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一章 02 「俺は異世界に来ただけ」

 目の前には、当然のような顔で手のひらの上に炎を浮かべる少女。

 何かの詠唱をしたと思った瞬間、炎は手のひらの上に現れたのだ。

 もう、疑いようもなかった。

 赤上は、異世界に来たらしい。


「……なぁ、どうやら俺は記憶喪失になってるみたいなんだが」


「は?」


 異世界から来たといってもおそらく信じてもらえないだろう。

 先ほどまでの彼女のセリフから赤上は彼女の兄なのだ。前からいた存在が急に異世界から来たといっても信じてもらえるわけがない。

 というわけで別の形で現状を説明し、この世界について知るためには、


「記憶喪失、おそらくこれがベスト」


「……は?」


 目の前の魔法を使ってもらった少女、だと長いので、魔法少女は、赤上の唐突すぎる告白にまだ首をかしげている。これはあれだな、理解不能な状況に戸惑い、犬だか猫だか狐だかよくわからん白い生物と連絡でもとっているのだろう。

 やはり記憶喪失であることが嘘ではないと証明しなければならないようだ。


「……さっき魔法を見せてもらったろ? どんな生き物と契約したのかしらんが、あんな超常の力俺は見たことがない。でも君の言い方から察するに、俺は君の兄貴なわけで見たことがないなんてあるわけがない。この記憶の齟齬を説明するには、記憶喪失ってのが一番手っ取り早い」


 赤上は現状をなるべくわかりやすく説明する。この世界に記憶喪失なんてことが起こるのかはわからないが、とりあえず異世界から来たと説明するよりはマシだろう。

 ただ、この世界に記憶喪失の治療法があったとしたら赤上の負けである。

 魔法少女は、目をまん丸にしてこちらを見ている。驚いているようだ。そりゃ確かにいきなり兄貴がこんな告白したら驚くとは思うがいい加減話してくれ、と言いかけたところで魔法少女の口が開いた。


「……アニキが、頭良くなってる?」


「なぜに疑問形?」


「アニキが頭良くなった!」


「さっきの一言でわかるくらい俺の学力変わった!?」


 衝撃の告白に衝撃の事実で返されて何も言えなくなる。

 というかさっきの一言も対して頭のいい発言ではなかったと思うのだが、魔法少女は目元にきらりと涙を浮かべて、


「アニキが謎の状況の説明ができるようになるなんて、アタシ嬉しいよ」


「ええ!? 俺、そんなレベルで馬鹿だったの!?」


「そもそも会話が噛み合わなかったからね」


「人とまともに会話できないレベルかよ!?」


 異世界に召喚されてすぐに明かされた衝撃の事実。記憶喪失って学力の向上とかにつながることもあるのかな、と自分の言った嘘がはやくも危うくなるが、とりあえず目の前の魔法少女はそれで納得したようだ。


「……記憶喪失、なんだね」


「おう、たぶんな」


「……そっか。じゃ、いろいろ教えてあげないとだね」


「おう、頼むわ」


 魔法少女が急に態度を変えたことに戸惑いつつも、返事をする。

 そうか、こいつからしてみれば兄貴との思い出が一気になくなったような状況なんだよな、と魔法少女が態度を変えたことに心の中で納得した。

 魔法少女は少しの間黙っていたが、吹っ切れたのか、


「まずは、名前からだね!」


 と言って笑った。

 


「アニキは自分の名前、わかる?」


「おう、赤上ひろ……じゃなくて、うん。わかんねえ……」


 まずは名前から確認ということで、自分の名前を訊かれ、反射的に元の世界での名前を答えかけてしまった。この世界においての妹、魔法少女は眉をひそめるが、なんでもないと誤魔化す。


「えーとね。アニキの名前は、アクォス。アクォス・グランドラグ。グランドラグが苗字」


「おう、アクォスな。……なんかだっせぇな」


「お父さんが付けた名前なんだから文句言わない」


 ジト目で睨まれたので、文句を言うのはやめた。

 赤上がそれ以上文句を言わないでいると、魔法少女は話を先に進める。


「で、アタシがニーシャ。ニーシャ・グランドラグ。お父さんがサイガ・グランドラグで、お母さんがローリア・グランドラグ」


 自分の胸に手を当て、自己紹介をする魔法少女ニーシャ。

 それを見て、某アニメによると魔法少女に向くのは思春期真っ盛りの中学生なんだよな、お胸がぺったんこなのもうなずけるぜとか超どうでもいいことを考えていると、それを読み取ったのか全力でぶん殴られた。赤上はそのまま吹っ飛び、ドアに背中からぶつかる。その際にドアノブが脇腹に食い込むようにしてあたり、脇腹を片手で抑えつつ倒れ込んだ。


