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一章 09 「俺は魔法学校の入学試験を受けるだけ」

 魔法学校。

 異世界において、魔法の基礎から応用まで幅広く教える世界有数の教育機関。

 十歳から十三歳までが受験できる中等部と、十六歳から十八歳までが受験できる高等部とがあり、勉強内容は違う。

 中等部や高等部の卒業資格を持っていると警備兵になることができ、家族の国税が免除されるということで、受験者は多いが、結局卒業できない者が殆どだ。

 それだけ、魔法学校卒業は厳しい。

 そして、今日。

 赤上という少年の元いた世界で言えば、四月にあたる今日。

 魔法学校の入学試験がある。





 そして今。


「っべー、マジっべー」


 魔法学校受験者である赤上弘樹は、リビングでテーブルの周りをぐるぐると回っていた。


「っべーよ、今日試験とかマジっべーよホント」


「もー、うるさいなぁー」


「いや、だって、っべーじゃん!」


「べーべーべーべーうるさいのっ! そんなことしてないで勉強すればいじゃん!」


「それは嫌だ」


「こんな酷い受験生初めて見たっ!?」


 ニーシャの当たり前すぎる提案をスパッと却下し、イスに座る赤上。

 朝ごはんを食べるためだ。

 これが受験生である。


「大丈夫大丈夫、満点とってくっから」


「二秒前っ!! アニキ二秒前思い出してよっ!! あれでどーやってそんな自信出るの!?」


「……は? お前当然のことを訊くのな。俺が自信満々な理由なんて、俺が天才だから以外にないだろ」


「その天才さんが今試験直前に勉強サボってるわけだけど!?」


「必要ないしな」


「勉強の必要ない受験生がいてたまるかっ!」


「昔々、エジソンさんは言いました。『成功に不可欠なのは、自分の力を一点に集中することである』。つまり力の有り余っている俺は努力などしなくとも成功が可能ということだ」


「こんなひどい理論聞いたことないっ!! それにエジソンさんって誰っ!?」


 その言葉を聞いて、ここが異世界であるのだと赤上は再認識する。

 エジソンさんって誰。

 赤上の世界であれば、知らない人は一握りと言えるほどの有名人だが、異世界であれば、知らないことが当然。

 赤上は胸が痛くなる錯覚を覚えた。



 赤上は早口に朝ごはんを済ませると、受験をするための支度を始めた。

 といっても、用意するものなど鉛筆、消しゴムのような筆記用具と受験カードくらいだ。

 それらを手さげ鞄にしまい、家を出る。

 向かう先は、魔法学校。

 ついに試験が――――始まる。





 受付の人の案内に従い試験会場へ入る。

 試験会場は野球場一つ分ほどもあり、会場内は大学の教室に似た感じだ。生徒用の机が教卓に向かって階段のように段差をつけて配置されているイメージ。

 教卓に当たる位置にはステージがあり、そこにもいくつか机がある。

 なんのための机か知りたくなったので、試験の注意と流れについて書いてある案内のプリントを読んでみると、思わず目を見張ってしまう事実がわかった。


「今日試験なのに今日採点があって今日合格発表があるんだけど、このタイムスケジュール大丈夫か?」


 元の世界の高校だと、合格発表まで一週間以上かかった記憶がある。

 一日と一週間。

 赤上にはプリントの作成ミスにしか思えなかった。

 だが、現にステージの上には机いくつか並んでいて、先ほどの事実を知ってしまえば、そこで採点する以外に使えない。

 試験と採点と発表を同日に行うなんて未だに信じられないが、まぁいいかとステージから目をそらす。

 赤上は勉強をする気にもならなかったので、周りの人間を観察することにした。


「……みんな勉強してる」


 そう、誰もが勉強をしていたのだ。

 きちんと机に座って勉強している人間もいれば、知り合いと問題の出し合いをしている人間もいる。

 しかし遊んでいる人間はいない。

 一人を除いて。


「それが俺だとは思いたくねえな」


 周りの人間の座る席を見ると、貴族と平民で前後が分かれているようだ。

 貴族は上の方に集中して座っており、平民は下の席に座ることを余儀なくされる。

 貴族が上の方に座る理由は、平民を座らせて上から見下されるのが嫌なだけだろう。


「確か、座る席は決まってないはずなんだがな」


 事実赤上は一番後ろの席に、つまり一番上の貴族の集中する中に座っているが、咎める者はいない。

 数人の貴族が訝しげに眉をひそめているが、赤上は気にしない。

 周囲の人間はみな高そうな服を着ている。それを見て、差別というものを実感した。


「そろそろ試験の時間だな」


 時計を見ると、試験はもう始まる時間だった。ちなみに時計は元の世界のものとあまり変わらない。形が龍みたいなのは見なかったことにする。

 前の席の貴族から筆記試験のプリントが回ってきたのを試験官が確認すると、「試験開始」とテレパシーのような魔法で言った。その魔法が気になったせいで、序盤十分を無駄にしました。




