一章 11 「俺は基礎剣術を学ぶだけ」
入学式の後はクラスごとに教室に集まり、担任の軽い自己紹介の後明日自己紹介をしてもらう旨の話を聞いて帰宅となった。
赤上は今日から紅蓮流剣術の訓練が始まるので、他の生徒たちのようにクラスに残って自己紹介をし合うこともできず、闘技場へと向かった。
闘技場にはすでにラグーナがいて、軽く挨拶を交わす。
「あ、師匠! どうも」
「ああ、貴様か。先日の一週間、しっかりと走ったようだな」
「死ぬかと思いましたよ……」
「戦場じゃあれが普通だ」
「戦場に出るつもりはないんですがね……」
「な、なんだと!?」
赤上がなんとなくそれを口に出すと、ラグーナは本気で驚いたという顔をした。
「この私の弟子になっておいて戦場に出ないなど、私が許すわけがないだろうっ!!」
「ですよねー」
赤上からしたら想像通りの返しであったし、ある意味当然だろう。
国の英雄『紅蓮』の弟子だ、そんなことが許されないのは当たり前である。
「なぜだ?」
しかし話はそこで終わるわけではなかった。
「え?」
「なぜ、そう思う? 強くなるために私の弟子になったのではないのか?」
もっともな疑問だと赤上は思った。
確かに赤上は強くなりたいと思う。
しかし、戦場とは人と人との戦いだ。そんなところに自ら進んで立ちたいとは、今の赤上には到底思えなかった。
「……人と戦うのが嫌だから、ですかね」
「ふむ、人殺しが怖いからということか?」
「平たく言えばそういうことです」
そこまで言うと、ラグーナは納得したようだ。
そして、納得した上で提案をしてくれるのがラグーナだった。
「ふむ、しかし人と人との戦い以外にも戦場はあるぞ」
「というと?」
「この世界には色々なモンスター、化け物がいて、そいつらに苦しめられてる人もいるからな」
「なるほど、モンスターとの戦いも戦場ですね!」
「ああ、そういうことだ」
それならば大丈夫だと思う。
というかむしろ、モンスターを狩るなんてゲームでしかやったことのない赤上からしたらロマンそのものだった。
赤上になんとなく強くなる理由ができた瞬間であった。
「紅蓮流剣術を教える前に、まずは基礎剣術を学んでもらう」
「はぁ」
基礎剣術と紅蓮流剣術。赤上は紅蓮流剣術を教えてもらいたいのに、基礎剣術から学ぶということにはどんな意味があるのだろうか。
「基礎剣術は、どんな剣術を学ぶ上でもまず初めに習う剣術だ」
「なぜ、基礎剣術から習うんですか?」
「ふむ、私の紅蓮流を始めとする自己流剣術たちは元は基礎剣術から生まれているからだな」
「……なるほど。基礎剣術を覚えておけば、他の自己流剣術を使う剣士の技を読みやすいということですか」
「ほう、それもある。というかそれがほぼ全てだ。もう一つ挙げておくならば、基礎剣術と自己流とを極めることで、その自己流をさらに自分に使いやすくアレンジできることにあるな」
「へぇー、言われてみれば結構基礎剣術って重要なんですね」
基礎、というだけあって案外戦場での立ち回りや危機回避の方法なども初心者向けなのかもしれない。
それなら武器や戦いに関して全くの初心者である赤上でもやりやすく戦えるかもしれない。
「だが基礎剣術は世界中に知れ渡っている。戦場で使うと動きはほぼ確実に読まれるということは覚えておけ」
ラグーナは浮かれている赤上にそう念押しした。
「時に、貴様は『考え』ながら戦う人間か?」
「はい?」
ラグーナは唐突に話を変えた。
しかし赤上にはその質問の意図がわからなかった。
「私はひたすら無心で敵をなぎ倒すのだが、どうも貴様は違うような気がしてな」
どうももなにも、無心で戦うとか無理じゃね? と思う赤上なのだが、ラグーナが嘘をついているようには見えない。
「ということで、一度貴様と手合わせがしたい」
「いやいやいやいやいや」
「なんだ?」
「戦闘のための技術を何一つとしてもってない人間が師匠と戦ったら死にますって」
「私は加減ができる人間だぞ」
「そういう問題じゃないです!!」
「ふむ、そうか……。それでは、基礎剣術の訓練が一通り終わったらというのはどうだ?」