「いってぇ!? な、何すんだよ!」


「アンタ、アタシの胸見て何考えてんのよバカ! こ、これからおっきくなるもん!!」


「な、なぜわかった!? た、確かに俺は貧乳だなぁとか考えていたが……魔法で心読んだの?」


「違うけど、やっぱり考えてたの!? 気にしてるのに!」


「大丈夫大丈夫、世の中の男は胸なんて気にしないって」


「アタシが気にするの!」


「それに胸で女の子を決めるような男と結婚したいかって言われたらぶっちゃけ嫌じゃない?」


「それはそうかもだけど、そうじゃないの!」


 ニーシャは顔を真っ赤にして訴える。大丈夫、ボクは小さい胸の方が好きだよ! とか言ってしまったら変態確定死亡も確定なので代わりに、


「別に顔は可愛いんだからよくねーか? 女の子は胸より顔だろ」


 と何気なく言う。

 これは紛れもなく本心のつもりだったのだが、ニーシャは顔を真っ赤にしたまま何も答えない。

 というか何を返せばいいのかわからないようだ。

 そしてニーシャはしばらく悩むと、


「アニキのばかぁ!!」


 と何故かぶん殴ってきた。

 えー、なんで!? と返す気力もなくなるほどに強いパンチであった。



「いやマジですいません、反省してます……」


 殴られた後、そのままニーシャは機嫌を損ねてしまったようで、何も話してくれないし、そもそもこちらを向いてすらくれない。

 だが本当に怒っているのならとっくに部屋を出ていっているはずだ。それがないということは少なくとも許す気はあるのだろう。

 ニーシャはぷくーっと頬を膨らませた顔のまま、


「じゃ、後でアタシのおつかい手伝ってくれたら許したげる」


 きっとそのときに案内でもしてくれるのだろう。赤上は優しすぎる妹に苦笑しつつも、


「おう、そんなんでいいなら手伝うよ」


 そう返すと、ニーシャの風船のような顔も可愛らしい笑顔に変わった。

 やっぱりお前可愛いじゃねーか、と思ったのは口には出さない。



「それじゃま、家族の人柄とかそういうのは今後の関わり合いで掴んでいくとして、次に俺が知りたいのはやっぱり魔法だな」


「魔法ね。どんなことが知りたいの?」


 一瞬ニーシャが赤上に哀れみの視線を向けたのが気になったが、とりあえず気にはしない。


「発動方法と、主な使われ方。それから種類だな」


「ふうん、それならこの本読んで。アタシが説明するより多分わかりやすいから」


 ニーシャは赤上の部屋の本棚から分厚い本を一冊取りだし、赤上の前に置く。

 赤上は置かれた本を眺めながら「おう」と返し、本をめくった。

 するとニーシャは立ち上がり、


「じゃ、アタシおつかいに行く準備してくるから、それまでそれ読んでて」


「了解」


 赤上が返すと、部屋を出ていった。

 それを見送り、本に視線を戻す。


「へぇ、確かにわかりやすいな」


 本はゲーム攻略本のような形で書かれているため、とても見やすくわかりやすかった。

 本によると、魔法にはその効果によって等級と分類があり、すべての分類の下級魔法を身につけてやっと魔法使いと呼べるのだそうだ。

 魔法の分類には、攻撃、防御、強化、回復などゲームに出てくるようなものから、離れた人との会話や考えたことを読み解いたりする精神干渉魔法、家事や移動の手間を減らす生活魔法というものまである。

 等級は、下級、中級、上級、神級の四つだが、神級魔法に関しては使える者が存在するのかもわかっていないそうだ。


「そして、使用することの許されない魔法『禁術』ね。俺の中二心をくすぐるなぁ」


 禁術とはその名のとおり、あまりにも強すぎたり、人道に反するなどの理由で使用を禁じられた類の魔法を指す。神級魔法を扱える魔法使いは賢者と呼ばれるが、禁術に手を出した者は愚者と呼ばれるらしい。

 ところどころを流しつつ読んでいると、ちょうど軽く読み終えたときにニーシャに呼ばれた。


「アニキー、そろそろおつかい行こー」


 赤上はおそらく一階から呼んだのであろうニーシャに「了解」と返し、部屋にあった服に適当に着替えると、部屋を出た。

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