始まりの合図
彼女の正体も、彼らの思いも不明。
私は、何時まで此処にいなければいけないのだろう。
空は血で塗りつぶした様に赤黒く、地面には深い緑色の蔓がうねうねと私を監視している。
蔓は少しでも私に異変があれば、スルスルと腕に絡みついて両頭に知らせ、両頭はチロチロと長い舌と小さな2本の牙をだして私を脅す。
赤黒い空には、時々白くてぼんやりしたものが存在する。
そんな時の空は熟れた苺の様で、何故か私はその空を見ると嬉しくなって、つい手を伸ばしてしまう。
私は私についての記憶もなく、ただ両頭の養分になるだけの存在で、両頭は私のことを幾分か知っているようだが、教えてくれることはない。
‘養分に知識はいらない’のだそうだ。
「帰りたい」
両頭にとって私はそうでも、私にとって私はそうでじゃない。何処へかは分からないが、帰らないといけない。
両頭が教えてくれないなら、私が自分で確かめればいい。
白くてぼんやりしたものが1つ、大きくなった。
見る見る大きくなったそれは、私の方へと降りてくる。やがて、辺りは白一色になり、私は思わず目を瞑ってしまった。
閉じた目を開けると、炎を纏った一本の剣が、私の足元を繋ぐ蔓に、ブスリと突き刺さっている。
両頭は高く濁った声をあげて、私の足から蔓を離した。
立ち上がり、自由になった足で地面を蹴る。
両頭より、遠くへ、遠くへ。
空は何時もの様に赤黒くない。深い青に染まっている。
遠い空の上で、赤黒い布が剣に纏っていた炎に焦がされていく。
ところどころにある白いものが、一つ、一つと剣となっておちてくる。
そんな妄想みたいな、本当の光景を横に従えて、ただただ走った。
タン、タン、タン、と地面を蹴る感覚が気持ちいい。
頬をすり抜ける風が、どうしようもなく好き。
もっと酔いしれたくて目を瞑っていたら、体に衝撃が走る。どうやら前のめりに、こけてしまったらしい。
すぐに体を立たせ、また走りだそうとするが、中々思い通りに動かない。
振り返って見ると、両頭の蔓が私の足にうねうねとしつこく絡みつき、自由を奪いとろうとしている。
両頭の怒りに満ちた叫びが遠くから私を威嚇するが、今の私には逆効果だ。
私は必死に足を動かし、体を前へ進め、空へと手を伸ばした。
両頭はそんな私の動きに完全にキレて、私の背中や頭にまで蔓を行き渡らせ、力を吸い取ろうとする。
「誰か……助けて……帰りたい!」
最後の力を振り絞って声を出す。
その声に応えるように、透き通ったモノが私の傍に落ちて、自信に満ち溢れた声が響いた。
「帰れ!我の元に……帰れ!」
白い手が私を誘うように空から伸びる。
その手をとって、進みたい……!
蔓が絡みついた右手を伸ばす。
後ろで両頭が言った。
「アイツは私と同じように、お前を養分にしたいだけだ。私はアイツより、優しくお前を味わってやれる!」
それでも私は……。
「帰れ!我の元に帰れ!」
帰れと言ってくれる見知らぬ方を信じたい。
例えそれが布で隠され、植物に囲まれるより不自由な場所でも……。
後もう少しで指に触れる!
何も思うことができないほど、痛みつけられても……。
一瞬、触れた指はとても温かかった。
養分として全てを失ったとしても……私は……。私は……。
私の手を握る手はとても力強く、私を引っ張り上げてくれる。
「帰りたい!」
何も知らないままでいたくないから。
心が求める先へ、いざ進め!