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一章 05 「俺は王城に行くだけ」

 ドラグーニア城。

 一国の王とその親族や使用人が暮らし、国を安定させる政治を行う国で最もと言っていいほど大事な場所。

 どう考えても赤上のような引きこもりが行くような場所ではない。

 そもそも、異世界に赤上のような引きこもりが来ること自体がおかしいのだが、それを言っているときりがない。

 ともかく、赤上は王女を助けたことによって、王城に招かれることになっていた。

 今日が、その日だ。




「ねぇ、マジで王城行くの?」


「そーでしょーが。そう手紙に書いてあったでしょ」


 当然だが、赤上は緊張している。

 そのせいか、赤上は行って頼まなければならないことがあるのだが、全力で行きたくないと思っている。


「つーか、なんで俺が助けてやったのに俺から行かねえといけないの? まずそこからだよね。この国の王は多分頭おかしい」


「そんなこと外で言ったら不敬罪で首はねられるよー」


 ニーシャはリビングのイスに座り、雑誌のようなものを読みながら赤上の戯言を適当にあしらっている。

 可愛い魔法の唱え方だとか、街に売っている服の着こなし方だとかが書いてあることから、この世界の女の子向け雑誌なのだろう。

 異世界に女の子向け雑誌があるというのは何とも変な気分である。


「それだよ、それがおかしいんだ。トップがダメだったらそこを指摘するべきなのに不敬罪だ不敬罪だってポンポンポンポン首をはねるから国は一向に良くならない」


「アニキの場合はダメなとこの指摘じゃなくて、悪口だったけどねー」


「他人の悪口程度で腹を立てるような器じゃ王様なんて務まらねえ」


「王城に行く程度でビビってるアニキに王様の悪口を言う資格なんかないよねー」


 そして妹に論破される赤上であった。

 しかし、論破されても赤上は諦めない。だてに適当な理由こじつけて長年引きこもってはいない。

 屁理屈は得意分野だ。

 まだ、対応できるはずだ。


「びびびビビってねーし!? 誰を見て言ってるのかなそれは!?」


 できませんでした。

 負け犬の遠吠えにすらなっていない。


「はいはい、そろそろ行く時間だよ。いってらっしゃーい」


「行きたくねーなぁー……」


 赤上はため息とともにリビングを出て、玄関へ向かった。

 靴を履くと、もうどうにでもなれ! とも思えてくる。

 そして赤上は、王城へ向かった。





 高い城壁、それ以上に存在感を醸し出す大きな、大きな王城。

 赤上は城門の前にいた。


「おお、でけえ」


 元の世界では城なんて、画像かイラストでしか見たことのなかった赤上だが、やはり実物は一味も二味も違った。

 違うのは、迫力である。

 攻めようと思う気など微塵も起こさせない堅牢な城壁と落とされることが想像できない巨大な城の迫力は、画像ではわからないだろう。


 赤上は、城門に立っている警備兵に声をかけた。


「あ、あのー。国王様に呼ばれたアクォスという者ですが」


 よし、言えたと心の中でガッツポーズをする。態度が下すぎることに関しては言及しない方がいいだろう。

 城門の前に立っている王国兵二人は互いにアイコンタクトを交わし、


「失礼ですが、そのようなお話は伺っておりません」


 えぇー……と固まるしかない赤上だった。


「え。あ、ああそうですか、あはは……」


 とりあえずそそくさと退散する。

 そのままそこにいると武器で攻撃されるような気すら起こるのが理由だ。

 城門からしばらく離れたところで一度止まる。


「ってなんなんだよ!? 王様も話しておけよ畜生!! もう帰ってやる!!」


 城門から完全に背を向けて帰宅を開始、したところで王国兵が走ってきた。


「し、失礼しました! アクォスさんといえば、この前王女様を救ったお方! どうぞ王城へ!!」


「失礼しました」のあたりで後ろを向いた赤上だったが、王国兵のあまりの足の速さに呆然としていた。

 目測だが、百メートルを五秒ほどで走ってきていた。おそらく強化魔法の類いを使っているのだろうが、こんなのが戦場で使われているのかと思うと声も出ない。


「お、おおぅ……」


「どうしました?」


「ああ。いえ、なんでもないです……」


 赤上はこのとき、王様の機嫌を損ねたりとかして警備兵に手を出されたら本当に危険だと実感しました。





「貴様がアクォスか、よく来た」


 ドドーン、という迫力とともに登場したのはこの国の王、ファウザー・ドラグナーだ。王様は玉座に座っていただけで、客観的に見たら赤上の方が登場した側なのだが。

 王様からはドラグーニア城の迫力にも負けない気迫を感じ取れた。

 まるで、歴戦の覇者のような気迫だ。


「ま、招いていただき、誠に感謝しております……」


(やっべぇぇぇええええええ、こういうの全く慣れてねぇぇぇええええええっっ!!)


