「二度目でしょコレ!?」

「もう待てません!!」

「今度こそお願いします!!」

「うるせぇお前ら!見てろよチクショー!」

 レンは二度目の大剣を構え、二度目の集中に入る。


 大剣からほとばしる紅い光。

 それはレンの身体に渦巻き、螺旋を描く。

 紅光は頭上で揺らぎ、炎を型取りながら一つの文字を成し、宙空に現していった。




 ━━━【 (メツ) 】━━━




 (ほろ)びを意味する破壊的な言葉、

 それは存在を否定し、生命の礎を崩壊へ導く言葉だ。

 大剣は頭上に掲げられ、文字を炎の業火に変えて刀身に纏う。


 それを見ていた周りの防人達が青ざめて後ずさる。


「さっきと同じ文字じゃないか!」

「どうして使えもしないモノを選びたがるの!?」

「またこっちに飛んで来るぞ!」

「やめて下さいお願いします!!」


 レンは二度目のチカラを大剣に込め、衝撃波として打ち出す……のではなく、身体ごと駆け抜けて邪夢の巨体に向かって突撃した。

 振り下ろした刃は邪夢の突き出した触手に触れると、触手の細胞を粉微塵に崩壊させる。

 大剣を水平に構え、捻り込むように邪夢の眼に突き刺して、うねり動く体表から中心に向かって剣の根元までひと息に押し込む。

 剣からほとばしる閃光は(くれない)にアカく染まり、カラダから吹き出す血液に似た凄惨な終焉をもって邪夢の眠りへと変えた。

 丸い体躯は粉塵となって飛散し、粒子は闇色の粒に変わりながら部屋の闇に霧散してまぎれて消え入った。


 存在が消滅され、大剣を振り回して床に突き刺し、決めポーズを取るレン。


 駆け寄る仲間たち。


 自慢気に笑うレンに、一番早く駆け寄ったモーリスが脳天からグーで殴った。


「いっってぇ!!」


「そういうヤバい文字はもっと慣れてから使いなさいよ!!」


「ちゃんとやっつけたろうが!」


 反抗する赤帽子を次々にグーで殴る仲間たち。


 決して、全力ではないのが幸いである。




 ☆




 邪夢の掃討を終えて、集まる護衛組とジン達。ようやくひと息付くと、少し離れていたレオンとエンジュがゆっくりとその輪に近づく。

 ジュンとチョウサクが武器を持って身構える。

 すぐにレオンは立ち止まり、両手を挙げて無抵抗を示した。ジンが間に割り込む形で立つ。

「ちょっと待って、もうこの二人は敵じゃないよ。同じ夢防人の仲間だ」

「何を言うんです!コイツがハルオを!」

 ジュンが激昂する。

「……それは……本当にすまない」

 レオンの表情が曇る。

 エンジュが灰髪の腕に寄り添う。

 小人同士で争う、戦いになるなど本来あってはならない。掟で定められた事より、モラルや存在の根底に関わる、暗黙のルールだ。

「この二人は今は組織に属さないフリーの戦士だ。だがかつては組織に居た普通の夢防人だった。でもある夢珠を使った時、その副作用を強く受けた……」

 ジンが話し始める。エンジュから受けた記憶と意識の波を、思い出しながら。


 レオンが持つ【マリオネット】は離れた鎧、人形などを操る能力だ。ただ操れるだけでなく、視界や感覚までも共有出来る。もし、話が可能な人形だったなら、会話も出来る程だ。

 だが、そこにあるのは無機質な物体ではない。物に宿る精霊や意識、夢珠から作られた鎧にはニンゲンの意識が眠っている。

 レオンは『闘いのために作られた鎧』を操り続ける内に、その本来の自分の意識よりも、鎧に込められた闘いの意識に支配されていったのだ。それはまったく別の人格とも言っていい。その意思は強く、抗えるモノでは無かった。


