第六話 アンチヒーロー
「朝倉先生!雪村さんがもう三週間も学校に来ていないんですけど、理由を聞いてますか?」
朝のホームルームが終わると、青葉美桜が教室を出ようとする朝倉を呼び止める。
朝倉は怯えたような顔で対応している。
おいおい、めっちゃビビってるじゃないか。
本当に俺のせいで胃痛になってるのか疑いたくなるレベルだな。
「あ、青葉さん……あのですね、雪村さんは体調が優れないようで……」
「面談はされましたか!?」
「い、いや、あの……親御さんから連絡は受けているので……」
「学校側は不登校という問題に対して、何も対処しないのでしょうか?」
「そ、そんなことはないですよ。学校側もいろいろ考えています」
「具体的にいろいろとは?」
壁際に追い込まれる朝倉の顔は蒼白だ。
昨日、また降りかかる火の粉を払ったことは、朝倉の耳にも入っているだろう。
しかし、これでまた自習時間が増えたとしても、俺のせいじゃないぞ。
ようやく解放された朝倉は、とぼとぼと教室を出て行った。
どうやら雪村という生徒が三週間ほど学校に来ていないらしい。
たいてい不登校の原因は「いじめ」だと聞く。
青葉はそれを懸念しているのだろう。
正義のヒーローは、目の前にいない人間すら救おうとするんだ。
「むぅ、加賀見くんっていつも青葉さんのこと見てるよね」
頬を少し膨らませながら、柊陽花が話しかけてくる。柊とは一昨日、保健室で友達になった。
教室で話しかけてくるのは初めてだ。
言動から察するに、俺が話を聞いていなかったことを怒っているようだ。
たしかに、俺は青葉美桜がまた何かしでかすんじゃないかとヒヤヒヤしていて、どうしても目で追ってしまう。
そんな自分をなんとかしたいと思ってはいるが……。
「なあ柊、アイツは俺らと違って正義のヒーローだろ。普通の人間なら周りの連中なんてどうでもよくないか? なのにアイツはウザがられてもそれを突き通すんだよなぁ。何か理由とかあんのかなぁ」
「フフフ、それを言ったら加賀見くんだってヒーローっぽいよね」
「はぁ? 俺はヤンキーだ。ヒーローじゃねぇ」
「私にとってはヒーローだよ」
「なんだそりゃ? ヤンキーだからか?カッコいいヤンキーって言われたほうが嬉しいんだが」
「フフフ、ヤンキーとしては、まあまあかなぁ」
「――なに!?そ、そうなのか……目指す頂きは高いな」
「そうだよ! 今は……う〜ん、『パーソナル・ヒーロー』って感じかな」
「……なんかよく分からんが、柊は厳しいな」
「うん! だって友達だから」
「ふっ、そうだな」
少しのやり取りをすると、柊は他の女子に呼ばれ、そちらへ向かって行った。
それにしても、柊は俺に遠慮がなくなってきたな。何かきっかけがあったのか、吹っ切れたようにも見える。
それは見た目にも現れていた。
ボブヘアのメガネっ娘だったのに、今日はメガネをかけていない。
制服の着こなしも変わっている……女は何かあると変わるっていうが、柊は別人だな。
クラスの男どもは柊を目で追い、他の女子たちも戸惑っている。
かつてヤンキーオタク(勘違い)だった柊の変貌に驚いているようだ。
しかし、あれだな……メガネを外した柊は、友達の目から見ても可愛いと思う。
いや待て、可愛すぎないか? どっかで見たことが……
「アナタ、柊さんに何をしたの! まさか一昨日の保健室で何かしたんじゃないでしょうね!」
「――はぁ!? 何もしてねぇよ!」
隣の席に戻って来た青葉が、俺を変態を見るような目で問い詰める。
コイツ……柊の変化が気になっているな。
「柊さんみたいな真面目な子をアナタのような悪の道に誘わないでよ」
「悪の道とはなんだ。ヤンキー道な」
「ヤンキー道って……人に迷惑をかける不良ってことでしょ。もう、高校二年生なんだから、そんなこと辞めたらどうなの?」
「辞めてどうする?」
「真面目に勉強するのよ」
「ふんっ! つまらんな。俺は世界一のヤンキーになるんだ!」
「意味が分からない! 世界一のヤンキーってバカじゃないの!? そんなことに柊さんみたいな子を巻き込まないで!」
「別に俺は誘ってねぇよ。どう選択するのもアイツの自由だし勝手じゃねぇか」
「じゃあ、もしも、彼女が道を外してしまったら、アナタはどう責任を取るの?」
