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一章 14 「俺は戦うだけ」

「ちょっと待って! アクォスくんは私のとっ……友達で、別に何かしたとかじゃないわ!」


 実技訓練場についたときに最初に口を開いたのは赤上でも貴族でもなく王女だった。


(『友達』のワードで恥ずかしがるところとかハーティアさんらしいな)


 赤上は場違いにも微笑ましい光景に頬を緩める。


「王女様、貴女がそこの平民に脅されてそんな言葉を言わされたということは理解しております。今、罰を与えますので」


「だから!」


「無駄だよ」


 貴族に対しそれでも言葉を返す王女を、今度は赤上が片手で制した。


「あいつら、止めるつもりはないみたいだし」


「でも……」


 王女が心配そうに赤上を見る。

 赤上は王女を安心させるために一度笑うと、貴族に向き直った。

 彼らの目的は、王女に媚を売ること。

 たとえそれが勘違いであろうが、彼らの王族に対する忠誠心はこれで証明できるからだ。


(……いや、勘違いじゃない。あいつらは全て計算してこれをやってる)


 赤上が彼らに負けた場合、彼らは王女を平民から守った形になる。

 例え王女が「平民は私の友達だった」と言おうが、王族を守ろうとする意思が彼らの中に存在するということはこれで証明されるからだ。

 逆に赤上が彼らに勝った場合でも、意思の存在は証明されるし、かつ赤上を危険因子として王様に報告することもできる。

 どっちに傾こうが、彼らにはメリットが存在するのだ。

 赤上はため息をつく。

 どうしてこんなわけのわからない状況になったのかを回想し、そして笑った。


(そうだ、俺はハーティアさんの友達になったんだったな)


 思い返してみればなんということもない。

 赤上は王女に「アンタと俺は友達だ」などど無礼を行ったのだ。

 ある意味では、貴族の言い分もわからなくはない。

 だが。

 だからどうした。

 赤上は王女の友達だ。

 友達が嫌がっていて、しかしそれを口に出すことはできない。

 そんな状況を変えてやるのも、友達の仕事だろう。

 最後に、赤上は貴族を煽る。


「よぉ貴族。王女と話してた俺がそんなに羨ましいか?」


「なに?」


「男の嫉妬ってのも、怖えなぁ」


「き、貴様……ッ!!」


 さて、戦おう。

 他の誰でもない、友達のために。





 赤上には武器と言えるようなものは渡されていない。

 しかし、ここは訓練場。木剣くらいは存在するはずだ。

 まずは、それを手に入れるべきだ。

 赤上は王女を下がらせると、倉庫のような場所へと走った。


「んだぁ? 偉そうに啖呵切っといて、逃げんのかぁ!?」


「ただの平民一人相手に三人でかかってくる貴族にそんなこと言われたくもねえなぁ」


「このッ、ぶっ殺す!!」


 赤上は貴族に背を向けることでメモ帳とペンを隠し、そしてメモ帳に綴る。

 まずは、加速魔法を。

 メモ帳に加速魔法の魔法陣を描くと、それを中心に強化魔法特有の緑の魔光が発生し、赤上を包んだ。

 次の瞬間、赤上の身体は一瞬にして倉庫へとたどり着いた。


「なっ!? アイツ、いつ詠唱した!?」


 赤上の無詠唱魔法を知らない貴族たちは突然発動した赤上の加速魔法に目を見開く。

 そして、それを機に攻撃を始めた。

 貴族は火属性の魔法を主としているらしい。威力もそこそこだ。


(うっひ、当たったらホントに死にそう……)


 赤上はひやひやしつつも倉庫から木剣を持ってきた。


「何かと思ったら木剣かよ。そんなもん、この距離とこの人数で通用すんのかぁ?」


「やってみねえとわかんねえよ」


 確かに、普通に考えれば通用しない。

 魔法による攻撃は基本、遠距離攻撃だ。

 そして今、赤上と貴族との間には赤上の目測で二十メートルほどの距離がある。

 木剣程度のリーチでは到底届かず、蜂の巣にされるのがオチだ。

 だが、それが当てはまるのはあくまで『普通なら』だ。

 赤上は紅蓮の弟子。紅蓮流を習っている人間だ。

 毎日訓練もしている。

 貴族だろうが、たかだか学生程度の魔法を避けられないわけがない。

 師匠の攻撃に比べれば、亀のようなスピードだ。

 赤上は一歩、踏み込んだ。

 同時、三人の放った火属性魔法を全てかわす。


「なにぃ?」


「まだまだ!」


 その調子で走り続け、やっと貴族に木剣が届くところまで近づいた。


「まずは一人!!」


「ぶああっ!?」


 こめかみの辺りを木剣で殴り、一撃で行動不能にする。加速魔法で加速された身体による攻撃で脳震盪を引き起こしたのだ。

 続いて、赤上は二人目へと足を向ける。


「ぐ、ああッ!!」


 赤上は戦闘訓練を長く積んできたわけではない。

 だから全てかわせるなどとは思っていなかった。

 そして今、肩口を火属性魔法が焼いた。


(あっ……づああッ!? マジかよ、マジかよ、超熱いじゃねえか!! 殺す気かよマジで!?)


