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一章 10 「俺は入学式に遅刻するだけ」

 入学式という言葉を聞いて楽しみだと思ったのは何年ぶりだろうか。

 確か、小学校の入学式のときは楽しみだった気がする。

 中学、高校の入学式は楽しみにはならなかった。

 理由としては、中学は小学校のときとあまり人が入れ替わらなかったから、高校は逆に知らない人ばかりだったからだろう。 



 そして赤上は人生で四度目の入学式を迎える。

 赤上弘樹としてではなく。

 アクォス・グランドラグとして。

 赤上家の家族に祝われるのではなく。

 グランドラグ家の家族に祝われながら。

 しかしそれでも赤上は入学式が楽しみだった。

 というか、魔法学校の入学式と聞いて楽しみにならない人は少ないのではないか。


 今日は、『アクォス・グランドラグ』の入学式だ。





「こ、これが魔法学校の制服? なにこれ超中二! かっけぇ!」


 見事昨日魔法学校の試験に受かった赤上は、今日の入学式を迎えるために、魔法学校の制服へと着替えていた。

 魔法学校の制服はツヤのある白めの布に赤のラインが入っている中二仕様で、そういった服が大好きな中二赤上はひたすら燃えた。


「アニキー、ごはんできてるよー? まだ準備終わらないのー?」


「今行く!」


 時計を確認すると、あまり時間がないことに気づいた赤上は、準備を急いだ。



「遅いぞ、馬鹿息子」


「うるせえ変態親父」


 朝食は、赤上とサイガの口論から始まった。

 口論の原因は言うまでもなく、ニーシャが赤上を呼んだのにすぐにこなかったからだ。サイガが人を怒るときは九分九厘ニーシャが関わることをお忘れなく。

 赤上の返答にサイガはため息をつく。


「はぁ、お前は兄としての自覚があるのか? 妹に劣る貧弱なカスで、妹に頼ることしかしないろくでなしのクズで、未だに妹離れしない最低のクソ野郎だが、お前は兄貴だろう?」


