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一章 13 「俺は王女と『友達』になるだけ」

「アニキ、なにかあったの?」


 幼馴染みの名前を忘れた日の夜、部屋に戻ろうとした赤上はニーシャに声をかけられた。

 そのため階段を上ろうとした赤上の足が止まる。


「アニキ、朝からなんか元気ないよ? 学校でなにかあったの?」


 赤上はニーシャに背を向けているが、それでもニーシャが心配そうに赤上を見ているということはわかった。

なにかあったのか。

 確かに「なにか」はあった。

しかし、それをニーシャに打ち明けることはできない。

 記憶喪失と嘘をついている身で幼馴染みの名前を忘れたなど、もはや意味がわからないからだ。

 かといって、「記憶喪失というのは嘘でした」と言う気もない。

 言えないのだ。

 悩みを。

 だから赤上は笑顔でニーシャを振り返った。


「大丈夫だ、何もないよ」


 笑顔で、言った。





 次の日、赤上は遅刻しないよういつもより早めに起きた。


(もう、ニーシャにあんな顔させたくないしな)


 制服に着替え、準備を終えると朝ごはんを食べ、学校へ向かった。

 学校は目前。遅刻しないで学校に着くのが初めてな赤上は、生徒数の多さに驚いた。

 びっしりと人がいるのだ。


(これ全員生徒か? コミケ並みじゃねえか、魔法学校すげえ)


 魔法学校の光景に赤上らしい感想を抱く。

 すると、そんな赤上に後ろから声がかかった。


「今日は遅刻しないんですね、アクォスさん」


「うおわっ!?」


 それまで生徒を眺めていた赤上は、突然聞こえた声に驚いた。

 振り返るとナターリアがいた。


「話すのは初めてでしょうか? 改めまして、ナターリア・ワイバーンです」


 ナターリアは赤上と目が合うと、お辞儀した。赤上もそれに合わせ自己紹介し、お辞儀する。


「そう言えばアクォスさん。実技試験のときにいなかった気がしたのですが……」


 互いに挨拶を終えると、ナターリアは話を変えた。

 確かに赤上は実技試験を受けていない。実技試験免除の特待生だからだ。


「ああ、俺は魔力がない体質でな、実技試験を免除してもらったんだ」


「なるほど、特待生でしたか」


 赤上の言った理由にナターリアが納得する。

 同時に、疑問を述べた。


「では、どうして魔法学校に入学なさったんですか?」


 もっともな疑問だろう。

 魔力がなければもちろん魔法を使うこともできない。それなのに魔法を学ぶ理由。誰だって気になるはずだ。


「うーん、魔法を使えなくとも魔法自体には興味があってな。便利な魔法を作る人間にでもなろうかと思って」


「魔法学者を目指してるんですか。『風呂魔法』、無駄のない便利な魔法でしたしね」


「ぐぅ、恥ずかしいから言わないでくれよ……」


 入学試験時に赤上が考案した『風呂魔法』は無駄が極限まで削除されている代わりに汎用性が皆無である。

 笑い者にされて当然だ。赤上も考えたことを後悔しているのだから。


「ふふっ、アクォスさんと話すのは楽しいですね」


「そか、そりゃよかった」


 女の子にそんな風に言われるのは、幼馴染みがいたため初めてではないが、恥ずかしい。


「私は貴族という身分上、平民の方との会話はここまで弾まないんですよ」


「あ、やべ。敬語とか使った方がいいのか」


「私の場合は構いませんが、他の貴族の方と話すときは気をつけた方がいいかもしれません」


「そっか、ありがとな」


(うっわ、身分制度のある学校って面倒くせえな)