「うーん。それなら、まぁ」
「よしやろう。すぐにやろう」
「そんなに俺と戦いたいんですか……」
正直どれだけ頑張っても差が埋まる気がしないのだが、どうしてかやる気は出る赤上だった。
基礎剣術は訓練も一区切りついた(ということにされた)ために、赤上は不本意ながらラグーナと戦うことになった。
安全のため木剣でやるらしいのだが、相手が相手なので全く安心できない。
「ま、マジでやるんですか……」
いざラグーナと戦うとなると、基礎剣術の訓練を受けたにしても全く勝てる気がしない。
目の前で木剣を構えるラグーナからはそれほどの威圧感が感じられた。
「当たり前だ。ほれ、いつでもかかってこい」
「えぇー……。かかってこいって言われてもなぁ……」
赤上は一度深呼吸をして、『考える』。
どうやったらラグーナの攻撃をかいくぐり、一撃を与えられるか。
(正面切って突っ込んだとしても、受け流されて斬られる。正攻法では確実に勝てない。なら、頭を使うしかないな)
赤上はもう一度深く深呼吸をして、最初の攻撃に出ることにした。
手始めに。
落ちていた小石を手にとって、投げた。
「む、なんのつもりだ?」
一瞬。
石に気をとられた一瞬を利用して、一気に間合いを詰める。
「……なるほど。安い手だな」
ヒュバッ!! と空を切る音とともにラグーナの木剣が迫る。
しかし赤上は、そこまで考えてあった。
「安い手かどうかは、最後までわかりませんよっ!」
「なに?」
ラグーナはすでに木剣を振り下ろしており、そこからすぐに切り返すことは不可能。
小石を使って少しでも間合いを詰め、焦らせることで迎撃のパターンを絞り、かつ迎撃の全てに対策を考えておく。
これが赤上の『考えた』ラグーナ攻略法だ。
ラグーナは屈んだ状態で走る赤上に対し、斜め上から振り下ろすように迎撃してきた。
赤上はそれに対し、基礎剣術で学んだ受け流しを使うことにした。
ギャリギャリギャリッッ!! と木剣同士を擦り合わせ、衝撃を全て流しきる。ただそれでも赤上の手首にはかなりダメージがきていた。手加減された一撃とはいえ、ラグーナの強さに愕然とする。
ラグーナは木剣を振り切っており、そこから切り返すにはまだ時間がかかるはずだ。今がチャンス。
赤上は強く木剣を握りしめ――
――視界の隅に映った木剣から、全力で身を守った。
「嘘だろっ!?」
「戦法は悪くなかったが、少し私の力を侮っていたようだな。私は加減はするが手は抜かないぞ」
なんと、ラグーナは振り切ったはずの木剣をすぐに切り返してきた。
今まさに攻撃しようとしていた姿勢から守りに転じた赤上の腕には尋常でないダメージが加えられる。
「クッソ……ッッ!!」
次々とくるラグーナの攻撃を守りかわしでなんとか凌いでいるものの、これ以上は厳しいというほど赤上は押されていた。
(何かないか……一矢報いるための何かが!!)
ラグーナの攻撃を必死に迎撃しつつも、赤上は考えていた。
赤上自身はそれが普通だと思っているが、激しい運動をしながら頭を使うというのは想像よりも難しい。
一矢報いる方法。
すでに何回か攻撃を受け、限界が近づきつつある身体でそれでも反撃する方法。
考えて、考えて、考えて。
それでも、なにも思いつかない。
これが、紅蓮。
戦場でその名を馳せる者の戦い。
格が違いすぎる、と思った。
身体に限界がきたため、闘技場の砂を蹴り上げ、ラグーナの動きを一瞬止めることで、後方に退避する。
「っづあ!?」
一時的に戦闘が止まったことで、気づかなかった怪我を含むダメージが全身を支配する。
「ふっ小賢しいな、貴様」
「どんな人間になろうが構わないけど、『考える』ことだけは忘れるなって親父に言われて育ってきましたから」
ラグーナの苦笑を含んだ言葉に親の教えを使った軽口を返す。
考えることだけは忘れるな。
元の世界の親は、そう言って赤上を育ててきた。
だから赤上は考えることを忘れない。
考えろ。考えろ。考えろ。
自分に何度も言い聞かせ、打開策を練る。
(大丈夫だ。『考える』ことだけは今までずっとやってきた。この特技では師匠より俺の方が一段上のはず!!)