 試験は思った以上に簡単だった。

 赤上の頭がいいから、というようにも感じるかもしれないがそれは違う。

 内容は魔法が取り入れられている映画やマンガを一度でも読んでいれば解けるような問題ばかりだ。

 しかし最終問題。

 とても難しい問題がついにきてしまった。


「火、水、土、風の属性のうち、二つ以上を利用した属性魔法を考えなさい、ってなに……」


 思わず声が漏れてしまい、反射的に口を抑える。

 もちろん魔法作成のためのルールも、属性魔法についても頭には入っている。

 だが。


「作れって言われて作れるもんじゃないでしょ……」


 小声で愚痴を吐く。

 しかしここまで全ての問題に正解の自信があった赤上からすると、この問題だけを落とすというのはどうも嫌だ。

 とはいえ考えても何も浮かばない。


「こういうときは、考え方を変えるのが一番だな」


 赤上は、火、水、土、風属性が使える属性なら、それらを使えば何ができるのかという方向に考え方を変える。


「火……何かを温める。水……火に温められる」


 赤上は考える。

 ここまでの過程で熱湯が完成した。

 しかし熱湯を作る魔法などとっくに存在する。まだこれではだめだ。


「土……熱湯を入れる容器にする。風……火の魔法の効果時間を伸ばす」


 熱湯だけでだめなら、残りの属性も全て使おうというのが赤上の考え方である。

 あとは、こうしてできたものの正体を考えるだけだが。


「これ……風呂だ」


 赤上が考えた魔法は、風呂を作り、お湯を沸かす魔法というシンプルで馬鹿らしいものだった。

 そんな魔法、存在するんじゃないかと思うだろう。しかし赤上は知っている。

 この世界の風呂は、火炎石と湧水石という魔法付加アイテムを使っている。

 つまり、風呂を作る魔法はないのだ。

 ということで、早速作った風呂魔法を理論的にまとめ、解答用紙に書く。

 ところどころに自分なりのアレンジを加え、利用価値のある魔法へと変えていった。

 丁度書き終わったタイミングで試験終了の合図があった。

 赤上は自分の解答用紙を前の貴族に回し、再び周りを見渡す。

 周りの受験者の顔色はあまりよくない。普段から自信満々といった表情の貴族でさえ、顔色のよくない者が数人いた。

 これから採点が始まる。不安で仕方ないのだろう。見ていると赤上まで不安になってきたので、周りを観察するのをやめた。





 採点は三十分ほどで終わった。

 その間受験者たちは入学できるのかもわからないのに魔法学校の校則や行事を教えてもらった。

 ちなみに赤上は校則も行事も全く聞かず、ただ教師たちの採点スピードに驚いているばかりだった。


「いやだって、一秒で三人のテストを丸つけ終えてんだぜ? 驚きもするだろ」


 どんな強化魔法を使っているのかは知らないが、採点は馬鹿みたいに早かった。

 俺のアレンジ風呂魔法はちゃんと読んでもらえたのかな、と心配になるが、まぁ大丈夫だろう。

 そして採点が終わったということは、合格発表がある。

 合格発表には受付で配られた受験カードを使うらしい。魔法を使い、全受験者の受験カードに一斉に合否が記載されるのだという。


「なにそれなんか怖え……」


 自分を落ち着かせるために呟いた言葉だったが、かえって不安になってしまった。


「それでは、合格発表に移ります」


 しかし合格発表は赤上の不安を無視して始まる。

 先ほどまで校則や行事について説明していた教頭が言う。それに多くの受験者が祈るように目を瞑った。


「はい、たった今みなさんの受験カードに合否が記載されました。各自確認をお願いします」


 教頭のセリフは途中から赤上には届かなかった。

 それも当然、不合格者が泣き叫んだり、知り合いの受験者同士で合格の確認をしだしたりているからだ。話し声がうるさくて教頭の声がかき消される。


「合格、か……」


 赤上の受験カードには赤い文字で合格の二文字が書いてあった。

 それにホッとしていると、教頭がさらに話を進める。


「みなさん、合否の確認は済みましたか? それでは、満点者の発表に移りたいと思います」


