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Colors Of Love

Bitter Sweetness

作者: はるた



「ごめん、好きな人できた」


 はい?


「だから、別れて」


 ちょっとちょっとちょっと。待ってくださいよ。

 日曜日にいきなり呼び出して、何言ってんの? 嘘でしょ。

 彼女だからって、いきなり駅前の喫茶店にまで呼び出して、わけわかんないこと言って、それ許されると思ってんの? 怒るよ? マジで怒るよ? いいの?


「諒はいい人だから、きっとすぐ彼女できるよ。ごめんね」


 そう言って彼女は立ち上がって喫茶店を出て行ってしまった。


 何でこんなことになってんの?


 隣の席に座ってるカップルがひそひそ話をしながら俺を見てる。見世物じゃねんだよ。

 ていうかあいつ、金払わないで帰りやがった。ちゃっかりアイスカフェオレ飲んでんじゃん。五百八十円払えよ。

 今まではおごってたけど、もう彼女じゃないんなら払う義理なんかない。


 とはいえ、金を払わないで帰るわけにもいかないので、しっかりアイスカフェオレと俺が飲んだコーヒーの代金を払い、店を出た。


 九月になったとはいえ、まだまだ暑い。


 俺は今日二十歳になった。


 いきなり呼び出されたのに結構ルンルン気分で行ったのだって、何かプレゼントでもくれるんだと思ったからだ。

 絶対あいつ、俺の誕生日なんか忘れてる。仕方ないか。半年も付き合ってないから、去年の誕生日も一緒に過ごしてない。


 何でよりによって今日なんだよ。


 人生最大の、最悪な誕生日だ。


   * * *


 翌朝は最悪な気分で目が覚めた。というか、覚まされた。

 妹の紗菜がベッドに寝ている俺を乱暴に蹴ったのだ。わざわざ足を上げてそのような真似をするとは。


「いつまで寝てんの、ってお母さん怒ってるよ」

「んあ……」


 紗菜はシーツにしがみついてうっすら目を開けている俺をゴキブリでも見るような冷たい視線で見つめている。


「今日大学は?」

「休み……」


 枕元の時計を見る。十時五十分。

 ていうか、何でこいつ家にいるんだ?


「お前、高校は?」

「試験休み。先週まで期末だったから」


 高校生は気楽だなあ……羨ましい限りだ。

 こいつは、昨日俺が振られたことも、密かに夜中ちょっと泣いていたことも知らない。

 知ったところで爆笑するだけだ。


「いいよね、大学生は気楽で」

「何も知らねえくせに……」

「はあ?」


 特別好きなわけじゃなかったけど、かなり悲しかった。ていうか、振られた理由が最悪。

 付き合ってたはずなのに、あの子の気持ちは俺に向いてなかったんだと思うと、めちゃくちゃ惨めになってくる。もういっそ、ゴキブリになってしまいたい。


「さっさと起きれば。この部屋暑苦しいんだけど。なんか臭いし」


 この妹に俺の悲しみを語ったところで、なーんにもわかっちゃくれないだろう。

 いいさ。俺は孤独に悲しみを消化する。


 その時、充電しっぱなしだった携帯が震えた。

 メールだ。大学の友達から。


『今日ヒマ? 昼過ぎから駅前のアルトで会えない? ちょっと話したいことあるんだけど』


 ……よりによって、昨日俺が振られた喫茶店で何を話したいっていうんだ。


『いいよ』


 断る理由もないので、あまり気は進まなかったが誘いに応じることにした。


   * * *


 俺を呼んだのは一条拓海。爽やか笑顔が眩しい奴。

 結構背が高くて体も細身ながら筋肉質なのだが、黒目勝ちの大きな目が可愛らしい。顔立ちもはっきり整っている爽やかイケメンだ。


 拓海は席についていて、俺を見付けると例のスマイルを向けてきた。

 こっちこっち! という風に手を振っている。

 

 拓海はアイスカフェオレを飲んでる。こいつ喧嘩売ってんのか。


「よっ!」

「……何かお前、また焼けた?」


 拓海は元から黒いが、更にこんがりと黒くなっている。


「うん。プールでバイトしてたから」

「それで、話って何?」


 拓海の正面に座り、そう切り出すと急に拓海は真面目な顔になった。


「宮間由香って、お前の彼女だろ?」

「……それがどうかしたの」


 なんか嫌な予感。


「昨日、告られたんだけど」

「…………」


 マジか。

 何となーく嫌ーな予感はしてたんだよ。でも、まさか。

 あいつが言ってた好きな人って、拓海のことだったのか。ていうか、何て速さだ。俺を振ったその日に告るとは。


「それで、何て言ったの」

「諒と付き合ってんじゃないのって聞いたら」

「うん」

「別れたって」

「…………」

「本当に別れたの?」

「うん、まあ」


 拓海は何とも言えない顔をしている。


「なんか……お疲れ」

「うん……疲れた」


 俺の関心は拓海がどのような返事を返したかってことだ。


「それでさ、付き合ったの?」

「まさか!」


 拓海はぶんぶん首を振る。


「断ったよ」

「何で?」

「何でって……」


 押し黙る拓海に、俺はちょっとむかついた。俺に同情してんのか?


