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83億分の1、それが「私の世界」

掲載日:2026/08/14




これは、小説ではない。

私の「名前」は、「XXXXX」。

「XXXXX」が、「XXXXX」のために書く記録であり、

ある問いへの答えとなる随筆エッセイ


問い。

「何故、私は小説を書いているのだろう?」

それに対する、これが「答え」。




------------------------------------




その「世界」は、凍りついていた。

月光がうっすらと鈍い輝きを放っている、幻想的な光を振りまきながら。

しかし、風に揺らめく草原も、ざわめく木々も、何故か静止して。

夜闇の中に三日月、ばらまかれた綺羅星。

そして、彼らが見下ろす緑の海の中に──

何処かへ向かって、駆け出している少女。

彼女は右手に、何かを持っている。

首には、きらめく涙型のルビーの首飾り。

だが、彼女は地を蹴ったまま、空中でぴたり、と止まっているのだ。

透明な瞳に宿す感情も、そのままに。


その「世界」は、凍りついていた。

凍てついたまま、「誰か」の帰りを待っていた──




------------------------------------




私は子どもの頃から、漫画を読むのが大好きだった。

親も漫画を読む性質だったから、家には漫画はたくさんあった。

それこそ、定番のてんとう虫コミックから、子どもに見せてはいけないだろう漫画まで。

漫画で漢字を覚えた、と言っても過言ではなかろう。

色んな物語を好きになり、色んなキャラを好きになり。

そして、色んなことを空想した。

もし、あのキャラが死ななかったら、どうなっていただろうか。

もし、あのキャラが本当は仲間になったら、どうしていただろうか。

そんな空想で寝る前の時間を埋める、そんなガキだった。

反面、小説はほとんど読まない子どもだった。

大学時代から社会人になりたての頃、図書館に通い詰め、月に20冊以上本を読んでいたこともある。

が、それも大半がノンフィクション。

生涯では恐らく7000冊以上は本を読んだだろう、

だがそれでも、小説は正直、あまり読んでこず。

生まれてこの方、書店で買ったこともほとんどない。

小学校の夏休み課題で読まされる課題図書を買った、くらいか。

今でも、本を読む、と言えば、職業で必要になる専門書くらいだ。


一方、私にとって。

学校は、社会は、何もかも少しずつズレていた。

いや、正しく言うのなら…

私が何もかも少しずつズレていたのだ、学校、そして社会から。

違和感を感じたのは、小学生の頃。

どうやら、私は…様々なものの感じ方、喋り方、考え方が、少しずつ周りのみんなと距離がある、ということに気づいた。

だが、特に苦痛ではなかった。

それが当たり前だ、と感じていたからだ。

大人になった今ならわかる、おそらく私は「特性」があるのだ。

現在であれば、恐らく担任教師が保護者にその懸念を伝えるだろうが、私は子どもの頃はそんな風潮はなかった。

中学、高校になって。

周りからズレながらも、それでも私はそこそこ楽しくやれていた。

学校は便利な場所だ、勉強がある程度できれば楽に生きていける。

年頃になれば自覚もする、私はズレているだけでなく、容姿も悪い。

なら、私を嫁にして一生養ってくれる男など、あらわれないかもしれない…

理性的にそう判断した私は、とにかく女でもずっと続けられる、金を稼ぎ続ける仕事につかねば、と決意した。

そうして、大学入試を超え、大学生になって。

二十歳になった私は、或る物を手に入れた。


すみれ色の、ノートパソコン。


もともとは、大学入試のお祝い、だったが。

色々あって、大学二年の時にそれを親から買ってもらった。


嬉しかったのは、大学のコンピュータ室にこもらずとも、レポートが家で書けるようになったこと。

私は字を書くのが下手なので、タイピングだけで大量の文字が連ねられるこの道具はとても便利だった。

シャープペンシルでたくさん文字を書くのと違って、手首も疲れない。

だから、最初はほんの時間つぶし、だった。

私は、ウェブサイト…当時は「ホームページ」と言っていたが、個人でサイトを作り始めた。

インターネットが普及し始めた頃、今は亡きGeocitiesというレンタルサーバを無料で借りて。

