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一章 06 「俺は紅蓮の弟子になるだけ」

 かつて、血よりも紅い髪をなびかせ、自身の髪よりも赤黒く敵陣を染め上げた戦士がいた。

 戦士は、その偉業から『紅蓮』の異名を授けられた。

 十年前、わずか八歳にしてそれを成し遂げた『紅蓮』は、その日からドラグーニアの英雄となる。

 『紅蓮』は、やったことは人殺しだとしてこれに不服だったが、民衆はそれでも讃えた。

 英雄。

 それにふさわしいことをしたと。





「……えっ?」


 赤上が『紅蓮』と会ったときに最初に口から出た言葉がそれだ。


「どうした、アクォスよ?」


「いや、どうしたもなにも……この人が『紅蓮』さんですか?」


「ああ、そうだが?」


 赤上は王様の言ったことを素直に信じることができなかった。

 なぜなら。


「ファウザー殿の言うとおり、私が『紅蓮』だが?」


 『紅蓮』は、赤上とそう歳の変わらないお姉さんにしか見えなかったからだった。

 『紅蓮』は高めに結わえた紅く長い髪をふわりとなびかせ答えるが、赤上は全然信用できない。


「いやいや、十年前の戦争で活躍した人って話だったじゃないですか!! それがこんな若いお姉さんなわけがないでしょう!?」


「む、貴様は八歳で戦場に出ることがダメだというのか?」


「普通ダメだと思うんだけど違う!?」


 つまり、今『紅蓮』は十八歳ということになる。

 十六歳の赤上とわずか二歳しか違わないらしい。


「実力さえあれば歳など関係ないだろう」


「あれー? こっちの常識ってこんななの!?」


 元の世界とこちらの世界との常識の齟齬をこんな形で発見した。


「こっちってどっちだ?」


「あ、いえ。こっちの話です」


 思わず口から出た言葉を慌ててぼかす。

 少し不審に思われるだけで命すら危ない場所なのだ。気をつけなければ。


「あ、自己紹介がまだでしたね。俺はアクォス・グランドラグです。武器を扱ったことはありません」


 話を変え、先ほどの言葉を強引に忘れさせる。

 自分で自分をアクォスと名乗るのは何とも変な気分である。


「ふむ、自分から名乗るとはよい心がけだ。私はラグーナ・パーシール。近衛警備兵の兵長と戦時の部隊長を務めている」


 想像通り実力者だった。

 近衛警備兵とは要するに王国兵のことだろう。城を守る警備兵だ。その兵長という立場にある人から戦いを教えてもらえるというのはそれだけすごいことなんだろう。


「それではアクォス。まずは貴様が使う武器の種類を決めることにしよう」


 赤上はラグーナに武器庫と思われる場所に案内された。





「さて、ここにはたくさんの武器がある。どれでもいいから手頃なものを握ってみろ」


「はい」


 武器庫はあまり整頓されてない。

 武器が壁にたてかけてあったり、床にそのまま置いてあったり、どこかに突き刺さっていたりと様々だ。

 赤上は、とりあえず足元にあった軽そうな剣を手に取った。

 軽そうなという表現をしたが、剣には重さがあった。

 物質的な重さだけでなく、これで人を殺すのだという存在的な重さがある。

 力を入れなければすぐに落としてしまいそうだった。


「それはミディアブレードだ。それだとリーチがないから警備兵は使わないぞ」


「警備兵はどんなのを使うんですか?」


「警備兵は普通のロングブレードだ」


 そう言ってラグーナは壁にたてかけてあったロングブレードを手に取った。

 しかしラグーナの顔を見ると、あまり武器が馴染んでいるようには見えなかった。


「師匠はもしかしてロングブレードを使わないんですか?」


 赤上が訊くと、ラグーナは少しだけ目を見開く。


「ほう、そこまで察するとはなかなかの観察眼だ。戦闘に活かせれば多少力が劣っていてもそれなりの戦いができるだろう」


「あ、ありがとうございます」


 赤上としては、単にラグーナの表情から感情を想像しただけなのだが、褒められた。

 この世界では、あまり顔に感情を出さない人が多いのだろうか。


「ちなみに、私が使うのはメガブレイカーという大剣だ」


「師匠らしい武器っすね」


 ラグーナがロングブレードを二つ、直線に並べて、「丁度これくらいの長さだ」と言う。

