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一章 12 「俺は幼馴染の名前を忘れただけ」

更新遅くなって申し訳ありません。

話忘れちまったよ、という方のために簡単なあらすじを用意させていただきました。いらないという方はとばしてください。



あらすじ

高校で失敗し、いじめられ、引きこもった少年赤上弘樹はある日、部屋を出た瞬間異世界のアクォス・グランドラグという赤上と瓜二つの人物と体が入れ替わってしまう。

グランドラグ家の家族には記憶喪失だと誤魔化し、異世界生活に順応していく中、赤上は見事暗殺から王女を救う。それによってこのドラグーニア王国の国王に会うことになった赤上は、そこで魔法学校の実技試験、実技授業免除の特待生として受験させてもらうよう国王に持ちかける。

同時に国王のはからいで『紅蓮』の異名を持つラグーナ・パーシールの弟子にさせてもらった赤上は、勉強と訓練と実験をうまく両立(?)させ、魔法学校へと入学する。

その後赤上はラグーナに基礎剣術を教えてもらい、ラグーナと戦う。結果は当然赤上の負けだったが、赤上がもっと強くなろうと決意するきっかけになった。



とまぁざっとこんな感じの流れで今まで物語を書いてきたのですが、思い出していただけましたでしょうか?

では、これからも「俺が異世界を救うだけ。」をよろしくお願いします。

 身体中が痛い。

 殴られた頬が、蹴られた腹が。

 身体中の傷が、心にできた傷が。

 赤上が歩くことさえ許さない。

 赤上は自分の血と涎と涙と鼻水でドロドロになった泥の中に沈んでいた。

 泥は温かい。

 自分の体液で泥になっていることを度外視すれば、居心地が良くさえもある。

 しかし傷だらけにされた心は、それさえも許さない。

 居心地が良いと思わせることさえ、許さない。

 そうして、聡明な赤上の頭は理解したくないことを理解した。



 また、いじめられた。


「最悪だ。口の中痛え。クソ、マジかよ。ああクソ、身体中痛え」


 赤上は傷だらけの身体をなんとか動かし、壁で自分の身体を支えながら、やっと歩き出した。

 どうして俺がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。

 赤上は体育館裏で同級生たちにボッコボコにされた後、いつもそれを疑問に思う。

 彼らにとって、いじめる相手は誰でも良いのだろう。

 それがたまたま赤上だったというだけ。

 それを、自業自得などと言うのか。


「んなわけあるか、クソッタレ」


 痛む身体を動かし、帰宅を急ぐ。

 またやつらにあったら、何をされるかわからない。

 赤上は最近、全くついていなかった。

 運が悪かった、では誤魔化せないほどに、ついていなかった。

 高校に入学するとまず赤上はクラスの全員に無視された。これは赤上の失敗だ。

 これがエスカレートして、今のいじめに至る。

 家族も、俺がいじめられていることには気づいているようだが、話題にはしない。

 父親は娘大好きで赤上のことなど微塵も見てはいないし、母親はどうしたらいいのかわからないみたいだ。

 挙句、幼馴染みの女の子でさえ赤上の心を傷つけた。

 赤上は幼馴染みのことが好きだった。

 しかし、幼馴染みは赤上のことなど好きではなかったようだ。

 先日、陸上部の先輩と一緒にいるのを見かけた。

 休日に二人で色々な場所を回る。これがデート以外のなんだというのか。

 今まで赤上は人助けをしてきた方だと思う。

 お婆さんが重そうな荷物を持っていたら家まで運んであげるし、道に迷った子どもがいたら親が見つかるまで付き合う。

 幼稚園のときにはいじめられていた子を助けたし、小学校のときには捨て子同然だった幼馴染みを赤上の家の近くの孤児院に入れて毎日足を運んだ。

 中学校のときだって同級生を助けたりしたはずだ。

 しかし高校で赤上が困ったとき、手を差し出す人はいなかった。

 誰も助けてくれなかった。

 結局、人間とはこうなのだ。

 自身の損得しか考えない。そんな生き物なのだ。

 所詮、人間なんてのは。


「ヒロくん!? また怪我してるじゃないか!?」


 声が、聞こえた。

 これは、幼馴染みの声だ。

 顔を上げると、幼馴染みがあたふたしているのが目に入った。


「と、とりあえずヒロくんの家に行こう! そこで手当てしないと! あ、あと先生にも言わないと!」


 かなりあわてているようだ。

 しかし幼馴染みにボロボロな姿を見られるのは初めてじゃない。

 「先生に言う」なんてフレーズは聞き飽きた。

 幼馴染みが本気で教師に言おうとしていることはわかる。

 赤上を助けようとしていることはわかる。

 だが、具体的なビジョンが見えてなさすぎる。

 たとえ助けたかったとしても、助けられなければ、助けることはできないのだ。

 それでは、意味がない。

 教師に言うと幼馴染みは言った。では、そのあとどうする?

 あとは教師に丸投げするのか?