純粋に、面白かった。

自分が情報を調べる時に使っているインターネット、その中に…自分が書いた文章がある、のだ。

毎週一回は更新しよう、そんなことを思った時だった。

更新するには、ネタがいる。

でも、そうそう面白いことなんて見つけられない…

じゃあ、お話はどうだろう?と。


勝手な物語を空想するのが好きな癖は、二十歳を過ぎても治っていなかった。

そしてその頃私が好きだったのは、「スーパーロボット大戦」というゲームで知った、70年代のロボットアニメ。

自分が生まれてすらいない時代のそのアニメの名は、「ゲッターロボ」。

その当時は動画配信なんてありはしない、DVD-BOXだ。

奨学金をぶち込んで買ったのは内緒だ。

何回も見ているうちに、私の中にまた、空想が生まれた。

「この主人公は、本当に目が大きくてまつげが長いなあ」

「まるで、女の子みたいだ」


「…もし、この主人公が本当に女の子だったら?」


空想は転がりだす、ひとつの思いつき、ひとつの設定から。

勝手に頭の中でこしらえた設定が、収まりどころのいい場所を探して理屈を結びつけだす。

だから、私は書くことにしたのだ。

この世にすでにある物語を舞台とした、自分の頭の中に生まれた物語を。


私は、オリジナルでキャラクターを作った。

そして、彼女に「名前」をつけた。

それは高校生の時にやっていたシミュレーションRPG「ファイアーエムブレム紋章の謎」に出てくる、魔道士の「名前」。

理由はものすごく単純で、そのキャラクターが好きだったから。

何の凝った思考もない、安直な名付け。

彼女の基本的な性格も、ゲームのキャラクターを元にした。

これも高校生の時にやって感動したゲーム、育成シミュレーション「ワンダープロジェクトJ2」の主人公から。

およそ独自性というもののないところから、彼女は生まれた。

けれども、そこから…

「私の世界」は、動き出した。




------------------------------------




空想は、頭の中にある。

けれども、文字にすれば、それは消えない。

そしてインターネット上に載せれば…

自分以外の誰かが、それに触れることが出来る。

当たり前のことだが、気づいた時は感激した。

拙いその物語を読んで、感想をくれた人たちがいた。

私の頭から生まれた彼女のイラストを描いてくれた人たちがいた。

本当に、それがうれしかった。

私はそのうち、物語を組むことに夢中になった。

書くものには、必ず自分の思想が出る。

ただの長いお話じゃなくて、そこにはいつしか映り始めた。

それは、私の望み。


「人間は、可変である」


人間は、望むなら、良い方に変わっていけるのだ、と。

私は、そうありたかった。

だから、彼女がそう在る物語を書いた。

冒険の中で、彼女は選択を繰り返し、自分の望む「未来」を得る──


生まれて初めて書いた小説、長編小説。

その第1部を書き終えた時、私は二十二歳。

大学を卒業する年になっていた。




------------------------------------




私が大学を卒業する時、日本は就職難も極まる頃で。

そんな不遇そのものの私の属する世代のことを、社会は後にこう呼んだ。

──氷河期世代。

私は百社以上就職のためにエントリーシートを書き、それをほぼ全部落とされた。

一次面接に行けた会社でも、最終面接に残ることもほとんど出来なかった。

私は思い出した、小学校の時に気づいたことを。

私は何もかも少しずつズレているのだ、社会から…

だから、私はおかしいのだ。

だから、就職試験で採用してもらえないのだ、と。

そして、唯一最終面接に進めた会社にも落とされた時。

私は、就職先のないまま大学を卒業することが決まった。

どうしようもなく、屈辱的だった。

一生金を稼ぎ続け、ひとりであっても生きていけるようにするために大学に行ったはずなのに。

両親に土下座して大学受験させてもらい、奨学金という借金まで背負って。

それなりに名の通った国公立大学に行っていながら、就職先ひとつ得られずに卒業する。

本当に、無様だった。

卒業後、しばらく私はただのクズだった。

家を出ず、レポートや物語を書いていたはずのすみれ色のパソコンで、私は巨大掲示板に入り浸り、他人の粗探しばかりしていた。

