本の虫〜5月の図書館〜
春の図書館、5月の図書館 次は・・・6月の図書館ですね。やろうと思います。
ただし、不評の場合はやめておこうと思うので少し様子を見ます。
『だってそれ、俺が書いたんだもん。』
あの人の声が頭の中で何度も木霊していた。
あの人の本を読むと 必ずあの言葉が私の頭を支配する。
『あの人』といっているのはもちろん、名前を知らないから。
聞き忘れてしまったから。
先月 高校生になった私は、入学式の数日後図書室へ向かった。
『本が友達』といった感じな中学校生活を終えた私は、まだ本にしがみついていた。
『感想 聞かせてね』
あの人の本の言葉は あたたかくて 優しくて。
なぜかオレンジのにおいがする気がした。
物語は主人公の男の子の一人称ですすむ。
中学生になった男の子が6年ぶりに再会した初恋の相手は幼稚園児の頃とは想像できないほど冷たい子になっていた。
彼女はいつも冷たい氷の眼差しですべてを見ていた。
冷たい言葉を発する彼女は主人公の男の子も冷たい言葉で拒否した。
それでも主人公が彼女から離れようとしなかったのは、彼女のあたたかい眼差しを見てしまったせいだった。
そこまで理解した時、私は題名の意味を知った。
5月になってすぐ、私は本を返しに図書室へ向かった。
読むのに1ヶ月もかけたのは初めてだった。
いや、本当は3日ほどで読んだのに、何度も読み直して1ヶ月かかってしまった。
図書室を開けると、オレンジのにおいはしなかった。
あの人はいなかった。
本を返却し、図書室を出ようとドアを開けた瞬間
「・・・オレンジ」
つぶやいて顔をあげると、曲がり角からあの人が現れた。
タイミングがいいのか悪いのか。
私は驚いて、低い段差で足をすべってしまった。
ドサッ!!
しりもちをついた音で気がついたのか、あの人は私を見て笑った。
「あ・・・あの・・・」
「大丈夫?」
あの人はそういうと私のそばまで歩いてきて、手をかすわけでもなく眺めて笑っていた。
「あの、本読みました!!」
私は起きることなく、報告をしてしまった。
あの人は、急にしゃがみこむとおなかを抱えて笑い出した。
「え?あの・・・」
「君、おもしろいね。まずは起きれば?汚いよ」
そういわれてようやく私は勢いよく起き上がった。
「名前、聞いてもいいですか!!」
ずっと 1ヶ月間ずっと言いたくてしょうがなかった言葉を言った。
「え?あぁ、そっか。2年生の近藤敦です。」
「こんどう・・・あつしさん?」
「うん。あっくんって呼んで」
近藤君はくすりと笑った。
気がつくと私は近藤君と一緒に図書室にいた。
図書室の机に向き合って座る。
「あの、どうして図書室に近藤君の本があるんですか?」
「近藤君って呼ぶんだ。」
近藤君はまたくすりと笑った。
頬杖をつく近藤君は、前よりはこわくなかった。
必死に言葉を探す私に対して、近藤君は頬杖をつくぐらい余裕だった。
「俺ね、図書部の部員なんだ。それで、入部テストってのがあってさ。それが本を作ることだったんだ。表紙が普通の画用紙だったでしょ?」
そういえば、と私は思い出した。
あんまり表紙とか気にしていなかったけど、確かに表紙は画用紙で、手書きだった。
ただ、中は普通に印刷の活字だったからあまり気にならなかったのかもしれない。
「あ、ちなみに普段は野球部の部員ね。かけもちってやつ。」
私は眉間にしわを寄せた。
野球部のかけもちが図書部?
私の知っている限りでそんな人はいなかった。
野球部の人が図書部に入りたいなんて思うものだろうか?
まぁ、それは私の勝手な思い込みかもしれないけど。
その後、私と近藤君は昼休憩が終わるまでお互いのことを話し合った。
放課後も来ることを約束して。
放課後も私達2人は最終下校時間まで語り合った。
お互いについて 先生について 学校について 本について 作家について。
その時間のすべての話が楽しくて、心地よくて。
あの本の言葉達と同じ 体温を持った言葉達だった。
その後、近藤君と別々で帰った私は、なんだか別人な気分で自分の部屋にいた。
あんなに人と長いこと話したのは何年ぶりだろう?
1年、2年・・・3年ぐらい?ひょっとしたらもっと?
私はその日、寝るまでずっと自分がふわふわ宙に浮いてるような気がしてた。
頭の中を近藤君が支配していた。
本を読んだ後とはまた違う 心地よい余韻だった。
明日近藤君に会ったら何を話そう
明日近藤君に会ったらどんな顔をすればいい?
明日近藤君に会ったら・・・
だけどそんな考え、近藤君には不要だった。
次の日、朝の会が終わると理科室への移動教室だった。
移動の途中、2年生達の朝会とぶつかったらしく、狭い廊下に人が多かった。
不意に、誰かが私の肩に手を置いてそのまま通り過ぎた。
驚いて振り向くと、そこには私のほうを見て笑う近藤君がいた。
手を振ろうとしたけど、近藤君はすでに人ごみに紛れていた。
昼休憩、私はお弁当を食べ終わると走って図書室へ向かった。
お弁当の直後に走るなんておなかは苦しいけど、歩いてるなんてもどかしかった。
ドアを開けると、図書室はやっぱりオレンジの香りでいっぱいだった。
近藤君は机に座って本を読んでいて、私に気がつくと本を閉じて手をふった。
向かい側を勧められて、慌ててそこに座る。
「朝、気づいてくれた?」
「は、はい。気づきました」
私が言うと、近藤君は笑った。
それから少しの間沈黙が続いた。
沈黙は、私にとって息苦しくて私を焦らせるものだった。
だけど、近藤君の沈黙は違った。
静かな時間が、逆に心地よかった。
「近藤君の本は、もうないんですか?」
「うん。あれだけだよ」
「もう・・・書かないんですか?」
近藤君は『うーん』と短く唸った。
「書きたいことがないんだ。だから書きたくない」
「そう・・・ですか・・・」
「読みたい?」
「はい!」
即答すると、近藤君は噴出した。
口元をおさえてくすくす笑うと『うん そのうちね』と答えてくれた。
「近藤君の本、凄く素敵だった。」
「そう?」
「うん。近藤君がつなげると、言葉ってあんなに素敵になるんだね」
そう言って笑うと、近藤君は少し顔し赤くして笑った。
桜も散った 暖かい5月のことでした。
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