 無理に決まっている。解決なんてしない。


「歩けるかい? 肩貸すから、ほらっ」


「やめろ」


 自然と手を振り払っていた。

 違う。

 これは、赤上が望んだ助けじゃない。

 助けられない助けなんて、助けじゃない。


「ひ、ヒロくん?」


「ふざけんな。お前に何ができるんだよ」


 八つ当たりでしかないのには、もう気づいていた。

 それでも。

 それでも。

 赤上は。


「教師に言ってどうすんだ? それで助けた気にでもなる気か? ふざけんな。自己満足はよそでやれ。こっちは本気で困ってんだよッ!!」


 何が言いたいのかもわからず、赤上は幼馴染みに怒鳴る。

 幼馴染みはまさに胸が痛むといった感じで、悲痛な表情を浮かべている。

 ――何やってんだ、俺は。

 心の中で、そう思った。


「俺は! 助けてほしいんだ! お前の自己満足で終わるような半端な助けじゃなくて、誰もが笑えるような! そんな救いがほしいんだよ!!」


 そう。

 それでも、赤上は救いがほしかったのだ。

 本当の救いが。

 本心からの救いが。

 誰もが笑えるような救いが。


「だから俺はお前の、『――――』の助けなんか……あ?」


 言いたかった単語が出ない。

 幼馴染みの名前が発音できない。

 待て、どういうことだ。


「だから俺は『――――』の……なんだ、これ」


「そっか」


「あ?」


 赤上は目の前の異常に悩んでいるのに、幼馴染みは悲しそうな笑みを浮かべて話を続ける。


「ボクじゃダメなんだね、ヒロくん」


「いや、待て違う。そんなことよりも今は」


「わかってるよ。ヒロくんがボクを疎ましいと思っていることくらい」


「違う、違う聞け。今はそれどころじゃなくてだな」


 幼馴染みの名前が発音できないという異常事態をなんとかする方が先決なはずだと言いたいのに、幼馴染みは一人で話を進めてしまう。

 そして。


「ごめんね、ヒロくん。せっかく助けてもらったのに」


「――――」


 今にも泣き出しそうな悲しい笑みで。


「さよなら」


 大好きだった幼馴染みは、永遠の別れを告げた。





「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ガバッと起き上がった。

 状況がうまく理解できない。

 赤上は落ち着き、一つずつ段階的に理解することにした。


「ここは……自室のベッド。時間は……窓を見る限り大体朝。ってことはつまりさっきのは夢か」


 はぁー、と大きくため息を吐き、もう一度夢の内容を思い出す。

 この世界に来て、元の世界の夢を見たのは初めてだ。何かの兆候かもしれない。さすがにないか。


「『――――』……。なるほど、夢の中であいつの名前が言えない理由がわかったよ」


 現実で声を出そうとしても出ないのだ。答えは一つしかない。


「俺、自分の幼馴染みの名前を忘れたのか」


 忘れた。

 よりによって最も大切な、幼馴染みの名前を。

 忘れてはいけないものを。

 赤上は、忘れたのだ。


「冗談だろ……」


 怖くなった。

 幼馴染みの名前は、元の世界の記憶の中で最も忘れてはいけないとまで言える記憶だ。

 それすら、忘れた。

 大切なものを、失った。


 怖い。

 元の世界のことを忘れてしまうことが、怖くてたまらない。


 怖い。

 元の世界が遠ざかっていくようで、怖くてたまらない。


 怖い。

 この世界に、染まりすぎてしまうことが怖くてたまらない。


「……気持ち悪ぃ」


 吐き気がした。

 赤上はトイレにいって吐いた。





「んじゃ、今日は自己紹介をしてもらう。まぁ適当にやってくれ。あたしは寝る」


 赤上のクラスの担任、エルフのサラ・マースディア先生はそう言って、教卓に伏せてしまう。

 赤上が学校に登校したのは、昨日と同じ時間だった。遅刻である。

 遅刻したのは、やる気も、体力も、精神力も、すべてが一気に持って行かれたからだ。

 もう、何をしようとも思えない。

 今までこの世界で頑張れたのは、根底に元の世界の大切な人たちの記憶があったからだ。

 それを忘れてしまっては、やろうという気にもならない。


「はぁ……。とりあえず適当に済ますか」


 名前が「あ」から始まる赤上は、どうやら一番最初に発表するらしい。

 苗字ではなく名前が早い順から並べるのがこの世界の名前順のようだ。

 赤上は自己紹介をするため、サラ先生の寝ている教卓の前に立った。


「えーと、俺はアクォス・グランドラグです。趣味は特にこれといったものはありません。以後よろしくお願いします」


 特徴もなにもない、ただの自己紹介。

 ただ、高校のときの自己紹介のように失敗することもなかったようだ。

 赤上は簡単に自己紹介終え、自席に戻る。これで今日やるべきことは終わりだ。

 クラスの人間の発表は淡々と進んでいく。

 時々ユーモアのある人間がクラスメートを笑わせたりしているが、全体を通してみれば、つまらなそうな自己紹介だと思う。


「皆さんはもう知っているかと思われますが、私はハーティア・ドラグナーです」


 透き通った声が聞こえた。

 それは綺麗な声だった。心地よい歌声を聞くように、不快にはならない声。

 他の誰でもない、ドラグーニア王国第一王女ハーティア・ドラグナーの声だった。


「趣味は魔法学の勉強や、読書などですね。オススメの本など紹介してもらえると嬉しいです」


(うっわ、コミュ力高ぇー。俺とは大違いだなぁオイ)


「私は王女という立場であり、話しかけづらいかもしれませんが、身分問わず是非話しかけてください。よろしくお願いします」


 王女は自己紹介をそう締めた。

 最後までやはり笑顔は作りものだった。



 クラスで俺が名前を知っているのは、三人いた。

 王女、ギガット、それからナターリアだ。ナターリアの人柄はまだイマイチよくわからないが、王女、ギガットはいいやつらだと思う。

 現にギガットは自己紹介が終わるとすぐ赤上のところに話しにきてくれたため、自然と人が集まり、赤上にも友達ができた。これはギガットのおかげだと言えるだろう。

 貴族の連中も話してみればいいやつが多く、認識が変わった。腹黒いのは王女に取り入ろうとしてるやつらくらいだろう。

 あまりいい気分ではなかった赤上も、友達ができたことで少し元気が出た。

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