「満点者の発表? そんなのあったのか」


 赤上が教頭の進行の内容に驚いていると、発表が始まった。


「今回の満点者はなんと歴代最多の四人です。まずは王都出身のアクォス・グランドラグさん。壇上までお願いします」


「ん? ああ、アクォスって俺か……名前変わったのに未だに慣れねえな」


 赤上は自分の名前が呼ばれたので席を立つ。一番後ろの席を選んでいたことから壇上まで距離があり、めんどくさかったため、頭を掻きながらだるそうに歩いていく。

 その途中で他の受験者の声が耳に入る。


「冗談だろ……あいつ平民じゃねえか。どうやって満点なんか……」


「しかもなんだあの態度、貴族がたくさんいるってことわかってんのかよ」


「でもすげえな。あんな平民を見ると俺たちまで頑張ろうって思えるわ」


 そんな平民同士の会話を耳に挟みつつ、歩く。ちなみに貴族たちは会話こそしていないが、悔しいことは表情を見れば伝わってくる。

 赤上が壇上にたどり着くまでにも満点者の発表は続く。


「続いてワイバルス区出身、クラーベル・ワイバーンさん。同じくワイバルス区出身、ナターリア・ワイバーンさん。壇上までお願いします」


 教頭に呼ばれて立ち上がった二人は銀髪の男女だった。名前が同じことから、おそらく双子だろう。

 男がクラーベル、女がナターリアだ。

 クラーベルはボサボサの銀髪に目つきの悪い蒼目が特徴的だ。


「しかもなんか俺のこと睨んでくるし……。そんなに平民の満点が腹立つか……?」


 クラーベルの睨みは割と本気で怖いので、赤上は必死でクラーベルから目をそらす。

 目をそらした先にはナターリアがいた。

 ナターリアの髪はクラーベルのものと異なり、とても綺麗な銀髪セミロングで、温厚そうな目だった。二人の顔を見比べるとどうしても似ていない双子だ、と思ってしまう。

 ナターリアの方は、目が合うとニコッと微笑んできた。それはそれで恥ずかしいのだが。

 とりあえず笑い返しておいた。

 続いて呼ばれたのは、つい最近聞いたばかりの名だった。


「王都出身、ハーティア・ドラグナーさん。壇上へお願いします」


 教頭がその名を呼んだとき、周りの人間のほとんどは拍手を送った。

 それに対するハーティアの反応は、王女そのものといった感じだった。

 わざわざ真ん中の道を通り、左右を交互に見て笑顔で手を振る。

 王女を救ったあの日のパレードのときと何も変わらない、作られた笑顔で。

 そして、壇上に満点者が揃った。

 妙な場違い感を得つつもとりあえずピシッとする赤上は、教頭の話の続きを待った。


「えー、それではこれから満点者の解答に書かれた最終問題、新魔法を発表したいと思います」


「…………………………………………………………………………………………………うそだろ」


 赤上の作った魔法は風呂を作る魔法。おそろしいほどに利用価値がなく、馬鹿みたいな魔法だ。

 これが周囲に発表されるのはさすがに恥ずかしい、というか友達作れなくなりそうで嫌だ。黒歴史が増える。

 全力でやめてくれと思った赤上だが、その願いは永遠に叶わなくなった。


「まず、アクォス・グランドラグさんの魔法。『風呂魔法』からです」


 そうして、俺の風呂魔法が教頭に発表された。頭の悪そうな平民たちは大爆笑していたが、頭のいい平民や貴族たちは歯噛みしている。

 それもそのはず、この風呂魔法。実は無駄という無駄を極端なほどに削減し、かなりの低魔力で発動できるようになっている。これが赤上のやったアレンジだ。

 それに気づいたからこそ、歯噛みしているのだろう。実際、この魔法で作る熱湯は、火炎石と湧水石を使うよりもよっぽど効率がいい。

 赤上は歯噛みする貴族に向けてドヤ顔をかまし、他の満点者の新魔法を聞いた。

 他の満点者の新魔法は全て攻撃的な魔法に統一されていて、さらにそれも戦場で使用すればそれなりの威力が見込めることから、一人だけ仲間外れでダサい魔法の赤上は恥ずかしくてひたすら下を向いていた。

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