「可哀想じゃん。理由もなく断ったら。俺の彼女だったから? そんなの関係ねえだろ、もう別れたんだし」

「理由がないわけじゃないよ」

「……彼女いたっけ?」


 拓海はもてるが、彼女をとっかえひっかえに変えたりはしない。一人と長く付き合うタイプの、誠実な青年だ。


「いないけど」

「じゃあ何で? 好きな子いんの?」


 口調にとげが出てしまう。拓海は何にも悪くないのに、俺がいらついてるだけだ。


「好きってほどじゃないけど……多少、気になるかな、みたいな」


 肌が黒いからよくわかんないけど、きっと赤くなってるんだろう。照れたように拓海は言った。

 男の俺が言うのも何だけど、かなり可愛い。いや、決してそういう趣味があるわけではない。


「誰?」

「知らない」

「はあ?」


 なんだそりゃ。


「名前知らないんだよ」

「どういうことだよ?」

「プールのお客だから」


 ははあ。水着姿にやられちゃったってわけ?


「連絡先とか聞かなかったの?」

「聞けるわけないだろ! ナンパに思われるって」

「別にいいじゃん」

「よくねえよ」


 まるで中学生みたいな顔だ。同い年の俺にはこんな顔はできない。まさか本気なのか? 一目惚れ?


「ウォータースライダーで監視員やってたんだけど」

「それで?」

「友達と二人で来てて、何回も乗って来たんだよ。そのうち、顔覚えちゃって、なんか可愛いなって……」

「……それだけ?」

「うん」


 てっきりもっとエピソードがあるのかと思った。溺れかけてたところを助けたとか。

 でも、拓海は見た目だけで女の子を好きになるようなタイプじゃないから、結構驚いた。その子、相当可愛かったんだろうな。


「でもさあ、連絡先も何もわからないんじゃどうしようもないじゃん」

「だから悩んでるんだよ。さっさと忘れた方がいいとは思うんだけど……何だかこう、希望を捨て切れてないっていうか」

「どこの誰かもわからないんじゃ希望も何もないって」

「……冷たいこと言うなよ」


 捨てられた子犬みたいな目で拓海は俺を見た。

 そんな目で見つめるな。俺が悪者みたいじゃないか。むしろ被害者だ。


「要するに、その子のことが忘れられないから断ったってわけね」

「まあ、そうなるかな」


 俺は拓海のために宮間由香に振られて、宮間由香は名前も知らないどこぞの女のために振られたっていうのか。……ちょっと宮間由香に同情する。


「あの子、何て名前かな。いくつくらいなんだろ……ちょっと年下に見えたんだけど」

「知るか」

「あっ!」


 拓海が急に閃いたように声を上げたので、俺は思わずびくった。


「何だよ、いきなり」

「そういえば、一緒にいた友達が一度だけ名前を呼んでた! 何だったっけ……サナ? いやサヤかな? ああもう、何で覚えてないんだよ! 俺の馬鹿!」


 拓海は一人で悶えている。俺はこいつの純情な一目惚れの話を聞くためにここまで来たのか?

 サナって俺の妹と同じ名前じゃん。言わないけど。

 俺を振った宮間由香が妹と同じ名前の女のお陰で振られたなんて、惨めすぎる。俺が。


「俺、帰るわ」

「えっ、もう?」

「何か疲れた」

「何も頼まなくていいのか? おごるよ」

「いいよ、別に」


 もっと拓海は話をしたかったんだろうけど、悪いな。俺は帰って寝ることにする。何せ昨日は宮間由香のせいでよく眠れなかったから寝不足なんだ。


「また明日な」

「諒!」


 帰ろうとした俺を、拓海は呼び止めた。

 何も言わないでくれよ。また惨めになるじゃん。


「俺の話に付き合ってくれてありがとな! お前も元気出せよ。俺、もうちょっと頑張ってみるから!」


 俺は思わず笑ってしまった。

 頑張るって何をだよ。アピールのしようもないのに。

 でも、拓海は拓海なりに俺を元気づけてくれようとしてるんだろう。

 こっちが恥ずかしくなるようなお前の甘ーい恋バナは結構楽しかったよ。


 俺の苦くてしょうがなかった気持ちが、ちょっとは中和されたかも。


「また暇があったら、お前の話聞いてやるよ」


 そう言って俺は渋い俳優っぽく背を向けたまま手を振って店を出て行った。

 サマになってないのは、自分でもよくわかってる。

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