「時間は与えた。終わりにするぞっ!!」
考えている間に、ラグーナはこちらへと走りだした。
砂を蹴り上げることでなんとかとった距離も、一瞬で詰められる。
終わった。
客観的に見れば、誰もがそう思っただろう。
しかし、赤上はまだ諦めていなかった。
間合いが完全に詰まるまでの一瞬に赤上はもう一度、石を投げた。
「その策は通じないと理解できなかったのか?」
カァァン!! とバットでボールを打つような音とともに赤上の投げた石は真上に飛んだ。
「くっ!!」
すぐさま赤上はラグーナの斬撃を迎撃する。
ラグーナの華麗なまでの剣をなんとかその場から動かず一つ一つ流し、受け、かすらせることでダイレクトに命中することだけは避ける。
基礎剣術をサラッと学んだだけの赤上にはこれが限界だった。
かすらせることで徐々に蓄積してきたダメージが赤上を倒そうとする。
しかし、赤上にはまだ『考え』があった。
「なんとか……耐え切ったぞ!!」
「なに?」
ラグーナの頭上に、一つの石が迫っていた。
大きさは握り拳一つ分ほど。
最初に投げた小石に比べれば、二つ分くらいの大きさはある。
そんな石が、ラグーナの頭上に迫っていた。
それは先ほどラグーナが真上に弾き飛ばした石だ。
先ほど、赤上がラグーナに向けて投げた石だ。
赤上は、これを狙っていた。
これがボロボロになってまで知恵を絞り、ラグーナに渡り合おうとした赤上の『答え』だ。
ラグーナも狙いに気づき、上を見る。
「こっちが本命か!!」
最初に小石を使った攻撃をしていたため、先ほどの石も同じように使うと思ったのだろう。
しかし赤上の狙いはそうではなかった。
その逆。
その石で持ってラグーナを倒すことこそが、赤上の真の狙いだったのだ。
「はぁぁぁあああああああッ!!」
痛む全身に力を込め、最後の攻撃に入る。
石を弾けば、赤上の木剣による攻撃があたり、赤上の木剣を迎撃すれば、石が頭にあたる。
赤上がやっとのことで作り出した、勝利確定の状況。
この一瞬を、無駄にはしない。
「なるほど、貴様は戦いが上手いな」
しかし赤上の意識はそのセリフを聞いた瞬間に落ちた。
最後に見たものは、ラグーナが一振りで石と赤上を同時に斬ったところ。
(そりゃあねぇよ……)
赤上の叫びは、口から出ることはなかった。
目覚めは最悪だった。
身体中が痛むし、何より倒れていた場所が闘技場の地面だ。
赤上は砂だらけになった訓練用の服を払い、ラグーナを探す。
「起きたか」
赤上が見つける前に、声はかかった。
振り返ると、ラグーナが水を持って立っていた。どうやら赤上の分まであるらしい。
ラグーナにコップ一杯の水をもらい、一気に飲み干すと、赤上は口を開く。
「全然ダメでしたね、俺」
実際もう少しやれると思っていたのだ。頭を使うことが得意だったために、頭を使っても勝てない敵がいるという事実は赤上に大きな影響を与えていた。
「そうでもないぞ」
しかしラグーナはそんな赤上に対し、そう言う。
「基礎剣術をサラッと学んだだけでこの紅蓮とあそこまでやりあえる者はそういない」
「そうなんですか?」
「ああ。お前はハッキリ言って、剣術の才能はあまりない」
「随分ハッキリ言いますね……」
「だが、戦いの才能は私の知る誰よりもある」
「――――」
「他でもない紅蓮がそう言うんだ。誇っていい」
「そう、なんですかね」
「ああ、そうだ」
自分を誇れる人間になる。
それが赤上の異世界での目標だった。
だから、こんなにはやくそれが見つかるとは思っていなかったし、まだそれを誇るつもりもない。
その力をどう使うか。
自分を誇るのはそれからだと思うのだ。
「俺、もっと強くなりたいです」
その言葉は自然と出た。
誰かを守れる力を手にするために。
自分を誇れる力を手にするために。
そうすれば、きっと元の世界で散々迷惑をかけた人たちに顔向けできる。
また笑いあうことができる。
「ああ、私がお前を鍛えてやる」
ラグーナはそんな赤上の心情を察したのか、微笑みながらそう言った。