似たような下卑た書き込みが並ぶそこは、いつでも誰かがいて。

リロードのF5を押せば、すぐ返信が見られるようになる…

しばらくは、そんな無為な暮らしをしていた。

けれども、ある時。

コンビニに買い物に行った私は、まともに言葉が発せなくなっていることに気づいた。

引きこもっていた私の舌は、口は、脳は、あっと言う間に衰えていっている…

そのことに、私は恐怖した。

無理やりにバイト先を見つけ、とにかく外に出るようにした。

接客業のバイトは、それこそきつい客に当たることも多く、疲弊したが。

少なくとも、まともに喋ることがまた出来るようになった…

それだけでも、大分精神的にはマシだった。

バイト代が入る、お金が手に入る。

そうすると、こころにゆとりも出てきた。

私は、また物語を書き始めた。

彼女の物語、その続き。

現実の私が、毎日同じような場所であがいているその時も。

「私の世界」では、彼女は冒険を続けていた。




------------------------------------




しばらく、私は非正規の仕事をするしかなかった。

正社員の道は遠かったのだ、その時は特に。

やっとの思いで私がたどり着いた仮の職業は、だが…

「特性」を持つ私には、相当に無理のあるタイプのものだった。

それを体感せざるを得なくなった時には、もう身動きが取れなくなっていた。

ぎしぎしと軋む精神と身体は、私の中で高まる外界との摩擦に耐えかねていく。

非正規の割には給料が高かったのは、それだけその職種が過酷であることの証明。

だが、その受け取った金の少なからぬ割合を、私は酒を飲んで苦痛を和らげることに使っていた。


けれども、その中でも。

酒の力を借りずとも自分のこころを多少なりとも解放できたのは、小説書きだった。

空想の世界は「自由」だ、そして自分の思うままに進むから。

その中で、私は彼女の物語を書き続けていた。

仲間たちと旅を続け、困難を乗り越え、戦いを選び──

その果てに、自らが「選んだ」先にある「未来」を掴む。

おそらく私は、祈りに込めた感情を持って、彼女にその物語を与えたのだろう。


人間が生きていくとはどういうことか。

それは、「選んでいくこと」だ、と。

それこそ、朝コーヒー飲むか紅茶飲むか、

マンガ買って職場行くか、週刊誌買って職場いくかみたいなことから、

戦うか逃げるか、退くか退かないか、果ては生きるか死ぬかまで──

全て、誰もが選びながらに生きているのだ、と。

そしてその皆の選択が複雑に絡まりあい、一つの結果──

「未来」をつくる。


私は「選んだ」のだ、と。

今苦しいけれども、それでもこれが私が「選んだ」ことなのだ、と。

だから、腹が立つことも苛立つことも、悍ましいことも恐ろしいこともあるけれど、

自分の「選んだ」道を、自分が「選んだ」自分自身を拒絶しないで、

受け止めて生きていくのだ、と。


彼女の物語、第三部の最終話を書き終えた頃には。

私は既に、立場が不安定ながらも社会人になって、三年目になっていて。

第四部も書きはじめ、その途中頃…

どうにか、私は自分で自分をずっと喰わせていける、正社員の身分を得ることが出来た。


だが、そこからだ。

私の精神はなおさらに、新たな仕事という世界で押し込められ、軋み歪んでいくことになった。




------------------------------------




正社員になったことに安堵していていられたのは、最初の一年くらいだった。

そこから、職務が大きく変化した。

質も、量も、周りの人間から与えられる重圧も、何もかも。

同僚がやさしくなかったわけではない、むしろ彼らはいつでも私にやさしかった。

ただ、私の持つ「特性」それ自体が、そもそもその職務にあわなかったのだ。

だから、私はどんどんと疲弊していった。

酒を飲むのはもちろんだが、どんどん快復が遅くなっていった。

それはもちろん、私が年を取るにつれ、ますます若さを失っていくということでもある。

だがそれ以上に、私は自分の周囲で起こる出来事に対処しきれず、毎日が荒波に飲み込まれているかのように混乱状態にあった。

そうして、私の身体はじわじわと拒絶反応を示し始めた。

朝、家で朝食を食べて出勤して、耐えられずに女子トイレで全て戻すようになった。

そんな日が二週間続いて、私は平日に朝食を食べられなくなってしまった。