 教室までの間のナターリアとの会話で赤上はそう結論付けた。





 あ 今日から本格的に授業が始まった。

 魔法の授業は、赤上が学んできたことの復習から始まったためついていくのは容易だ。

 ただ、周りを見るとここでもうついていけない人間は焦りで引きつった笑みを浮かべていた。授業内容はあくまで復習なのだが。

 今は昼食の時間だ。

 学校では、昼食の時間に食堂を開いている。それは見た目も中身も完全に高級レストランのバイキング形式な食堂だ。

 貴族平民問わず誰でも食べやすいように工夫した結果だろう。礼儀を気にしている貴族にバイキング形式が合うのかは疑問だが。

 ともかく、学生の多くはこの食堂で昼食をとる。

 まだ入学して日も浅いにもかかわらず、多くは友達と食事していた。

 そんな学生の例にもれず、赤上も食堂に来ていた。


「おお、やっぱ学校の規模だけあって食堂も広いな。元の世界だったらここに学校つくれそうだ」


 赤上は一人で来ていた。

 というのも、昼食の時間になったと同時に食堂を一目見ようと一人で教室を出て迷ったからである。


「いやー、俺らしいっちゃ俺らしい。ぼっちには慣れっこだから問題ないしな」


 とりあえず食堂にはたどり着けたので、昼食を取る。

 時間も経ってしまったので早めに食べられそうなものを選んで取ることにした。


「へぇ、驚いた。火炎石を温度調節して使ってるおかげでメシの温度は一定に保たれてんのか」


「何言ってるの、そんなのお店や貴族の家なんかじゃ当たり前でしょう」


「うわおっ!?」


 女の子に声をかけられ、赤上は驚く。本日二度目である。

 誰かと振り返ると、なんと王女だった。


「は、ハーティアさんか。驚いた」


「アクォスくんが無警戒すぎるんだよ……。ホント私を助けてくれた人とは思えない」


 ジト目で王女に言われてしまえば赤上もぐうの音も出ない。


「まぁ、あんときは意識してたからな……」


「王女のパレードなのにそんなとこ意識してるなんて……」


 グサグサと王女の言葉が赤上に刺さる。言い返せないことに羞恥と憤りを感じていると、王女がなんかモジモジしてることに気づいた。


(なんだこれ、なんか話さないといけないの? わかんないよ、俺非リアいじめられっ子ぼっち引きこもりだし)


 絶妙な空気に赤上が同様していると、やっと王女が口を開いた。


「……あの時は、ありがとうございました」


 赤上は納得した。

 王女も恥ずかしかったのだ。

 確かに同年代の異性にお礼を言うというのはどこかこそばゆいものがある。

 小さな声で述べられたお礼に微笑ましいものを感じた。


「どういたしまして」


 返すと、王女は微笑んだ。

 さて、じゃあメシを食うかと赤上がその場を後にしようとしたところで王女がまた口を開いた。


「そ、それで……その……」


(なんだよまだあんのかよ。俺、はやくメシ食いたいんだけど)


 そろそろ時間もなくなってきている。早く食べたかったので今の声を聞こえなかったことにし、その場を再び後にしようとした赤上の背にやっと王女の声がかかった。


「い、一緒に……食べないかしら」


 赤上は文字通り固まった。


(え、何? 今何つった? 待て待て待てそういうのはフラグが立ってからだろいつ立ったんだよ王女のフラグ!  てか俺平民だぞ、王女のフラグなんか立てちゃマズイだろやだやだやだ王様に殺されるぅぅぅッ!!)


 固まった赤上は、体の動きを封じた代わりに頭の回転速度を極限にまで上げていた。

 聡明な赤上の頭は常人のそれを超える速度でリスクリターンを計算し、最適の解を導き出すために全力が尽くされる。ちなみにこの間三秒。

 そうして赤上の出した結論は。


「……喜んで」


 恥ずかしがり屋な王女の誘いに承諾することだった。





「てかハーティアさんもまだメシ食ってなかったのか」


「うん。こんなにご飯があると思ってなくて、迷ってたらいつの間にかこんな時間になっちゃってたの」


 王女の赤上とはまた違う理由に苦笑する。

 赤上が取ってきたのは主にパンだ。何の肉かはわからないが、肉をパンで挟んだものを頬張る。


(まさか異世界に来てまでハンバーガーが食えるとはな)


 赤上は異世界のハンバーガーを美味いと結論付けた。

 一方王女はフォークで麺をくるくると巻き、啜っている。


(色的にはカルボナーラだな。明日はこれにしよう)