 ジンとレオン達が交互に説明をしていく。その話を聞きながら護衛組の二人は肩を落として泣いた。

 憎いと牙を剥いた相手は、助けるべき同胞だったのだと。振り上げた拳を下ろしたジュンは、話を聞きながら、自分の懐に手を入れる。

 布で巻かれた小さな包みを取り出して、ゆっくりと開いていく。

「実は、まだ持っているんだ」

 取り出して見せたのは、なんとハルオの腕だった。

 驚くモーリスとレン。

 チョウサクは知っていたようでそれを見てまた泣いた。

 ジンは驚くよりも先に、食い入るようにハルオの腕を手に取り見始めた。

「どうして消えてないの?」

 モーリスが不審げに声を震わせる。

 ジュンが涙を拭いながら言う。

「わからない。さっき武器を取りに行ったら、まだ消えずに残っていたんだ」

 青い帽子はまじまじと腕を見続ける。

 後ろでレオンがまた頭を下げた。

「本当にすまなかった」

 ジンがそれを聞いてあっけらかんとした声で言った。

「レオンさん、やってしまった事は仕方ないよ。謝るよりも先にまだやれる事が出来た、そっちやろう」

 ジン以外の一同が口を開いてポカンとする。真っ先に声を上げたのはレンだ。

「あ!そっか!!手が残ってる!まだ手がある!」

 ジンが頷く。が、レンとジン以外には理解が出来ない。

 ジンはハルオの腕を持ったまま、護衛組のリーダー、ジュンに尋ねる。

「ジュンさん、聞きたいんだけど、ハルオさんを産んだオリジナルの人間ってまだ生きてるよね?」

「あ、ああ。人気のお笑い芸人で、もちろんまだ生きてる」

「この近くに住んでるかな?居場所解りそう?」

「ああ、一度ハルオと見に行ったから、知って……る。それが何なんだ?」

 ジンは良しと笑ってモーリスに向き直る。

「モーリス、この腕を消えないように、時間が止まるようなコトダマないかな?そんな事出来る?」

 モーリスは少し考え、

「多分、出来るわ。私が『止まれ』とか、『消えないで』って触れてお願いすればいいと思う」

「じゃ、さっそく頼むよ」

 ジンはモーリスに腕の包みを差し出す。モーリスはハルオの腕を上から撫でるように触れると、お願いをする。繰り返し、二度、三度。

 ハルオの腕が微かに光を帯びて、固まり、動かなくなる。

「よし、今すぐにこの腕を持って、そのオリジナルの人間の家に行くんだ。1分でも1秒でも早い方がいい」

「どういう事だ?俺にも解るように説明してくれ」

 チョウサクが言うと、ジンが微笑みながら口を開く。

邪夢(ジャム)たちは夢珠(ゆめだま)を食べたあと、どうする?全部食べずに残して人間の体に返すだろう。そうするとまた人間の中で成長してまた同じ夢珠が産まれるんだ」

 ジュンが言う。

「でも毒されて闇の夢珠になるじゃないか」

 ジンは頭をポリポリ、

「それはそうなんだけど、……じゃあ僕たちがオリジナルの人間に触れたらどうなる?」

 これに答えたのはモーリスだ。

 ベッドの上で眠るニンゲンを見つめ、悲しみを込めて言う。

「消えて、死んじゃう」

 ジンは首を横に振った。

「違う。死ぬんじゃない。殆どの小人達が勘違いをしている。それは間違った認識さ」

「まさか……」


 ハッとするモーリスの言葉を遮り、ジンは言う。



「僕たちのカラダは人間に還る。そしてまた夢珠になって産まれるんだ」



 それは誰も知らない、小人たちの(ことわり)


 かつて人間と触れ合ったジンと、それを見届けたレンだけが知る、もう一つの物語(しんじつ)