これは、その後も数年引きずってしまった。

何が哀しいんだか意味もわからず女子更衣室でぼろぼろ泣いて、

始業開始五分前に、何もなかったかのように自分の持ち場に行く。

私は常に努力していた。なのに、何もかも上手く行かなかった。

狂い始めていたのだと思う、多分文字通りに。

けれど、運良く…

精神科の薬にお世話になる前に、私は職場を変わることになった。




------------------------------------




新しい職場では、少し違った役割を期待されるようになった。

その頃私はもう三十代に入っていて、社会人としても経験を積んできていたから。

それは、これまでに経験したことがあまりないタイプの業務だった。

しかしながら、私はそれを好ましく思えた。

私は、仕事に没頭した。

いいことも悪いことも、やたらとたくさんあった。

けれども、私は相変わらず、懸命に頑張るしかなかった──


だが、そのうち。

私は、ふと気づいてしまった。


私が、物語を書かなくなってきてしまっている、ということに。


私がパソコンをいじるのは、仕事とネット、ゲームと、そればっかりで。

小説の続きを書かなきゃ、と思いつつも、何故か進まなくて。

おかしいな、と感じはじめた。

頭の中に、物語は在る。

彼女の物語はもちろん、その他の世界、その他のキャラクターの物語だって。

けれど…

何故か、それを文字にする力が、沸かなくて。

ネットやゲーム、受動的に楽しめるものに耽溺していた。


何となく、理解はしていた。

やはり、この新しい職務も、私の本来の「特性」にはあうものではないのだ。

以前のような苛烈な反応こそ出ないものの。

おそらく、まともに仕事をしようとすればするほど、

代償として私の精神、私のエネルギーを大きく消費してしまうのだろう…

この職に向いているような性質の人たちとは、違って。

その欠損を、手軽なもので私は埋めているのだ…


彼女の物語は、途中で止まっていて。

私は、それが後ろめたかった。

頭の中には、彼女の物語が、その行き着く先がちゃんとあるというのに。

彼女が、待っているのに。

彼女は、ずっと「私の世界」の中で、私が来るのを待っているのに──


それでも、数年に一度、連休や長期休みなどの何もない時になれば。

体力気力が回復するその時になれば、何とか物語を紡ぐことはできた。

彼女の物語、第四部。

私が二十七歳の時に書き始めた物語。

ようやく完結させることが出来たのは、そこから十年以上経った後だった。




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だがその頃、私はまた職を変えていた。

同じ職種、違う場所。

また、求められることも大きく変わり。

私は必死に働いていた。

仕事は辛くて大変なだけじゃない、面白いし、大切なこともある。

けれども、その一方で。

私が抱える業務量はどんどん増え始めていた。

既に四十代も目前、中堅に入ってしまっていたからだ。

だから、若手とベテラン勢に挟まれて、否応なく様々な調整弁とならざるを得ない…

「特性」を言い訳にも出来ない、これまでに培ってきた経験と処世術でやっていくしかない。

かさを増していく業務に忙殺される日常、擦り減っていく自分。

休みの日は前日に酒を大量に飲み、昼過ぎまで死んだように眠る。

けれど、楽しくないわけじゃない。

いや、むしろ私の生活は充実していた。

プロ野球やプロレス観戦に行き、仕事関連で様々な場所に行き、

謎解きゲームで遊びまくったり、ジムで筋トレやヨガを習ったり。

色々な漫画を読むのも大好きで、料理するのも大好きで。

仕事以外でも、私はやりたいことをやりたいようにやっていた。


ただ、私はある日、不意に気づいてしまう。

いつの間にか、私が失ってしまったものがあった…

それは、空想する力。


私は、自分の空想の中にもぐることが少なくなってきた。

以前よりも、もっと悪い。

物語を思い浮かべる時間がない、のではない。

物語を思い浮かべることそれ自体を、しなくなってきていたのだ。


そんな自分の変化に気づいた、私が感じたこと。

それは、「ああ、潮時なのかもな」という諦めだった。


何となく、私は覚悟してしまっていた。

私は、もう四十代にもなろうとしていて。