 まさか学生同士の軽い喧嘩でこんな威力の魔法を撃ち合うことにらなるとは。赤上は魔法を使えず、一発も撃ち返していないので『撃ち合い』ではないが。


(くっそ……。回り込むッ!)


 肩口を焼かれながらも一瞬で判断し、腰を捻ると、一気に二人目の後ろへと回り込んだ。

 ザザザッと音を立て回り込んだ赤上のスピードに相手は対応できない。


「二人目ぇ!」


 赤上はその頭を掴み地面に叩きつける。

 残りはさっきから赤上に向かって喚いていた貴族だけだ。

 とっとと片を付けようと辺りを見回すが、貴族は見えなかった。


「あれ、どこに……?」


「らああああああああああああッ!!」


「……ッ!? どこから!?」


 一瞬で真後ろに現れた貴族に赤上の対応が遅れる。

 そのせいで攻撃をまともに受けてしまった。

 衝撃で地面を転がされながらも、相手の方を見る。

 その先には倉庫があった。

 赤上が最初に木剣を手にした、倉庫が。


(まさか!?)


 直後、倒れている赤上の真上に木剣が振り下ろされていた。

 間一髪赤上は首を振ることで脳震盪によるダウンは避ける。

 しかし肩にもらった火傷に続くダメージで右腕は限界がきていた。


(クソ、二人目の相手をしてるときやたらおとなしいと思ったら木剣を取りに行ってやがったのか!)


 赤上は左手を器用に使い使い跳ね上がるように立つ。そして相手から少し距離をとった。


(それに俺が気づかない速度で後ろまで移動してきたことから加速魔法も詠唱済みだろ……)


 赤上は限界のきた右腕を歯を食いしばりなんとか動かす。

 全力の一撃は良くてあと一回が限界だろう。


(そろそろ終わらせねえと、負けるなっ!)


 赤上は両手で木剣を握りしめ、踏み込んだ。

 貴族も赤上へ向けて大きく踏み込む。

 一撃。

 赤上に残された攻撃の回数。

 あとたったの一撃で戦闘を終わらせなければならない。

 赤上は勝つ。

 勝たなければいけない。

 勝った場合のデメリットはもうこの際王女の命を助けた褒美に追加で頼めばどうとでもなる。

 ただ負けてしまったら、王女はこの先きっと貴族との温度差に苦しむことになるだろう。


(俺は、友達だ……)


 赤上は強く思う。


(俺は、ハーティアさんの友達だ……ッ!!)


 強く強く、思う。


(だから、負けるわけにはいかないッ!!)


 そして赤上は貴族を倒すべく、最後の一歩を踏み込んだ。

 その時すでに貴族の木剣は赤上に向けて振り下ろされていた。

 赤上の、頭に向けて。

 対して赤上がとった行動は、戦士であればありえないような行動だった。

 首を、右に倒す。

 赤上がとった行動は、これだけだった。

 そして、貴族の木剣は赤上の左肩に直撃した。


「ハ、ハハッ! もらった!!」


 最高速度、威力で降ろされた木剣に赤上の左肩がゴキッと嫌な音を立てる。

 しかし赤上は笑っていた。


「……ッ! まさかッ!?」


(こいつ……、自分の左肩を犠牲にして俺の斬撃を止めた……!?)


 貴族は赤上の行動の真意に気づき、そして驚愕し、動けない。

 そんな貴族に向けて赤上は笑みを崩さないまま呟いた。


「ハハッ、もらった」


 直後。

 ガァァァァァンッ!! と、貴族のこめかみに赤上の振った木剣が炸裂した。





「アクォスくん、大丈夫!?」


 戦いの後、真っ先に王女は赤上の元へ駆け寄ってきた。

 赤上の状態をミルステータスという魔法で確認し、『右肩の打撲と火傷、左肩の脱臼、背中の打撲に足の捻挫』を回復魔法で治療する。


「サンキュー、ハーティアさん」


「馬鹿ぁっ! 私、心配だったんだよ!?」


「いや、割と圧倒的だったし心配するほどのことでも……」


「友達だもんっ!」


「――――」


「友達、だもん……っ」


 王女は、瞳に涙を浮かべながら赤上に言う。

 きっと彼女にとって、赤上は初めての明確な友達だったのだろう。

 だから過剰なほどに大切に思われている。


(まぁ、悪い気はしないな)


 赤上は驚きながらも笑うと、王女の頭を撫でた。


「そうだな。ごめん、心配かけた」


 言うと、泣いていた王女もやっと笑った。

 話が大体ひと段落したところで、ようやく赤上は放置していた貴族三人を指さし言う。


「それじゃ、そろそろあいつらも治療してやろうぜ?」


「あっ」


 王女も、完全に忘れていたらしい。三人が不憫である。

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