 ☆





 窓辺に座って、モーリスは呟いた。

「あなた達に出会えて本当に良かったわ」

 寝室に残って夢珠の回収を続けるモーリスとレン。ジンは子供部屋の様子を見に行っている。

 窓からすぐ下に、眠るベッドは漆原めぐみとその夫の二人。

 他の小人達、護衛組のジュン、チョウサク、そしてレオンとエンジュの四人はハルオを復活させるためにオリジナルの人間の家に向かった。

『私がお手伝いします。私のチカラは身体を透明化出来る。私以外にも、5、6名くらいなら一度に透明化出来ます。きっと役に立つわ』

 エンジュが申し出るとそれを護るレオンはおのずと同行する事になる。

 かつてそのチカラは暴走したのだが、今は【誓約】のチカラにより制御され、自由に操れていた。

 戦闘中レオンに施した【コトダマ】を【無し】にしたモーリスはそれを解除して送り出した。

 ジュン達は少し戸惑いもしたが、少しでも償いをしたいと願うレオン達を許し、信用したようだった。

 今、夢珠の小を回収してきたレンがモーリスの隣に戻って来て座る。

「ん?良かったって?……ああ、ネコバスが二匹居て良かったよな」

「違うわよ、私が、レンとジンに会えて良かったって言ったの」

「ああ、そうか」

 勘違いを悪びれる素振りもなく、レンは夢珠を腰袋にしまう。

「私ね、まだ言ってなかったけど、実は……」

「漆原めぐみが本体(オリジナル)なんだろ」

「!? 知ってたの!?」

「そりゃあ、解るよ。普通のヒトを見る目じゃないし、あの時……」


 エンジュに夢珠を奪われそうになった時、


「……モーリスは夢珠に向かって走らずに俺の所にダッシュしたろ。それにその『強すぎるチカラ』ってやつ?」

 レンはモーリスの手を指差す。モーリスは不用意に何かに触れないようにしているためか、お腹の前や背後で手を組む癖がある。

「オレ、さっき一回目に失敗したろ?あの時、実は【滅殺】って書こうとしたんだ。でも一文字しか形にならなかった。モーリスは二文字とか操れるし、すげーよな。まさに『言葉の魔術師』って感じだよ」

 モーリスは自分の両手を見つめ、視線を漆原めぐみに移した。

「最初は悩んだわ。このチカラが何なのか解らなくて。触れた仲間に……ただ『止まりなさい』って言って、触れただけなのに……その仲間が時間が止まったみたいに全く動かなくなった。あの日から、仲間のみんなが、私を見る目が変わった」


 ……

『おい!あっちにお菓子があるぜ!ちょっといただこう!』

『ダメよ、勝手に食べるなんて!掟を守りなさい!』

『うるっせーよ!バレなきゃいいだろ?』


 ……


「最初は怨みもしたわ。こんなチカラ要らないって嘆いてた。私を産んだヒトを憎んだ。もう死んでやるー!って思ってた。そして自分を産んだ人間について調べて……めぐみの存在に辿り着いた。彼女を知る事で、この意味の解らないチカラの正体が分かった気がした。私はめぐみのそばに居ながら、消えてしまいたい思いと、それが出来ない自分の弱さに立ち止まってしまったの」



「ママぁ~、ママぁ」

 いつの間にか人間の子供が、寝室の入口に立っていた。

 母親は目を覚ます。

「ん?……起きちゃったの?」

「一緒に寝るぅぅ」

「はいはい、こっちおいで」

 ベッドに潜り込む子供。

「はいはい……寝ましょうね~……」


 やたらと膨らんだベッドを見つめるモーリス。

 すぐに二人はカーテンの陰に隠れたのだが、また出て来て座ると、ジンがムチに変えた武器で飛び上がって来るのが見えた。ジンも窓辺に着地する。

「ジン、来る前に何か知らせろよな」

「怖い夢を見たみたいなんだ。すぐ破壊して終わらせたんだけど、起きちゃってさ」

「まぁ、三人とも一緒に居てくれた方が、ラクでいいわよ」

 モーリスが言うと、そのまま言葉を続けた。

「ママかぁ……私の方がお姉さんなんだけどなぁ」

 窓辺に三人が並んで座る。

 ベッドには川の字。

「私もママぁ~って抱きついてみたい、それも叶わない、ママなのにね。姿を見られてもいけない。話す事も出来ない。産んでおいて知らんぷり。可愛がるのは弟の方ばかり、私の事なんて知りもしない」

