表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一文菓子  作者: 行平
3/5

IF~離さない~

その不気味さがクセになる。

 読むものが無くなり、仕方なく机の上に置かれていた現国の教科書を手に取った。

「なに読んでるの?」

 ドアの隙間から見知った女が問いかける。

 年上の幼馴染は、気楽に学生をやっている俺と違って忙しい筈なのに、何故か俺の部屋にちょくちょくやって来る。

 女は当たり前の様に部屋へ上がり、俺の頭上から教科書を覗き込んだ。

「離さない」

 答えを待たずに言った女と、顔を上げて言った俺とのタイミングはほぼ同時で、俺達は意味も無く笑いあった。


***


 女はどうやら、手作りのケーキを毒見させに来たらしい。

 二階の自室から一階のダイニング降りると、女はロールケーキを適当な大きさに切って、俺にコーヒーの用意をさせた。

 ダイニングテーブルに座ってから数分経つが、どちらも少し潰れたロールケーキには手をつけない。

 女は笑いながら、さっきの小説……と、関係ない話を始めた。

「授業でやったね」

「大分昔にな」

「え?」

 女は少し遅れてから、忍び笑いをする俺の頬を引っ張る。

「まだ数年前のことよ!」

 俺は自由に動かせない唇で何度も謝罪を繰り返した。

 不純にも、今この状況があの小説みたいだなと思った。

「二ヶ月前のことなんだが……」

「私はあなたのモノを預かるくらい親しくありません」

 それが人魚なら尚更ね……。という言葉を付け加えて、女はコーヒーを上品に啜る。

「不気味だよな」

 題材になっている人魚もそうなのだが、相談を持ちかけてくる男も、主人公の女も、どこか

奇妙だと思った。何ていうんだろう、むず痒い感じがする。

 女は驚いたように俺を見た。

「一件落着。じゃないの?」

「なんていうか……」

 答えあぐねる俺を見て、女はふと何かを思いついたような顔をする。

 それに視線で何だ?と返すと、女は自分の目尻を引っ張った。

「離さない」

 俺は思わず吹き出した。

「私もあそこまで魅入られる存在に出会えると思う?」

 少しの間を置いてから、俺達は同時に答えた。

「現実的に無理だろう」

「現実的に無理か」

 そう言ってから、俺はコーヒーにミルクを入れ、女はロールケーキにフォークを差し入れる。

 ミルクは白い螺旋を描きながら黒い海と溶け合った。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