一章 08 「俺は異世界で友達を作るだけ」
ラグーナの出した訓練は辛い。
今も、十時間走る訓練の途中だ。
といっても、十時間もぶっ続けで走ることなんてできるわけがない。
ラグーナのような努力家や、王様のような超人なら別なのだろうが、少なくとも赤上には無理だ。
だから今のように、途中に何度か休憩を挟んでいる。
休憩時間中は、魔法学校入学試験の勉強するか、赤上の実験について考えている。
赤上は頭が良い。
元の世界では教師に認められるほどには頭が良かった。
だから、魔法学校入試の試験範囲もすぐに頭に入ってしまった。といっても、試験範囲の半分はアニメから得た知識として頭に入っていたことであったが。
これにはニーシャも驚いていた。当然だ、赤上も驚いた。驚いた内容が違う。
ニーシャは赤上の頭の良さに驚き、赤上はこの世界の魔法の簡単さに驚いた。
「まぁなんにせよ、試験勉強は順調なわけだな」
この前、実験をしてから三日が経過して、赤上は試験は問題ないほどになり、体力もかなりついてきた。
残念ながら実験の方はあまり進めていない。
「まぁ、それも試験勉強が優先だから仕方ないかな。明日は試験前日だから、今日は実験に当てよう」
赤上の走るルートは大通りを王城へ向かって走り、王城をぐるりと回ってまた大通りを走る、ということの繰り返しだ。
そのため、王城周りはもう見慣れていて、王城の周りによくいる人たちには顔を覚えられていた。立ち話をするような仲になった人もいる。具体的には王城前の警備兵とか。暇そうだしね。仕事しろよ。
しかし今日はここでは見かけない人を見つけた。
赤上と同じくらいの年齢だろうか、眼鏡をかけた少年だ。
王城を見ながら手帳に何かを書いている。それが絵なのか文字なのかは赤上の位置から推測するのは難しい。
「王城の周りをよく見回してから書いてるな。書いては別の場所を見てって感じだから、絵ではなさそうだけど」
赤上は絵は全然上手くないが、風景画を描くときは何度も風景を見ながら少しずつ描いていた。
眼鏡の少年はそれとは違い、同じ場所を一度しか見ない。
だから赤上は絵ではないのでは、と推測したのだが。
「え、上手くね?」
眼鏡の少年が手帳に書いていたのは文字ではなく絵だった。
走り出して後ろを通るときにさりげなく手帳を見てみたら、それはそれは素晴らしい風景画でした。赤上は心の中で反省。
眼鏡の少年はいきなりかけられた声にビクッと身体を震わせてから振り返る。
「ああ、いきなり悪い。つい気になってな」
赤上は慌てて謝り、走りを継続しようとするが、そこで眼鏡の少年の口が開いたため上がった足も止まる。
「いえ、こちらこそすみません。訓練の邪魔でしたか?」
眼鏡の少年は眼鏡キャラのイメージ通り、丁寧な人だった。
しかし、王城の裏道であるここもしっかり馬車二台分ほどの幅がある。邪魔になるわけがない。
「邪魔になるわけないじゃないか。それにしても上手い絵だな、趣味なのか?」
「ああ、はい。魔法の練習をしようとウロウロしていたら、ここを見つけまして。王城が綺麗だったので、思わず描いてしまいました」
すごく丁寧な人だ。
丁寧な人なのはわかるのだが、さすがに同年代に見える相手に敬語を使われるのは変な気分だ。
「あ、名乗るのを忘れてたな。俺はアクォス・グランドラグ。十六歳だ」
「僕はギガット。ギガット・バルスターです。同じく十六歳です」
「おお、同い年か。なら、敬語はナシでいいぞ?」
「ははは、すみません。僕はこの口調が染み付いてしまっていて、変えるのが難しいんですよ」
「あ、そーなのか」
異世界ならそういうこともあり得てしまうわけだ。もしかしたら聞いてはいけないことだったのかもしれない。