 左でモーリスが拗ねながら後ろにパタンと倒れる。

「わかるよ。妬けちゃうよね」

 その隣、真ん中に座るジン。

「そんな事考えてたのか。俺の本体(オリジナル)は中国人だからな、武術の大会か何かでたまたま日本に来て、俺はその時に日本で産まれた。だから会いたいとも思わん。海越えなんて面倒だ」

 右のレンが伸びて寝転ぶ。

 ジンも真似して寝転ぶと、窓辺にも川の字が出来上がる。

 モーリスが言った。

「でも、救われたわ。あなた達に会って、私は救われた。だってめぐみに触れても、また産んで貰える、その事を知ったから。もうめぐみが怖くない。ありがとう、レン、ジン」


 月夜に光る、星の瞬きは、二つの川の字を照らす。夜が明けるまで、まだしばらくの時が要る。

 三人が夢珠の回収を終えて、ネコバスに乗り込む頃、モーリスはこの地を離れる決意をする。

 それは今まで足踏みを続けていた自分との決別であり、レンとジンとの新しい仲間としての生活を始める決意だった。






 ……

 ……

 ……酔った。






 ☆ ☆ ☆





 組織『アレックス』に戻ったジン達は、ネコバスの改善案を含めてテスに会って報告をした。夢珠の回収結果と、【コトダマ】の力を無事に手に入れた事、そしてハルオの事を話すと、テスは一安心といった表情で支配人アレックスに取り次いで短い連絡を入れる。施設の中で電話を真似した通信機器のような物を使用しているが、夢珠から創ったもので、電気系統の回路は無い。話すマイクと聞くスピーカー部分があれば機能は自由に変えられる。

「お二人がご無事で何よりでした。まだ戻っていない護衛班もその内に戻るでしょう。どうぞ奥でお休み下さい。モーリスさんも無事で良かったわ、一緒に奥へ。後ほどアレックスが伺うそうです」

 テスは二階の奥にある客室に三人を案内した。

 広々としたリビングには大きなソファが並び、飲み物やお菓子などがすでに用意されている。

 ジン達が戻って来た時から、客室に通される事を予期していたという事だ。

 三人が部屋で武装を解き始めるとテスは短く声を掛けて退室した。

 モーリスが結んでいた髪を戻してソファに座りながら言う。

「ジュンさん達、大丈夫かしら?」

 防具を剥ぎ取りながらソファに身を投げるレン。

「まぁ、大丈夫だろ。それよりネコバスはもう乗りたくないー」

 ジンも頭を押さえてソファにうずくまる。

 回収してきた夢珠を袋から取り出してソファに囲まれた中央のテーブルの上に並べていくモーリス。

 大玉が一つ、中玉が一つ、小玉が六つ。

 大玉と中玉、そして小玉二つは漆原めぐみの夢珠。あとはその子供と夫から回収した物だ。


 しばらくして、ノックと共に客室のドアが軽快に開き、支配人アレックスが登場した。従者もなく一人きりで。

「無事にお戻り下さいましたね!お疲れ様でした。いやぁ~、良かった良かった。成果もバッチリでしたか?おや、見事な大玉ですねぇ!これがあの貴重な【コトダマ】ですか?」

 アレックスはワザとらしく見える程にオーバーリアクションで夢珠をマジマジと眺める。

 ジンがアレックスに向き直り、座る場所を変えて促した。

 アレックスがソファに掛け、その対面に三人が並ぶ。

 ジンが口を開く。

「アレックスさん、今回のご協力に心から感謝します。当初の目的通り、レンがチカラを得る事が出来ました。それで色々と甘えてしまって何なんですが、まだあと二つ程、お願いしたい事が有るんです」

