ぬくもり
送電線パトロール隊の三人は、その日のコースの見回り作業を終え、雪山の尾根を下っていた。
だがその途中。
隊員の一人が足を滑らせ、みるまに雪の斜面を滑落していった。はるか下、雪上の黒い点は身動きひとつしない。
「隊長、助けに行きましょう」
「いや、早く山を下りて救助隊を呼ぼう」
隊長は隊員を引き止めた。
全員の命をあずかる者として、それは当然の判断だった。さらには日暮れがせまっており、遠くに倒れた隊員を引き上げる時間もない。
それでも隊員は言った。
「じゃあ、ぼくだけでも行かせてください」
「ダメだ、危険すぎる」
「わかっています。それでもあいつを残して、先に下りるなんてできません」
隊員はさらにくいさがった。
落ちた隊員は同期入社の親友だったのだ。
「おまえも遭難するかもしれんのだぞ」
「待ってるんです、あいつが」
隊員の友を思う気持ちに、
――死を覚悟してまで……。
隊長も、つい心を動かされてしまった。
「わかった。だがな、かならず一時間でもどってこいよ」
「すみません」
隊員はうなずき、生死さえわからない親友のもとへと向かった。
闇がせまり、山は雪も降り始めていた。
隊員は意識のない親友を抱きしめていた。凍えた体を温めるようにじっと抱いていた。
約束の一時間が過ぎる。
だが、隊員は立ち上がろうとしなかった。息をしている親友のそばからどうしても離れることができなかったのだ。
それからも……。
消え入りそうな命を温めるように、ひたすら親友を抱きしめていた。するとそのぬくもりが伝わったのか、やがて親友が意識を取りもどした。
「ありがとう、来てくれると思ってたよ」
親友は腕の中でほほえんだ。
「あたりまえじゃないか」
「これがおまえとの最後の思い出になるな」
それが親友の最後の言葉だった。
親友は意識が戻ったのもつかのま、それからすぐに息絶えてしまった。
――あとで迎えに来るからな。
親友に別れを告げ、隊員は下山ルートに向かって雪の斜面を登った。
体力が消耗され、足が思うように動かない。
ついには自分も死を覚悟し、大きく天をあおいだそのときだった。
遠く闇の中にかすかな明かりが見える。
――隊長、待ってくれてたんだ。
隊員は懐中電灯をおもいきり振った。
それにこたえるように、小さな明かりが尾根でグルグルとまわった。
ぬくもりが体じゅうに広がってゆく。
隊員はそのぬくもりを全身に感じながら、雪山の斜面を登っていったのだった。