だから、そんな「遊び」なんて、そろそろ無理になってきているのだろう、と。

もっと現実を見なきゃ、もっとしっかりしなきゃ、と。

創作なんて、小説書きなんて、もう無理なんだろう、と。


それが証拠に。

その頃の私は、いろいろな漫画を読んでも、特撮ドラマを見ても。

大好きな作品が出来たとしても、連載や放映をわくわくしながら追いかけていても。

何も、それらについて…空想ができなくなってしまっていた。

子どもの頃、いや二十代の頃でも、「もしもああだったら」「もしもこうだったら」と、あんなに楽しく自分だけの物語を頭の中で作って楽しんでいたのに。

もう、寝る前に目を閉じて思うことは。

「ああ、明日は最初にあれやって、その次に◯◯さんに連絡取って…」みたいな、仕事の段取りばっかりで。


「私の世界」は、もう枯れた。


私はそう、結論づけるしかなかった。

それはとてもさびしいことだったが、


だから、私は忘れかけた。

あの草原で私を待っている、彼女のことすら忘れかけたのだ。

多忙な日常に、ただ押し流されて。




------------------------------------




だが、そんな生活が数年続いて、

2025年の夏。

せっかくの盆休みに、私はあまりにもやることがなくて、退屈していた。


私はふと、「そういえば最近サイト作品アップロードしてないな」と思い出した。

もともと、作っていた個人ウェブサイトを毎週更新するために小説を書いていたわけだが。

その頃にはもう、ウェブサイト作成ツールがあるパソコンを新調してしまって、私はサイト更新もできずにいた。

また、私がサイトを作り始めた二十数年前と違っている点。

それは、好きな作品でつながり合う「Webリング」や、特定の作品を個人が集めた「サーチ」のようなサービス…

そういうものが、今ではもう根こそぎ消え失せていた、ということ。

そのため、私が好きな作品を好きな人とつながるためにはこういう創作系SNSしかない…

なので、新しい作品は書けなくても。

年に数回、サイトにアップロードしていた作品を投稿サイトに転載していたりした…

まあ、見に来てくれる人は殆どいないわけだが、それでも賑やかしにはなるだろう、と。


だが、ある夜に。

私は久々に投稿サイトに旧作をなにかアップロードするか、と思い、ログインした。

パスワードも忘れていたので、再発行して。

そして、以前に投稿したのは何の話だったかな?と、久々にマイページに入ってみた…


すると、

突如、それが目についたのだ。


「ピックアップ」欄に、設定していたシリーズ小説。

私は彼女の物語、一番最初の物語を設定していた。


何の気なしに、私はそれをクリックした。

二十歳の時に書き始めた物語、書き方はとても稚拙で単純、そして読みにくいものだった。

…けれど、何故か。

私は延々と、それを読み進めていた。

文字処理がかなり速い私ですら、読み終えるのに三日かかった。


私は、追体験したのだ。

彼女の物語を。

そして、それを綴っていた…私の精神の揺らめきを。


第四部、その最後の章まで読み終えた時。

私の頭の中に、はじけた。

はじけて拡がり、再び形を為した。

──それは、「私の世界」。


そうだ。

思い出した。

彼女の物語には、続きがあるじゃないか。

ああ、彼女はあの草原で待っている。

そうだ、彼女は走り出す、

また動き出す──


私の中に再び、空想が生まれ始めた。

彼女が向かう先、彼女の新しい冒険。

まだちゃんと存在していたのだ、私の脳内に。

「私の世界」は枯れてはいない、消えてはいない。

だってほら、今でも私は…

物語を生み出せるんだ、「自由」に!


私はその時唐突に得た、当たり前の気づきを。


そうだ、

「自由」なんだ私は、「私の世界」の中で!

私はそして理解する、

きっと、地球人類83億人が皆そうなのだ、と。

精神の中においては人間は「自由」、皆が各々大切な「世界」を持っている──

誰かと混じるかもしれない、誰とも交わらないかもしれない、

何故なら誰もが違っていて、誰もが異なる「世界」を抱えているから。

100%理解してくれる者は、故にこの世に存在せず。

だが、だからといって、誰にも全く理解されない者もいない。

83億のひとり、「私の世界」は──

少なくともちゃんとここにある、私のためにここにある!