「アンタ記憶喪失の息子相手によくそこまで言えるな」


「記憶喪失だろうが兄妹は兄妹だ」


「んなこと言ったらそれ以前に俺とアンタは親子だろ」


「ふっ、俺とニーシャの間にしか成立しない関係だな」


「お父さん……それはキモい……」


 女の子の声が口論に混じり、赤上とサイガはそちらを揃って見る。

 そこにはドン引きしているニーシャがいた。


「え、にににニーシャ? お父さんよく聞こえなかったなぁー」


 口論はニーシャ乱入によりますます悪化する。


「ぶっ、くくく……。聞いたか親父ニーシャが親父のことキモいってよ、くっは」


「てめえ馬鹿息子! 学校の金誰が負担してやってると思ってんだ!!」


「それとこれとは別の話でしょ!! お父さん前から言おうと思ってたけどキモいっ!!」



 ニーシャの「お父さんキモい」に笑いを堪えられない赤上。

 それを怒るサイガを見て、ニーシャは机を叩く。



「いっつもいっつもそーやって私ばっかり甘やかして! アニキが何をしたっていうの!!」


「そ、それは……」


「親父かわいそ……ぶふっ」


「ぐ……このクソ息子……」


 ニーシャの怒りにサイガも押し負ける。赤上はそれがツボにはまり、笑いを堪えられない。

 それからもニーシャとサイガの口論はしばらく続いた。そんな中ずっと黙っていたローリアは、ニーシャの意見が一区切りしたところでついにその口を開いた。


「てめえらさっきからうるせえけど、今が何の時間かわかってねえのか? 内蔵ぶちまけるぞ」


「「「大変申し訳ございませんでしたッッッ!!!」」」


 ガンッと赤上、サイガ、ニーシャは頭をぶつけるようにして謝罪。主な原因はサイガにあると思うのだが、ここら辺が妙に平等なのがローリアなのである。

 そしてこの日常茶飯事なやりとりが長続きしていたせいで、赤上の遅刻はほぼ確定した。





「終わったぁぁぁあああああああああああああ!! あのクソ親父だけは絶対許さねぇぇぇええええええええええええッ!!」


 そして現在、赤上は全力疾走していた。

 家と家のわずかな隙間や屋根の上、道という道を利用して構成した最短距離を行く。

 試験までの一週間でつけた体力は伊達じゃなく、この程度では疲れない。

 ただそれでも学校まではそれなりに距離があり、遅刻まで残り五分となった赤上からしたらこれは完全に終わりなのであった。


「初日から遅刻なんてしたら友達なんてできるわけねえよ!! 印象最悪じゃねえか!! クソッ!!」


 心の中でひたすらサイガを呪いながら走り、やっと校門が見える位置まできた。

 もしかしたら間に合うかもしれない、そんな希望をもった赤上だったが。


「ちょっと、君アクォスくんでしょ? 時間ギリギリじゃない!」


 校門前に立っていた何者かに止められてしまった。


「なんだよ! 今急いでいるんだ、後にしてくれ!」


「自分のクラスがどこかわからないでしょ、クラス表の配布終わっちゃったもの」


「あ、そうなのか。それでここにいてくれたのか、悪い」


 そういえば自分のクラスは把握していなかった、と自分を呼び止めていた者の方へ振り返る。


「って王女様ッッ!? し、失礼な態度、申し訳ありませんでしたッッ!!」


 そこにいたのは、ハーティア・ドラグナー。

 金髪碧眼のドラグーニア王国第一王女だった。





 深く、深く腰を折り謝罪。

 これでも許されるかわからないが、やらないよりはマシだろう。

 そう思っての行動だった。

 しかし。


「ああ、そういうのいいわよ?クラスメートなんだし」


「…………あれ?」


「え?だから、私とアクォスくんが、クラスメートなの」


 王女は自分と赤上を交互に指差し、自分の言ったことをジェスチャー付きで示す。しかし赤上の疑問はそこではなかった。

 どうして、先日暗殺事件が起こったばかりなのに、王女は護衛もつけずにこんなところに突っ立っているのだ?


「い、いやそこではなく、どうして護衛もつけずにそんなところに立ってたんですか!?」


 だから赤上はそれを訊いた。


「だから敬語とかいーの。もう、クラスメートなのに。で、護衛のいない理由だっけ?護衛なんてつけてたら誰も寄ってこなくなって、友達が作りづらいじゃない」


「………………はぁ?」


 一瞬、目の前の少女が言った『理由』の意味を理解できなかった。

 目の前の少女は、一週間前に暗殺されかけたにも関わらず、友達がほしいがために護衛をつけていないのか。


「は、はぁ!? つい一週間前に暗殺されかけたばかりじゃねえか!! 一人くらいつけろよ!!」


「あ、やっと敬語じゃなくなった! よろしくね、アクォスくん」


 しかし王女は赤上の話を聞かず、両手を合わせて微笑んでいる。

 赤上はこの少女のことを本気で理解できない女だと思った。

 この少女を説得するのはおそらく不可能だと確信し、諦めた。


「……はぁ。よろしく、ハーティアさん」


 もうどうにでもなれと思い、うなだれて適当に応じた。

 その後二人は遅刻により初日から怒られたのだった。





「そういうわけで、本校を有意義に過ごしてもらえるように生徒会も一丸となって頑張りますので、どうかよろしくお願いします」


 怒られていたせいで入学式に遅れて参戦した赤上は、最初にそれを聞いた(ちなみにハーティアはクラス表を持っていない赤上を待っていたのだと説明したらすぐに解放されていた)。

 生徒会長の挨拶だ。

 入学式の中では定番中の定番な話だが、異世界でそれが行われていると異質なものに見える。

 現にこの学校の生徒会のもう権限は元の学校のものと違い、教師にも匹敵する。

 学校行事で行うことの決定権は主に生徒会にあるし、行事を主導するのも生徒会だ。

 つまり、生徒会にはそれだけのカリスマ性と知識や才能が問われる。

 平たく言えばエリートだけが生徒会に入れるのだ。

 そしてその中のトップ。

 生徒会長は、言ってしまえば、学校一のエリートなのである。


「すごいですよね、生徒会長のクシャナダさん」


 赤上が遅れて体育館に入り、最後尾に並ぶと、前にいた同じクラスの男子生徒が話し掛けてきた。


「って、ギガット?」


「ああ、アクォスくんでしたか。同じクラスになれたようですね」


 話し掛けてきてくれた生徒は眼鏡キャラのギガットだった。


「それで、あの生徒会長、クシャナダさんっていうのか」


「ああ、はい。クシャナダさん、実は身分的には平民でも最下層に属するんですよ」


「へぇ、それが生徒会長か」


「すごいですよね、生徒会長なんてほとんど学校一のエリートも同然じゃないですか」


「そうだな」


 ギガットは本当に生徒会長を尊敬しているようだった。

 ギガット・バルスター。

 苗字が龍の名前から取られていないことから平民なのはわかる。

 しかし生徒会長をここまで尊敬するということは、もしかしたらギガットも生徒会長のように平民の中でも最下層にいるのかもしれない。

 平民の中でも最上位にいる赤上はなんだか悪い気分がした。



 平民にも貴族のように明確ではないが、ランクのようなものは存在する。

 赤上のような最上位に属する平民は、ほとんど下級貴族同然の生活を送ることができるが、最下層は違う。

 日々の生活すら不安が付き物で、毎日三食ごはんが食べられる日が一年に一ヶ月分あるかもわからない。

 そこまでの、違い。

 上級貴族と下級貴族との関係を超越するほどの違い。

 それが、平民の中にはあった。



 赤上は、身分というものの重さを実感すると同時に、なにもできないことに歯噛みするしかなかった。

 きっとお金がなくてこの魔法学校に入学できない人間もいるのだ。

 せめて、そんなところに入ったのだから、中途半端にはしないようにしようと決めた。

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