 ロングブレード二本分の長さの大剣をブンブン振っている姿を想像して、赤上は鳥肌が立った。





「手頃なものはみつかったか?」


「いえ、どんなのがいいのかわからなくて」


「ふむ、それなら色々な武器を試してみた方がよいか」


「なるほど、お願いします」


 ラグーナは大きめの木箱に入るだけ武器をぶち込んで、闘技場に案内した。


「ここは闘技場だ。普段は警備兵や剣奴の訓練や猛獣の調教なんかが行われるが、年に何度か見世物をしたりもする」


 おおかた赤上の世界の闘技場と認識に差はないように思える。

 ラグーナは闘技場の中心あたりまで歩き、木の棒と藁で作られたカカシのようなものを置いた。


「ほれ、こいつをそこの木箱の中の武器でぶっ壊してみろ」


「はい」


 赤上は、まず木箱の中からミディアブレードを手に取った。





「はあ、はあ、はあ」


「想像はしていたが、思った以上に体力ないのだな。貴様」


 ラグーナには体力がないと言われているが、なんと体力は赤上の想像以上になかった。筋力の方は逆に赤上の思っていたよりついていて、赤上は自分の身体なのに自分の身体でないような錯覚を覚えた。


「す、すみません……」


「まぁそれはおいおい何とかしよう。武器はそれでよいか?」


 赤上はレイピアのような形の剣を持っていた。

 刃がかなり細く、そして長い。

 両刃で、突き刺すことにも切断することにも長けていると見える。

 この剣ならば、赤上でも満足なほどに振れる。他の剣では重すぎてまともに振れなかったのだ。


「あ、はい」


「それはウィンドルスモーレという武器だ。強化魔法を使わねばすぐに折れてしまうような剣で、主に貴族の決闘に使われる」


「魔法なんて俺、使ってませんよ?」


「いや、魔法を使っているのは武器だ」


「はい?」


 ラグーナは武器が魔法を使うといった。その意味を噛み砕くと、つまり武器が魔法を発動させているという解釈になるのだが。


「そうだ。ウィンドルスモーレ自身が強化魔法を発動している。正確には剣に刻まれた文字が魔法を発動させる効果を持つだけだがな」


 ラグーナによると、この世界の物体は全て魔力をもっていて、意味のある文字を刻むと勝手に魔法を発動してくれるのだそうだ。

 それは主に歴史書が痛まないように、武器が壊れないようにという形で使われるらしい。


「話しを聞くと強化魔法系統しか発動できてないようですが?」


「そうだ。今のところ物体は強化魔法しか発動できない」


 強化魔法を発動させる方法しかわかっていないのだという。

 しかしそれが本当なら、物体に強化魔法を発動させたときに物体に触れていれば、自分も一緒に強化できるのではないだろうか。

 それならば、魔力のない赤上でも魔法を使えそうだ。

 赤上は帰宅してから試すことに決めた。


「まず説明しておくが、私が扱う剣術は自己流だ。一応、紅蓮流と言っておく。私以外の誰も使い手はいない」


「俺が世界で初めて紅蓮流を継承した人間になるわけですね」


「それは選ばせるつもりだ。私の自己流がいやなら、最低限のことだけを覚えてもらい、あとは街の剣士に任せるが」


「俺は紅蓮流がいいです」


「そうか。紅蓮流は私が編み出して、私が使いやすいように組んだ、私の剣術だ。剣術として具体的に確立されているわけではないし、知名度もない。資格にもならない」


「俺は知名度や資格がほしいわけじゃないんで。俺はこの世界で様々な状況に対応できる強さがほしいんです」


「わかった。それではまず、紅蓮流を扱うにふさわしい力を身につけてもらおう」


「え」


「これから一週間、毎日十時間以上走れ」


「ほ、本気で言ってんすか?」


「当たり前だ。紅蓮流を継承するには貴様は体力がなさすぎる」


「き、筋肉痛になるっすよ……」


 それで済むのかもわからない。

 もはや命の危険すら感じる訓練内容に対して、


「そんなの回復魔法で治せるだろう」


 と真顔で言い放った。

 それができないから言ってんだよ、とも言えず、仕方なくそれに了承し、今日のところは解散となった。


「回復魔法はニーシャになんとかしてもらおう……」


 『紅蓮』のスパルタ指導に、早くも限界を感じ始めた赤上であった。



 魔法学校入学試験まで、残り一週間。


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