だけど、絶え間ない日常の荒波の中で。

こころの中に生まれる物語の欠片は、ふとすれば意識の奥底に消え失せてしまうから。

だから、形にしなくてはならないのだ、とにかく。

必要なことは、それを「文字」という形にして頭蓋骨の外に出す──

そう、ただそれだけなのだ。


「選んだ」私は、キーボードに向かった。

仕事の書類を作るためではなく、SNSで駄弁る書き込みをするためではなく。


私は、また物語を書き連ね始めた。

短い夏休みが終わり、再び仕事に忙殺される日々が帰ってきても。

それでも平日の夜の短い時間、休日の幾ばくかの時間を使い、

私は書き続けた。


一旦はもう潰えたものとしてあきらめていた、「私の世界」。

けれど、それが未だに自分の中にあることを発見してから…

私は、色々な物語を、色々なキャラクターたちを、「私の世界」に取り込んできた。

そうして、「私の世界」は生み出す…

私なりの、物語を。

随分と拙いし、何処か歪んでいて意味不明かもしれないけれども。

それは、私という人間がこの世にいなければ、存在しなかった物語。

そして、私が「書く」という選択肢を選ばなければ、存在しなかった「未来」。




------------------------------------




あれから、私は時折サイトに投稿した自分の物語を読むようにしている。

それは、私の精神の欠片。

二十歳の時から書き始めた、皆が「未来」への希望を信じ、苦しみながらも前に進もうとする物語。

二十代後半、誰もが己の道を信じ、だからこそ傷つけ合い戦い合う物語。

三十代前半、罪を犯しながらも己の有り様を考えながら、それでも前に進む人々の物語。

三十代後半、失ったものを追い求め、何かが欠けた魂を抱える者同士が、こころを通わせる物語。


四十代前半、そして今──

「私の世界」には様々な色があり、様々なキャラクターがいて、様々な物語がある。


三つの戦闘機、三つの形態、変幻自在な合体ロボットを駆る、正義に燃える若者たちの物語。


祖父の残した巨大ロボットで平和を守るために戦う青年、そして彼を屠ろうと暗躍する邪悪なる者の物語。


アンドロイド「ギジン」であり、学び続け考え続け、とうとう最後には「人間」になった少女の物語。


感情強く我も強い「鬼」たち、そして彼らと戦い続ける新戦闘チームと合体ロボット、生存競争の物語。


敬愛する亡き父の後を継ぎ、巨大ロボットのパイロット兼代表取締役社長となった小学生と、彼の部下たちの物語。


ワームホールと言う偶然を通してつながり合い戦友となった、青い結晶を持つ勇士と地球の守護者、そして彼らの仲間の物語。


怪獣を狂わせるマイナスエネルギーをなくすと誓い、地球の子どもたちのために教師になることを決意した、光の巨人の物語。


己の在るべき姿と記憶を失い地球に堕ちた宇宙人と、彼と友情を育む地球人の若者の物語。


母星を謎の怪獣たちに破壊され、いのちからがら地球に逃げ落ち、地球人に擬態、大学生として獣医学を学ぶ青年の物語。


記憶と「名前」を失い、本当の自分、自らの過去を追い求め、地獄と化した世界を彷徨う、紫の瞳の青年の物語。


異種族の青年に恋をし彼を懸命に求める娘と、困惑する若者の物語。


一次創作でも、二次創作でも。

それは、私の精神の欠片。

「私の世界」の鏡写し。


この25年間。

私が二十歳で小説書きを始めてから、今に至るまで。

その間、世の中も私もだいぶ変わった。

けれども、私が死なない限り、「私の世界」は終わらない。

一度、自分を見限りかけたけど──

私は「選んで」いく、「私の世界」をかたちづくる物語を書き続ける、と言う道を。

「選ぶ」ことのできる者は、決して無実であるはずがない。

「選ぶ」ことのできる者は、決して無力であるはずがない。

だから、私は無実でも無力でもない。

だから、己の出来ることをやればいい、やっていくだけだ。


私が死んだ瞬間、「私の世界」も消え失せる。

けれども、つまりは。

その時までずっと、彼らはいつも私のそばにいる、ということだ。

私は孤独ではないのだ、その意味で。

いつも近くにいる、いつも見守っている──




------------------------------------




凍てついた「世界」が、動き出す。


