第七話 俺が俺であるために
「ウォンッ!」
『坊主……お前、自分のやってることを分かっているのか?』
「ベ、別にストーキングしてたわけじゃないぞ!ただ俺も学校に行けなくなったし、お前の家に行っても窓は開いてないし……路頭に迷っていたら、オバさんとお前が散歩を始めるんだ。まあ、その跡をつけて来たら……」
「ウォンッ!」
『ストーカーじゃねぇか!』
「アホか!俺はお前をつけてるだけだ!ストーカーじゃねぇ!」
「ウォンッ!」
『いや、傍から見れば立派なストーカーだろ……まあいい、お前の執念深さは分かった』
そう、俺は一週間の停学となった。そして気付いたんだ――今、家には青葉がいない。これはチャンスじゃないか?アルと話せるかもしれない!そう思い、青葉の家へ向かった。
だが、前のように窓は開いておらず、アルの姿も見えない。勝手に訪ねたら青葉に怒られるだろうと思い、家の周りをうろうろしていると、オバさんがアルを連れて外に出てきた。
うぉっ!誰か出てきた!慌てて隠れて様子を窺う……俺に前世の記憶があるなら、このオバさんは重要人物のはず!……と思っていたが、とくに何の感情も湧かない。なんとなく見覚えがあるような、ないような……まあ、この手のオバさんは似たようなもんだ(失礼)。
それよりもアルだ!外で見ると妙にドキドキする。コイツが『鍵』だと魂が叫んでいる……。
跡をつけること10分。アルとオバさんが向かった先はドッグランだった。オバさんはベンチに座り、どうやらアルと遊ぶつもりはないらしい。
犬を連れていない俺がドッグランに入るには……他の犬連れと一緒に紛れ込むしかない。何気なく、何気なく入るんだ。あたかもこの人たちの連れですよ、と言わんばかりに侵入する。ヤンキーは目立つが、逆に怖くて注意はできないだろう。
アルは俺に気付いていた。一通り走り遊び終えると、俺の背後におすわりする。そして――
『何してる』
――アルが喋った!
と、どこぞのアルプスの少女の気持ちで、興奮しながら胡座をかくと、背中合わせでこれまでのことを説明した。
『……で、お前は校内で気に食わないヤツを殴って停学。ワタシと話したくて家を訪ねたと……ハァ、そんな阿呆を美桜が家に入れるとは思えないが、まだ付きまとうのか?』
人間の俺に配慮してか、小声で喋るアル。気が利くヤツだ……犬に吠えられたら不審に思われるからな。
「たしかに……青葉は根っからのヒーローだ。今の俺の好感度は最低だろうな。まだ顔を合わせてないが、停学明けは何を言われるか恐ろしい」
『坊主……どんな理由があるにせよ、暴力を振るうのは良くないぞ。美桜が一番嫌いなタイプだ』
「ぐっ、俺はヤンキーだ!気に食わないヤツには鉄槌を下さねばならん!」
『フッ、ガキだな。そんなことをして何になる。繰り返せば繰り返すほど、社会からはみ出していくぞ。それが分からんほど、お前はバカでもないだろう?』
「分かってるよ。俺は正義のヒーローじゃないし、反社会的な悪でもない。少しばかり喧嘩が強ぇだけのヤンキーだ!だが……カッコいいヤンキーってのは信念がある!俺は俺の信念を持って行動する!それだけだ!」
『ほぅ、なるほどな……坊主、名前は?』
「加賀見聡明!世界一のヤンキーになる男だ!」
『世界一のヤンキーってお前……それで「としあき」とはどんな字を書く?』
「――?聡すに、明るいだが?なぜそんなことを聞くんだ?」
『ということは、聡明と書くのか……ブハッ!ククク、名は体を表すというが、どう見ても名前負けしてるな!ブハハッ』
「――ぐぬぬ!人が気にしてることを……俺はどうせバカだよ!」
『いや、そんなバカでもないと思うぞ。勉強はできそうにないが頭はそこそこ切れるしな。まあ、聡明ではないな……ブハッ!ククク』
「ぐぬ〜!お前こそ『アルバート』なんて名前だろうが!どっかの貴族じゃあるまいし!」
『――なっ!どうしてそれを……その呼び方は……』
「ふっ、記憶の断片で見たぞ。アルバート……いや、アル!ククク」
『お、お前、何を見た!?』
「――なんだ?どうした。前世の記憶って言ったろ」
『どんな記憶だ!』
「あ?う〜ん、今回はアルと斗翔ってヤツが……そうだ!俺は斗翔に会いたいんだった!どこにいるんだ?」
『……まさか、そんなはずが……あり得るのか?だが、こんなヤツが…… 聡明……お前……お前は斗翔なのか?』
「――は?」
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青葉斗翔は、青葉美桜の兄だったらしい。8年前に亡くなったそうだ。正義感が強く、聡明で、妹思いの兄――16歳でこの世を去ったが、将来は『警視総監』になるのが夢だったという。
美桜はそんな兄の影響を受けたのか、規則やルールに厳しい。アルは俺に向かって『斗翔なのか?』と言った。そうは言っても、アルも俺も半信半疑だ。なぜなら、青葉斗翔が死んだとき、俺は8歳で――確かに、この世界に存在していたからだ。
もし俺の前世が斗翔なら、いろいろと辻褄は合う。妹を守りたいという気持ち――あの家が懐かしいと思う感覚――家の間取りも、少しずつ鮮明になっていく。アルと共にいたオバさんは最近雇われた家政婦らしく、斗翔にとっても馴染みのない存在だった。その点でも納得できる。でも、納得がいけばいくほど、矛盾も生まれる。
では、俺の8年はなんだったのか……?
俺は、青葉斗翔の生まれ変わりなのか?『青葉斗翔の部屋』……階段を上がって左……妹の部屋を過ぎて……突き当たりが斗翔の部屋――覚えている。
青葉斗翔の思い出に触れれば、すべてを思い出すのかもしれない。だがその時、俺は果たして
――俺のままでいられるのだろうか。