セカイノオワリ
世界が終わるそうだ。
何たらの預言書だかに世界の終わりが書かれていて、年をとったおじさん達が真面目な顔でコメントしている。
ある国の囚人は、世界の終わりに牢獄なんて場所にいたくないと脱走を図り、ある国の偉い人は、世界が終わるその日を国民の休日にし、また、ある国の首都で働いている俺は、何時も通り仕事をして、廊下の突き当たりの窓から冬の曇り空を眺めていた。
世界の終わりは、自国の時間で19時11分。
会社は少し前に終業し、残っているのはほんの一握りの社員だけだ。
コツン、コツン……コツン、コツ、コツ、コツ、コツ。
高いヒールの音がする。
一時止まったが、すぐに早く、大きくなった。
「君、こんな所で何してるの?」
後方から知らない女が俺を呼んだ。
振り向くと、レディーススーツを颯爽と着こなした、俺より大分年上の女性が立っていた。
どこかで見たような気がするが、どこだったのか思い出せない。
「世界の終わりを見届けようと思いまして」
「会社で?」
女性の顔には俺への憐れみが滲み出ている。
「特に一緒に過ごしたいと思う人もいないので」
俺の言葉に、女性は目を見張る。
「そう」
寂しそうに笑う女に、少しだけムッとした。
「せっかくの天気ね」
窓ガラスに雨粒が打ちつけられる。ごろごろと唸り声も聞こえてきた。
「そうでしょうか」
女が怪訝そうな顔をする。
「世界の終わりが雨なんて、中々ロマンチックじゃないですか」
少しだけ口角を左右にあげて言った所で、女性の悲鳴の様にけたたましいサイレンが鳴り、大きな雷が落ちた。
ブチンーという音がしたと思うと、世界が真っ暗になる。
真っ暗な首都。そこには蠢≪うごめ≫く人の気配と喧騒が渦巻いている。
数分後、パッと明かりがつき、何処からとも無く歓声が上がる。
いきなりの強い光に何度も目を瞬いて、腕時計を見た。
時刻は19時25分。世界は終わらなかった。
何事も無かったように動き出す人達に、都会のネオンが降り注ぐ。
この人達は今、何を考えているのだろうか。
フッと笑う声が隣から聞こえた。
「12年前も信じてたんだけどなぁ」
「俺もです」
女性が胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。俺も勧められたが、断った。
「次はいつなのかなぁ」
紫煙を吐き出して言った。
「次の終末は煙草をくゆらせて、迎えようかしら」
「お待ちしてますよ」
軽く背中を叩いてから、カツカツとヒールを高鳴らせ、女性は暗闇の中に消えてゆく。
次の雷が落ちるまで、俺は彼女が消えた暗闇を見つめていた。
次の終末はいつだろうー。
高層ビルに囲まれた都内は、今日も変わらず動き続ける。