 異世界ではどうやら箸の技術は発達していないようだ。

 基本、どこの人間もフォークとスプーンでご飯を食べている。

 そこまで観察して、赤上は王女との話を中断していたことを思い出し、話を進めた。


「それにしても、誘われなかったのか? 王女なんだから、誰かしらには誘われるんじゃねーの?」


「誘われは、したけど……」


 赤上が訊くと、王女は言いづらそうに口を濁した。


「じゃあ、なんで?」


 言ってから、訊かない方がよかったのかもしれないと気づく。

 王女は、食事を中断していた。返す言葉を考えているのだろう。

 その唇は、震えていた。


「……だって、あの人たちは私とご飯を食べたいわけじゃないから」


(……ああ)


「あの人たちは、私とご飯を食べることで王族に媚を売りたいだけだから」


(……なるほどな)


 理解した。


「私は! 『友達』とご飯を食べたかったのに!!」


 王女はただ、普通の学校生活が送りたかったのだ。

 王族貴族平民などの身分がなく、差別がなく、政治や政略も介入しない。

そんな、普通の学校生活が送りたかったのだ。


「私はただ、『友達』がほしくて!」


 赤上にはわかる。

 友達ができず、誰もに無視され、やがてはそれが暴力へと切り替わる。

 そんな高校生活を送った赤上には王女の気持ちが心底理解できる。


「だから……」


 その瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 王女が大声で怒鳴ったせいで周囲の人から注目されているが、知ったことではない。

 赤上は考える。

 今の王女に、何と言うべきか。


「だから、私は」


「大丈夫だ」


 王女のセリフを遮る形で、赤上が割り込む。

 セリフは決まっている。

 あとは、伝えるだけだ。



「お前は、もう俺の友達だからな」



 臭いセリフだと言われるかもしれない。

 軽い言葉だと笑われるかもしれない。

 だが、これが赤上の本心だ。

 これが赤上の伝えたいことなのだ。

 だから。

 笑顔で、告げた。


「アクォス、くん……」


 王女はそれを聞き、口を抑えた。

 ついに溜まっていた涙が頬を伝う。

 しゃくり泣きしているため、言葉は途切れ途切れだが。


「あり、がとう……」


 それだけは、しっかりと聞いた。

 しっかりと、胸に刻んだ。

 忘れないように。


「ってかこれ、食事って感じの会話じゃねえな。悪い悪い」


 赤上は話がひと段落ついたところで、陽気に話を変えようとする。

 王女が望んでいるのはきっとこういう感じの会話だ。

 王女も赤上に言われ、制服の袖で涙を拭った。


「そ、そうね。じゃあ……」


「おいおいそこの平民」


 そこで、王女のセリフに割り込む声があった。

 王女が叫んだせいで、周りから注目されていた中、王女が泣き出した。

 状況を客観視すると、どうだ?


「ああ、なるほど」


 赤上は嫌なほど素直に納得した。

 割り込んだ声の主は、おそらく貴族だ。それも、王女の嫌う王族に媚を売ろうとするタイプの。

 だとしたら状況を客観視した結果、こういった行動をとることに辻褄が合う。

 そう。目の前の貴族は、王女を泣かせた赤上を潰すことで、王族に媚を売ろうとしているのだ。

 事実、それを思わせるような言葉が次に告げられた。


「お前、王女様に何をした?」


 彼らにとって、赤上が王女を泣かせてしまった原因についてはどうでもいいのだ。

 如何なる理由であろうと、平民が王女を泣かすなど言語道断。

 これはもう、戦うしかないのだ。


「何も。ただ、本心を伝えただけだ」


 目を伏せる。

 隣で王女が焦っているのが赤上にはわかるが、今は無視する。

 相手の貴族は三人、赤上の手持ちにはペンとメモ帳。


「遺言はそれでいいか?」


「同じセリフを返すぞ。遺言はそれでいいか?」


「て、めぇ……!!」


 伏せていた目を開き、最後に貴族を煽った。

 勝てるか勝てないか。勝敗はわからない。

 紅蓮の元訓練した赤上が勝つか、三人で一人に戦いを挑んだ貴族が勝つか。

 状況は明らかにこちらが不利だが、その差を埋めることはできなくもない。


「ここじゃ戦えねえし、時間もねえ。場所は実技訓練場でいいな?」


「ああ、いいぜ」


 赤上と貴族は互いに笑みを浮かべた。

 王女は唐突な展開に困惑しているが、そういう人はスルー。

 赤上たちは、実技訓練場へと移動した。

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