「いや、三つだ」

「レン、それは後にして」

「二つでも三つでも、何なりとおっしゃって下さい!今、テスを呼びましょう」

「ああ、大丈夫、それには及びません。一つ目は、今回持ち帰った夢珠の事です。今回の戦闘中に、必要になったのもあるんですが、すでに中玉を一つ、レンが使いました」

「構いませんよ。能力を得る為です」

「厚かましいお願いなのですが、さらにお土産にもう一つ、戴きたいのです」

「この大玉ですね?どうぞどうぞ!構いませんよ。初めから回収した夢珠は全て差し上げるつもりでおりました。今回の夢珠は全てご自由に持ち帰って下さい」

「あ、いえ、この漆原めぐみの小玉が一つ戴ければ。それで満足です。私達が帰る道中、荷物になってしまいますし、貴重な夢珠で予約待ちの状態でしょう。あとはアレックスさんの方で収めて下さい」

 これにはアレックスもレンもモーリスも驚いた。

 能力を秘めた夢珠よりも、小さな夢珠を一つだと言うのだ。帰りの荷物とは言うが、背負い袋で充分持ち帰ることが出来る量でもある。

「それは、また……こちらとしては大変有り難い申し出ですが……ジン様の方で今から使う物かと思っていたんですが……?」

「いえ、私はまだ技が未熟です。今はレンがチカラを得てくれれば、私の街にも役に立つに充分です」

「おいジン、もったいね~ょ」

「うるさい。いいったらいいの。実は友人に漆原めぐみのファンが居まして。その子に頼まれたんです。『お土産は漆原めぐみの夢珠の小』って。ほら、大玉や中玉って、許可がないと持っていられないし、許可取らないならすぐに使わないとダメでしょ?その子はコレクションが目的ですから、小玉のが都合が良いんですよ」

「ああ~、ナルホド、そうですか。それならば有り難く、他の夢珠はこちらで管理に回しましょう」

 アレックスが笑顔で言うと、レンが諦めたようで、首で天を仰いだ。ジンが頑固なのはよく知っている。諦めるしかない。

「それで、もう一つとは?」

 アレックスが言葉を促す。

「はい、仲間の事です。今回の戦闘で護衛組のハルオさんが戦闘不能に陥りました。回復にはかなりの時間がかかると思います」

「知っています」

「同時に私達は、現場で二人の戦士と出会い、味方に付ける事が出来ました。彼らは未所属で、私達に協力したいと言ってくれています」

「ほう、二人の戦士?」

「かなり強い戦士達です。実力としてはお借りした護衛組三人と同等かそれ以上かと」

「それは強力ですね」

「そこでお願いです。アレックスさんの組織に所属する、こちらに居るモーリスと、その戦士二人、交換してくれませんか?」

「……え?」

 アレックスが言葉を失う。

 モーリスも絶句している。

「ぷっ、あはははは!」

 レンは笑い出した。

 ジンはモーリスを組織から抜けさせて連れて行く、その代わりにレオンとエンジュを引き取れと言っているのだ。

「ハルオさんが倒れて、モーリスが居なくなると二人分の空きが出来ちゃうでしょ?だからその二人を補充としてココの組織に入れて貰うという事は出来ませんか?」

 アレックスは即答しない。

 口元で両手を組んで思考する。

 組織に所属するのは戦士の自由意思だ。支配人だからとてそれにイエスもノーも無い。

 だが組織に入る為には素性や過去の戦歴を審査する必要がある。つまり、以前の組織から抜け、一時的とはいえ暗い過去を抱えたレオンとエンジュは普通の組織からは敬遠される存在でもある。という事だ。

 だが、今のレオン達二人はモーリスとジンの【誓約】のチカラでのみ、その意識を持ち直した状態だ。そのチカラが弱まり、消えてしまう前に、こういう設備の整った組織で改めて夢珠を使い、処置をする必要がある。


(…… ジン君は意外と策士だな。その二人、かなり厄介だと見える。それとも、ただの仲間想いと取るべきか?……とにかく、あげようとした夢珠を返されてはこちらの『恩』が足りなさすぎる)