「もしかして、魔法学校の試験を受けるつもりとかある?」
話を変えたかったために、思いついた適当な話題を出すことにした。
「え、なんでそれを?」
「いや、なんとなく。そうだったらいいな、みたいな。受けるの?」
「はい。魔法学校試験は初めて受けます」
「試験勉強、してる……よね?」
「今は気分転換で絵を描いていましたけど、きちんと勉強はしていますよ。当たり前じゃないですか」
なんだ、宿題とか試験勉強はしないことがポリシーの赤上の仲間にはなり得ないか、とどーでもいい情報を得る。赤上より勉強してそうだ。
その後赤上とギガットは、魔法学校試験の話をして、盛り上がった。
「やべえぇぇぇええええっっ!」
赤上は今、やっと十時間を走り終えた。もう夜であるが。
「ギガットと話しすぎた! 予定より三時間も終わるのが遅くなっちまった、実験ができない!」
赤上は全速力で帰宅し、風呂に入って、自室に戻り、着替える。
「ちくしょう、スケジュールを変更しよう。今日勉強して明日一日を実験に使う!」
「馬鹿じゃないの!? 明日は試験前日だよ!?」
いつの間にか赤上の部屋に入ってきたのか、ニーシャが素晴らしいタイミングで突っ込みを入れる。
「いや、だって。魔法札と魔法銃は早めに作って完成させたいし……」
「魔法札と魔法銃? なにそれ」
「俺が考えた魔法武器だよ」
赤上が休憩時間を使って必死に考えていた実験の内容が魔法武器を作る、ということだった。
魔法札というのは、発動したいタイミングで魔法陣の描かれた紙の強化魔法を発動できる魔法武器だ。
これが完成すれば、赤上のなさすぎる戦闘力を大幅に上げることができるはずだ。
魔法銃というのは、弾丸に加速魔法の魔法陣を描き、発射する銃で、発射音を無くすことができることから、赤上でも楽々奇襲ができるようになる。普通の銃を作らない理由は、単純に銃の構造を知らないからだ。
ニーシャにも一通り説明し、納得してもらう。
「どーよ、すげえだろ」
「冗談抜きですごいね、でもそれ、試験前にやることじゃないよね」
ジト目でほめられるとほめられている気がしない。
「はぅ!?」
「試験は大丈夫なの?」
「あ、当たり前だろ。余裕余裕」
「明日はアタシがテストするかんね、わかった?」
「えぇー、やんなくていいよー」
「ああん?」
「はいっ! 是非ともお願いいたします!!」
「よろしい」
なんかこの子、お母さんに似てきたなと危機感を感じ始めた赤上であった。
赤上はその日、実験も勉強もせずに寝入ってしまった。
「アニキ、おーきーろー!!」
翌日、赤上はいつもよりも二時間早くニーシャに起こされた。
「うーん、ニーシャ?」
眠気でうまく回らない頭を何とか回し、どうしてこんなに早く起きねばならないのかを考えるが、一向にその理由が思いつかない。
すると、その答えはニーシャの口から知らされた。
「何してんの? 今日はアタシのテスト日でしょ?」
「ああ? そーだけど、別に朝早くからやらんでもいいだろ」
「ダメ!! 朝やって昼アニキは訓練して、夜もう一回テストするの!!」
「お、鬼かお前は!?」
馬鹿みたいな理由に、止まっていた思考回路も動きだす。
スケジュールを想像し、身体が震えだした。
「アニキのためですぅ」
「俺の体力も考えてくれよぉ」
赤上の試験前日は、こうして始まった。
ニーシャの出してきた課題は難しかったが何とか乗り越え、訓練も終えた。
この一週間走り続けたからか、体力もかなりつき、ちょっとやそっと走った程度では疲れなくなった。
おまけに知り合いも増え、この国についても色々わかった。
明日は、魔法学校入学試験だ。




