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2014年/短編まとめ

他人の不幸は何とやら

作者: 文崎 美生

彼女は自他共に認める性格の悪さを持っている。


折り紙付きだ。


真面目に見せるためにかけられた黒縁の眼鏡は、サイズが合っていないのか少しずり落ちている。


真っ直ぐで艶のある黒髪は胸元でサラサラと靡き、眼鏡の奥の澄んだ瞳は相手を見透かすように細められていた。


有名なハンバーガーショップで彼女とその幼馴染みが、放課後の無駄な時間を使っていた。


だらだらとしているだけで過ぎて行く時間。


二人にとってそれは心地の良い時間であり、周りの雑音をBGMに時間を食いつぶしていた。


気だるそうな手付きで眼鏡を外した彼女に幼馴染みは小さく笑う。


「やっぱり刹那セツナちゃんには、眼鏡、似合わないよ」


テーブルに置かれた眼鏡を指先で触れる幼馴染みに、彼女は緩く頷き返す。


似合わないのは百も承知だ。


ただ見た目を整えるためだけにしているのだから。


彼女はその白く細い手で珈琲の入ったカップを持ち上げる。


見た目を整え言動ともに真面目で品行方正で、誰からでも好かれるような完璧な人間を演じる彼女。


その実、腹の中はただの真っ黒で、むしろブラックホールの一つや二つが入っているのでは、と疑われる程に性格が悪く歪んでいた。


勿論その性格の悪さ歪みっぷりを知るのは幼馴染みや両親を含めても、両手で数えられる程しか存在しないが。


珈琲を飲む彼女の動作には隙がなく美しい。


同性でもある幼馴染みですら見蕩れるほどに。


「そう言えば、一ヶ月くらい前に告白して来た子」


彼女の視線は珈琲。


幼馴染みの視線は彼女。


「あの子にストーカーされてたのよね」


まるで明日の時間割の話でもするような話し方でそう告げた彼女。


幼馴染みはポテトへと伸ばした手を止める。


瞬きを何度も何度もパチパチと繰り返しては彼女を見つめた。


彼女は珈琲片手に幼馴染みの手を弾いてポテトを摘んだ。


あ、と気の抜けた声を漏らす幼馴染み。


もぐもぐとポテトを咀嚼する彼女。


二人の間に落ちたのは沈黙。


それは決して重苦しいものではなく、二人の間に薄いベールを張ったようなもの。


そしてそんな沈黙を破るのも彼女でこれまた何事も無いような口調だ。


「凄いのよ、彼。ずーっと追いかけて来てた」


クスクスクスクス、不謹慎な笑い。


自分の事なのに他人事のような話し方。


「それで流石に鬱陶しいじゃない?だから止めてってお願いしたのよ」


幼馴染みはポテトに伸ばして弾かれた手を飲み物へと伸ばす。


カラン、と音を立てて割れた氷を眺める。


口調は穏やかで他人事のようで、それから今割れた氷のように冷たいのだ。


彼女が本人にどういった言葉でそれを伝えたのかは知らないし、知る必要もなければ知らない方がいい。


幼馴染みだからこそ、そう思い、黙ってオレンジジュースを喉に流し込む。


「そうしたら付いて来る気配はなくなったのに、おかしな事に視線を感じたりぞわぞわするじゃない?」


じゃない?等と言われても困るのだが、と幼馴染みが眉を寄せるのを彼女は小さく笑った。


かたん、と音を立てて彼女は身を乗り出す。


鼻と鼻が触れ合いそうな距離。


今更そんな距離に驚く事はしないが、店の中にいた客や店員はチラチラと二人に視線を送った。


どちらも見た目が整っているため嫌でも人目を引くのだ。


「彼ね、私が居ない間に家に忍び込もうとしてたの」


面白いでしょう?と子供のように笑った彼女。


流石の内容には幼馴染みも目を丸めて口を開けたまま停止した。


彼女は黒髪を指で耳にかけて笑う。


すとん、と腰は椅子に戻っている。


家に忍び込もうとしたが勿論、彼女は戸締りをしっかりしている上に、一人暮らしとはいえ防犯には念を入れているのだ。


忍び込める筈がない。


彼女の本性を知っている別の友人に頼み、防犯カメラを付けてもらったらしい。


そして見事に映っている証拠の映像などを本人に突き出したとか。


その時の彼女の満面の笑みが想像できてしまい、幼馴染みはヒクッ、と口元を引き攣らせた。


「彼も良いところのお坊ちゃんだから。そんなの親に見せられでもしたら、大変だもんね」


彼女もその幼馴染みも本性を知る友人も、良いところのお嬢様お坊ちゃまであるのには間違いはない。


幼馴染みの方はそんなのをひけらかす事もしなければ、家柄に対して興味はない。


彼女の方も親の脛を齧る事や面倒をかけるのを嫌うので、大体の事は全て自分で何とかしてしまう。


……その性格の悪さと歪みで。


恐らく彼女の言う友人もさぞ喜んで手を貸したことだろう、と幼馴染みは溜息。


彼女の友人であり、その本性を知っているということは彼女並みに性格が悪く歪んでいるに決まっているのだから。


「因みに、証拠もあげたわよ?私達は優しいから」


にっこり、と効果音がつきそうな笑顔を向けられる。


幼馴染みだからこそ分かる。


証拠をあげたのではなく売ったのだということが。


ストローを前歯で軽く噛みながら「幾らで?」も問い掛けた。


彼女の手がひらりと揺れる。


表している数字は五。


心の中の声が漏れる。


「あーあ」と。


彼女は笑っている。


その笑顔が崩れる事はない。


彼女は何時でも笑っているのだ。


相手の不幸を見ても自分が面倒事に巻き込まれた時でも、変わらずに笑顔を見せている。


そして相手が完全に落ちた時、彼女の笑顔は恍惚の色に染まるのだ。


幼馴染みは相手の男の子に同情すら覚えてしまう。


いつの間にか食べ終えていた彼女のハンバーガーの包みが、トレーの上に転がった。


「常識に外れたことは、やっちゃ駄目よねぇ」


それを彼女が言うのも違う気がしたが黙る。


彼女は自分で自分の手を汚すことはしないはずだ。


黒いことはしないように、いつだってギリギリのラインで灰色に染まろうとする。


白くなれるとは思ってはいないんだろう。


そしていつも他人を突き放す。


上っ面で付き合っていた人を簡単に突き放して、ドン底まで落とすことができてしまう。


その分自分の中に収めた人間にはとことん甘い。


「刹那ちゃんって、本当に他人に厳しいよね」


そう言ってオレンジジュースを飲み干す。


「何それ?他人なんてどうでもいいじゃない」


それは幼馴染みである自分や本性を知る友人が他人ではないということ。


彼女の言葉はいつだって自分に正直だ。


自分に嘘なんかついて何が楽しい?という自論を持つ彼女らしい。


だからこそ自分以外に嘘をつけてしまう。


鼻歌交じりにまたポテトへと手を伸ばす彼女を見て、幼馴染みはすっかり冷めてしまったハンバーガーの包みを開けた。

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