 その王様にも負けないくらいの勢いで下手したてに出る赤上。

 赤上の表情は、まるで猛獣に襲われている小動物のようだった。

 いや、実際そうなのだ。

 誰もが、この王を前にしたらこうなる。それだけの圧力がある。

 それも、王の資質と言えるのだろう。


「ハッハッハッ、そう小さな態度をとらんでもよい。貴様は我が娘の命の恩人だからな」


「そ、そーですか。それは光栄です……」


 愛想笑いを浮かべながらも、その頬を冷や汗が伝うのがわかる。

 王様の護衛はこんなのを一日中感じなければならないのかと思うと、将来の夢から警備兵は外そうと全力で決意するしかなくなる。赤上には到底ムリだろうが。


「それで、だ。貴様になにか褒美を与えたいと思うのだが、具体的に欲しいものはあるか? 金、地位、名誉、高価な魔法付加アイテム、大きな家、税金の免除、好きな職業への就職権利、他国にしかない道具、永久制の護衛、これら全ての中から一つ、なんだってよい」


 普通の人間であれば、この中から一つ選ぶのだろう。というか、この中以外に選ぶものなどまずない。

 しかし、赤上にはそれ以外でほしいものがあった。

 それは。


「……僕には魔力がありません。つまり、魔法を使うことができません。しかし、魔法学校に入学したいと思っています。そこで、試験と通常の授業から実技を免除した特待生として、入学試験を受けたいです」


「……入学するのが願いではなく、実技試験と実技授業を免除してほしいと?」


「そうです」


 なぜ、入学することまでを褒美としなかったのか。

 それは、とっくに決めてあった。


「なぜ、入学することまでを褒美にしないのか……聞いてもよいか?」


「はい。僕が、入学試験をきちんと受けたい理由は――」


 一度目を閉じ、その理由を思い返す。

 理由は、一つではなかった。

 それは、この世界でこそ変わると誓ったから。

 それは、元の世界で迷惑をかけてしまった人たちの俺にしてくれたことを無駄にしたくなかったから。

 それは、やっと動き出した自分をこんなすぐに止めたくなかったから。

 たくさんの理由があって。

 ひとつひとつが確かに赤上の決意である。

 そして、その中から赤上が選びとったのは。

 それは――


「それは、自分を誇れる人間になると決めたからです」


 それだけは。

 強く、強く、言い切った。

 この世界にきて、やっと見つけた目標だったから。



 王様は「ほう……」と自分の見ていたものを再認識したように目を見開いた。

 そのときの赤上は、歴戦の覇者すら納得させるだけの気迫があった。


「……いい目だ。その決意は本物のようだな」


「……はい」


「よいだろう。貴様を魔法学校の特待生としてやる。試験日までは一週間しかないのだが、大丈夫か?」


 これはおそらく言外に試験日を伸ばすかと聞いているのだろう。

 なら、答えはひとつしかない。


「問題ないです」


 その程度の逆境を乗り越えられなければ、変わったとは言えない。

 赤上は、この世界で変わるのだ。

 逆境くらい、超えてみせる。




「だが、魔法が使えんとはまた大変な体質だな」


 王様はその後、そう切り出した。

 場所は食堂のようなところ。

 王様がこんなところでご飯を食べてもいいのかってくらい簡素な内装だ。

 おそらく本当は来客用の場所ではないのだろう。


「そーなんですよ。気づいたのも割と最近で」


 赤上のテーブルには、食堂の雰囲気を壊さない簡素な飯が並んでいる。

 問題なのは、それが王様のところにも並んでいることだ。

 王様の食べるものってもっと豪華じゃないの? といった疑問が生まれる。


「だったら、せめて自分の身体を鍛えたらどうだ?」


「なるほど、いい考えですね」


「おお、そうか。なら、なるべく強い者を紹介してやろう」


「本当ですか? 色々ありがとうございます」


 それは素直にうれしかった。

 王様が紹介してくれるということは、おそらくそれなりに名のある人なのだろう。

 多少スパルタだったとしても、耐えてみせる。


「十年ほど前にあった龍魔大戦において、たった一人で十の砦を落とした『紅蓮』の弟子になるとよい」


「へぇー、それはとてもお強い……って超すげえ人じゃないっすか!?」


 思わず、テーブルをバンと叩いて立ち上がる。

 それから自分のマナー違反に気づき、頭を下げる。


「よいよい。自分の育てた戦士がそう褒められるのは悪い気がしない」


 王様は笑っている。赤上は気に入ってもらえたのだろうか。

 そうして王様は『紅蓮』について、話し始めた。


「『紅蓮』は、亜人でなく人間として生まれた。普通であればそれは自慢すらできることであるのだが、『紅蓮』は人間であることを嫌った」


 人間であることが自慢できることである理由は、亜人差別の風習があるからだ。

 こういったことは、どこの世界でも同じなのだろう。

 王様は続ける。


「その理由は簡単だ。亜人は人間よりも力を得られる。それはすなわち、他人を守れるほどの力だ。しかし人間では、それを得るのは難しい。だから『紅蓮』は人間であることを嫌ったのだ」


 人間は身体能力、魔力ともに平凡な種族である。

 対する亜人は種族にもよるが、誰もが平凡以上の実力を手にする。

 人間が努力だけで亜人の域に達するのは、もはや不可能に近い。


「『紅蓮』はそれでも努力した。難しいとわかっていても、諦めなかった。結果、魔法の分野に関しては絶望的だが、身体能力は人類で最高水準に達した」


 赤上は素直に『紅蓮』をすごいと思った。

 それだけ、努力ができるということはすごいことだ。

 努力をしてこなかった赤上は、それを理解している。


「今では『紅蓮のひと薙ぎは千の兵を殺す』とまで言うようになった」


 そんな人に戦いを教えてもらってもよいのか不安になる。

 第一、赤上はここ二、三年ほどまともに運動していないのだ。見限られてしまうのではないのだろうか。

 それについて質問すると、


「貴様が努力する限り、大丈夫だ。『紅蓮』は努力する人間を見限ったりしない」


 と言われた。

 少し、安心できた。


 魔法と戦闘能力。

 魔法は一週間後の試験を受けてから、戦闘能力に関してはこれからスタート地点に立つことになる。

 赤上の努力が、本当の意味で始まる。

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