草が風に揺らめき出す、夜闇に薙ぐ木々たちも同時にざわめき出す。

三日月と無数の綺羅星が、遥か高い場所から見下ろしている。

そこは草原、時刻は深夜。

何処かへ向かって、駆け出している少女。

彼女は右手に、何かを持っている。

首には、きらめく涙型のルビーの首飾り。

疾走の速度そのままに、跳ね跳んだまま静止していた彼女…

だが、不意にその拘束が解け。

空を切っていた黒いショートブーツが、地面をまた踏む。

少女は駆ける、駆ける、夜空の下を。

透明な瞳に宿す感情が、月光を吸い込んでその色を変える。


凍てついた「世界」が、動き出す。


少女は走る、物語の中で──




------------------------------------




「…やあ」

「わあ、お久しぶりなの!元気だった?」

「元気だったり、そうじゃなかったりしたよ」

「そうなの…頑張ったんだね!」

「うん、多分。

…随分、私、変わってしまったよね。

最初に、君といた頃と」

「そう?」

「ああ、本当に…

長かったよ、この二十五年。

後から振り返ってみたら、短く見えるだけで、さ」

「…」

「だから…私は、あの頃から変わってしまったよ。

何もかも。

それは、いいこと、っていうよりかは…悪いこと、なのかも」

「えー、そうかなぁ」

「体重だって15kgは増えたし、目も尚更悪くなったし。

それに、日焼け止めは欠かさず塗ってたけど、シミとか出ちゃうようになって、さ。

トシだよ、トシ!」

「ふうん?」

「中身も、大分…擦り切れちゃった気もするな。

あの頃みたいな感覚や思考なんて、もう持てやしない。

真っ直ぐ向かう勇気もなくって、小手先の小狡いテクニックばっかり覚えてきたよ」

「…」

「そのくせ、立派に『大人』やってるか、って言うと…

未だに、自信がないんだ。

時々、仕事でも、プライベートでも、どうしようもなく不安になる」

「…」




「…」

「…」




「…ね?

今の私、昔とぜんぜん、変わっちゃったでしょう?」

「…うん」

「…」

「あなたは、変わったよ…

それでいて、昔とちっとも変わらない」

「!」

「ふふ…昔どおりに!」

「ああ、それは…」

「そうだよ!」

「そうだね、それは。

私が、君のために…君に与えるために考えた台詞!」

「うん、あの人が私にくれた言葉。

だから、次はこうなるの…

『…すぐにわかれ、とは言わん。そのうち、わかるようになるだろう』…!」

「そうだ、そうだよ…

だって、それは簡単にわかるものじゃないから。

自分がどう在るべきか、どう生きるべきかの『答え』なんて、

簡単に見つかるものじゃないから」

「うふふ、だけど…

『いつか、わかるときが来るだろう。…だから、それまで』」




「『だからそれまで、できる限り…生きていろ』」




「…でしょ、うふふ!」

「ああ、そうだ、そうだよね…

それが、私が君に、君の物語に託した想い…!」

「ふふ…!」




「…」

「…」

「…さあ!」




「今度は、どこへ行こうか?」

「君は、どこへ行きたい?」

「どこでもいーよ!だって、私たちは…

どこにだって、行けるんだもん!」

「うん、そうだ」

「だって、私たちは『自由』なんだから…

あなたの、この『世界』の中で!」




「じゃあ、行こうか。

…次の、『未来』に」

「うん!…それに、」

「それに?」

「私だけ、じゃないよっ」

「…!」

「みんな、ずっと!

あなたに本当の『終わり』が来る、その時まで…

ずっと、あなたのそばにいるんだ…いつだって!」

「…うん!」

「私たちはいつも近くにいる、いつも見守っているんだよ」

「うん、そうだったね…!」

「あっ、ほら!

みんなあっちにいるよ…

おーーーーーーーい!」




「…!」




------------------------------------




これは、小説ではない。

私の「名前」は、「XXXXX」。

「XXXXX」が、「XXXXX」のために書く記録であり、

ある問いへの答えとなる随筆エッセイ


問い。

「何故、私は小説を書いているのだろう?」

それに対する、これが「答え」。





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