 アレックスはジンの住む田舎組織に取り入りたい思いがある。ジンにここで出来るだけ恩を売り、田舎組織に取り入る足掛かりにしたいのだ。

 思案するアレックスが口を開こうとした時、ノックと共に客室のドアが開いた。


 ドアを開けて中に入って来たのはアレックスの秘書、テスだった。

 紺色のスーツに藍色の髪が似合い過ぎている。

「丁度いい、君を呼ぼうと思っていたんだ」

 アレックスが助け船に微笑んだ。

「御用ですか?」

 テスが応える。実は会話の内容は全て把握している。

(聞いてたな)

 ジンは口には出さない。

 アレックスの懐刀はこのテスだ。だからテスが来る前に、アレックスと話を通してしまいたかった。

 アレックスが微笑んだ顔を崩さずに説明をすると、テスは当然とばかりに応えた。

「あら、それは考えるまでも有りませんわ、アレックス様。組織に入るも出るも戦士の自由、本人達に聞いてみればいいのです」

 テスは、部屋を出てすぐの廊下に声を掛ける。

「どうぞお入り下さいませ」

 部屋に現れたのは二人、灰髪に赤銅鎧を纏ったレオンと朱髪のエンジュだ。

 姿を見てレンが尋ねる。

「どうだった?レオン」

「上手くいったよ。暫くあの二人が毎晩あの人間の様子を見るそうだ」

「そか、間に合って良かった」

 レオンの答えにレンが笑うと、アレックスが突然立ち上がり、声を上げる。

「レオン!?リビングデッド・ナイトメア!?」

 目を見張るアレックスに、レオンが冷静に応える。

「お初にお目にかかる。総支配人のアレックス殿。私はレオン、こちらはエンジュ。過去にはそう呼ばれた事もあったが、今はフリーの戦士だ」

(全身鎧に黄金の剣、本物か!護衛三人と同等だって?戦士百人でも敵わないだろ!)

 背中に冷たく汗をかきながらアレックスは舌打ちするのをこらえた。

(やはり即答で受けるべき話だったんだ!彼が組織に入ってくれれば、この地一帯のチームなんか目じゃない、全員尻尾巻いて逃げ出すぞ!)

 テスはアレックスの傍に立ち、静かな面持ちでレオンに尋ねる。

「単刀直入にお聞きしますが、レオン様とエンジュ様は我々の組織アレックスに加入して、ご助力していただける、その意志はございますか?」

 ジンとアレックスが回答を先読んで視線を落とす。

「愚問だな。この身はジンとレン、そしてモーリス殿に救われた身、三人にこの恩を返すまで、三人のための剣となり盾となって働くつもりだ。聞けばここの組織ではないそうだな。加入などあり得ん」

『ですよねー』

 ジンとアレックスが同時にうな垂れた。

 レンがジンを見て笑う。

「余計なお世話だったな」

「僕たちの田舎で剣にも盾にもなってもらうような事起きないよ」

「二度も死にかけたお前が言っても説得力ないぞ」

 レンとジンのやり取りの横で黙って見ていたモーリスがジンに言う。

「私もあなた達について行くわ。これは戦士の自由意思よ、来るなって言われても勝手について行きます」

 レオンがそれを聞いて大きく頷く。

「そうだな、勝手について行くさ」

「そう言わないでよ、モーリスは健康体だから心配無くてもレオンさん達は身体の事もあるんだからさ」

 ジンが眉根を寄せると、テスが場を制するように声を通した。

「ではこれは如何でしょう?ジン様はレオン様達のお身体がご心配のご様子。何か治療が必要だという事ですよね。ジン様達がお帰りになるまであと二日ほど猶予があった筈です。レオン様達は今から出発の時まで我が組織にてその治療を受けて頂きましょう。お帰りまでの二日間みっちり治療させて頂きます。ジン様達にはその間、観光でもなさって戴くということで」

 アレックスが少し考える。

「そりゃあ、大切なお客様だ、ここを我が家だと思って自由に使ってくれて構わない。皆さんがそれで良ければだ」

 レンが笑って手を挙げる。

「おお!観光したいしたい!」

 モーリスが笑顔で続く。

「じゃあ私が案内してあげる」

「レオンは?治療受けてくれるかい?」

 ジンが聞くと、レオンは優しい瞳で答えた。

「願っても無い話だ。お言葉に甘えよう」

 それを聞いてジンは微笑んだ。

「それでは早速手配致します。アレックス様、会議の時間です、参りましょう」

「え?あ、ああ、そうだな。では失礼する。皆さんはごゆっくりとね!じゃあ、行こうか!」

 部屋を出るアレックスとテス。

 廊下をスタスタ歩きながら、アレックスがテスに言う。

「会議なんかないだろ?」

「方便です。私の提案に納得されてないようですが?」

「そりゃあ、あのレオンを仲間にするチャンスだったんだからな」

「良い噂で有名になられた方では有りません。本来はジン様達に恩を売り、組織の足掛かりを作るのが目的です。レオン様の治療がレオン様に対する恩になり、ゆくはジン様に恩を売る形になります。本来の目的を忘れないで下さいませ。家の中でライオンを飼うのは後にして頂きます」

「う、そりゃ、まあ」

「それにレオン様は組織の中ではかなり浮く存在になります。強すぎる力は組織の中に波紋を作ります。今まで勤めて来た戦士達にも影響があるでしょう。ライオンは家で飼うのではなく、外に放し、たまに帰った時にでも頭を撫でてやればいいのです。わかりましたか?」

「……納得した」

 アレックスは頭を下げて苦笑した。

(うちにはもうメスライオンが居るんだったな)


 口が裂けても言えないけど。と、アレックスは頭の中で付け加えた。



 ☆ ☆ ☆




「オードリー、やっぱり無理があるよ」

 部屋のテレビ台の片隅でマサルは無表情に言った。

「うるさいわね」

 オードリーは相変わらずのカカァ天下を見せており、ラジオから流れる人気芸能人内田ユウキの声にのみ集中し、マサルの愚痴も聞く耳を持たない。

「レンとジンをウチの班に入れるってのも勝手に書いてるし、二人が帰って来てシュワルツに挨拶もしないで直接現場に入るわけないじゃん」

 マサルとオードリーは自分達が襲われたあの部屋に居た。新調した装備の見た目とレン達の名前でシュワルツを丸め込み、六人居た班を八人に膨らませて強化された部隊であるとのたまった。

「もうアレから一週間、二人の謹慎も解けるし丁度いいじゃないの。第一今日はラジオの日なのよ?どんな事をしてでもラジオの前に立つのがリスナー魂ってもんでしょ」

 二人の眼前に眠る人間はあの日と同じように、一週間前の風景を繰り返している。

 ラジオから流れるDJの声は、相変わらず軽快で楽天だ。

「出動禁止命令だし、あと1日あるし」

「誰も覚えてないわよ。当のシュワルツ本人がそうかそうかってガハハハ笑ってたじゃない」

「レン達が今すぐ帰って来てシュワルツに会ったら僕たちアウトだよ」

「そうならない事を祈ってなさい」

「無理だ、絶対ムリだ」

「うるさい!you kiss が聞こえない!」

「レン達に怒られて、シュワルツにも怒られて、ダブルパンチだよ」

「ボソボソと女々しいわねー、男でしょ!」

「よう、楽しそうだな?」

 突然投げ掛けられた声に一瞬だけ固まるマサルとオードリー。

 振り向くとそこには赤い帽子のトレードマーク。

「レン!いつ帰ってきたの!」

「ジン様はどこ!?」

「まぁ、待てよ。って相変わらずの失礼さだよな、お前わ」

 冷たく睨むレンの背後にジンの姿を見つけてオードリーは赤帽子を突き飛ばして跳躍した。

「ジンさまぁ〜ん❤︎」

「うわっぷ!ただいま、オードリー」

 抱きついてきたオードリーを受け止め、返す笑顔。

「ずっと!ずっと毎日ジン様の事だけ!を想っておりましたわ!いつ帰るのか、会いたくて会いたくて震えておりましたわ!」

「だけって強調したな、今」

 レンが震えている。

 それをなだめるマサル。

「レン、今帰って来たの?」

「ああ、まだ本部には帰ってないんだけど、帰る途中でこの近くまで飛んで来たからさ、時間的にもしかしたら居るかと思ってさ」

「良かった!!助かったよ!」

「はぁ?何が?」

「あ、ああ、コッチの事……あ、その防具かっこいいね!僕も新調したんだよ!」

 都会で手に入れた装備や、新調したばかりの装備をお互いに見せ合い始めるマサルとレン。マサルは何かをうやむやにした。

「あのぅー、今晩わ、皆さん初めまして……」

 ジンに続くように姿を現した黄色い服の小人、緑色の長い髪。

「あ、紹介するよ、東京で知り合ったんだ。彼女はモーリス。こっちがオードリーで、紫色の帽子がマサル」

 ジンが和かに紹介すると、ジンに抱きついていたオードリーが突然叫ぶ。

「 ぃいやぁー!!ジン様ったら浮気モノ〜!!」

 もはやエンディングを迎えた内田ユウキの番組には集中力もなく、次に始まるのは漆原めぐみの番組だったがオードリーは狂気乱舞する。

「何なんですのこの女は!私という者がありながら他の女に手を出してあまつさえお持ち帰りなんて!」

「ち、ちがう、そんなんじゃなぐ、ぐるじいぐるじいょ」

 ジンが絞め殺されつつある後ろで、モーリスはラジオから流れる声に聞き入った。今まですぐ近くで聞いていた声に、懐かしさと新鮮さを感じる。ラジオで番組をやっているのは知っていたが、実際に漆原のラジオを聞くのは初めてだ。


「レン?まさか人間に見つかったんじゃないの?」

「そんなわけないだろー、セーフだ、セーフ」


「モーリス?どうしたの?悲しいの?」

「ジン様、ゴマかさないで!何よこの女は!泣いて気を引こうなんて、見え見えよ!」


 涙を拭うモーリス。

 ニコリと微笑んで言った。

「私、一人じゃないんだって思ったの」

「はぁ?見ればわかるでしょ?」

 オードリーの言葉に、モーリスは頷く。


 部屋に入って来るオレンジや黄色のとんがり帽子たち。

 赤い帽子とムラサキと、青にピンク。

 目の前に並ぶ、小さくてカラフルな帽子たち。モーリスは何色にしようかと、提案を新たなる仲間に投げ掛けるのだった。




 ☆ ☆ ☆



 フクロウの背中に乗りながら、レオンとエンジュは街の空をゆっくりと飛行していた。

 ジンに聞いた街の北東部地区の本部を目指している。

「私達も他の仲間たちに会いたかったわ」

 エンジュが残念を口にしてレオンの背中に寄りかかる。

「また明日だな。治療を受けたばかりの体で邪夢に遭遇するのは良くない。一足先にリーダーに挨拶だ」

「そういえば、ジンが明日、探偵ゴッコに付き合って欲しいって言ってたわ」

「探偵ゴッコ?何の遊びだ?」

「さぁて、何でしょうネ」

 首をかしげるエンジュ、レオン達を乗せた茶色いフクロウは月夜の中を滑空して行った。



 ☆ ☆ ☆



「ジン様、待ちなさ〜い!」


「ちょっと!オードリーそんな場合じゃなくて邪夢が来てる!あそこにホラ!」


「よーっし、一丁やるか!行くぞジン!モーリス!」


「了解、私がレンの援護するわ、新しい技、皆さんに見せてあげて」


「じゃあ私がジン様の援護を致しますわ〜!あの女より役に立ってみせましてよ」





 今宵もまた、月は登り輝く。数多の囁きを従え、地上の小さな生命達に眠りを誘う。

 ヒトもまた眠りにつく。

 夜は更けていく……


 今夜もヒトは夢を見る。


 彼らはそれを守護する戦士。


 夢防人(ゆめさきもり)という。







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