「何をもって道が外れたというのか分からんが、そりゃ自己責任だろ。最終的に決めるのは自分なんだからな」
「――なにそれ、勝手な人! 柊さんはアナタに近付くべきじゃないわ! 誰かが正してあげないと!」
「青葉……お前がどう生きようが、どう選択しようが自由だ。でも、柊がどう選択しようが、それはアイツの勝手だろ?アイツの自由を奪って、お前の枠にはめるんじゃねぇよ!」
「――!」
しまった……言い過ぎたか。青葉とは距離を縮めるべきだったのに、ついアンチヒーローな俺が顔を出してしまった。
「あ、青葉……悪ぃ、言い過ぎた」
「いえ……いいの。私のほうこそごめんなさい。私の悪いクセね……あなたの言ったことは、ある意味正しいわ。そうね、自分の道は自分で選ぶものよ。強制されるものじゃない」
「い、いや、そこまで言ってはないんだが……あっ」
胸がズキリと痛んだ。俯いた青葉の目には涙が浮かんでいたからだ。俺の言葉が彼女の心を抉ったのだろうか。どんな怒号や暴言にも屈しない青葉美桜を、俺は泣かせてしまったらしい。
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その日の昼、自己嫌悪に陥った俺は、ひたすら校舎を歩き回っていた。青葉美桜を肯定したい俺と、アンチヒーローな俺がせめぎ合う。どうやら、前世の俺はこの俺を許せないらしい。
早く決着をつけねぇとな……そう思いつつ階段を降りていると、昇降口の物陰から声が聞こえてきた。デジャヴか?
「佐々木く〜ん、まさか、あんな女の一声で『互助戒』から抜け出せると思ってる?思ってないよね〜」
「お、思ってないよ……ちゃ、ちゃんと残りのお金も持って来てるし、ハハ」
「だよね〜!でも、今回はそれじゃダメなんだ。青葉美桜のスマホを持って来て欲しいんだ!どうしてか分かる?」
「……えっと……この間、録音されてたから……かな」
「そう!正〜解〜!……分かってるなら、とっとと盗ってこいや!」
「――ひぃ!わ、分かった!」
『互助戒』?青葉のスマホを盗む?……なるほど、青葉は頭がいいな。『互助戒』とやらの悪事を収めたスマホをカツアゲの抑制に使ってるのか。
だが、そんな危なっかしいモノを常に持ってるなんて危険極まりない……ったく、そういうのはさっさと警察に渡しちゃえよ。
まあ、でもあれか?非力な青葉にとってはそういうのが武器になったりするのか?
「おい、どこへ行く!佐々木くんとやら」
「――え!?ぐえっ!」
慌てて物陰から出て来た佐々木の首根っこを掴む。「あれ?時代遅れのヤンキーくんじゃん」と奥の物陰から姿を現したのは……えっと……カツアゲくんだ。
「――ひぃ!な、なんですか!?」
いかにもイジメられそうな佐々木は怯える。
「ちょっと、佐々木くんをイジメないでもらえる〜」
タッパはあるが鍛えてなさそうなガリガリ野郎のカツアゲくんは、俺に恐怖を感じていないらしい。
「おい、佐々木くんとやら、お前ってこのあいだ青葉に助けてもらってなかった?このカツアゲくんのイジメから」
「――あ、あ、あの……」
「やめてくれよ、ヤンキーく……いや、加賀見……だっけ?これはイジメじゃなくて助け合いなんだから!お前も分かるだろ?佐々木くんを俺がイジメから助けて、俺は佐々木くんからカネを貰って助けてもらってるってやつさ!」
「ほぅ……つまり、お前らは友達で、カツアゲくんは佐々木くんとやらを守っていると?」
「そうそう!ウィンウィンな関係ってやつさ!ちなみに俺は刈北っていうんだ。だから、その手を離してやってくれるか?」
ヘラヘラと気持ちの悪い笑顔で近付く刈北という男、ただ怯えるだけの佐々木くんとやら。
「それでガリキタ、お前たちは青葉美桜に何をするつもりだ!」
「――ガ、ガリ……い、いや別に……ただ用があっただけさ」
「佐々木くんとやら……お前は青葉に助けてもらったにも関わらず、恩を仇で返そうとするわけだ」
「――ぼ、僕は……」
「ハァ……お前ら友達と言ったな。連帯責任だ!」
「「――な!」――ひぃ!」
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次の日、加賀見聡明が刈北と佐々木に暴力を振るったと学校中に広まっていた。
目撃者の証言・・・
『加賀見くんが刈北くんと佐々木くんをイジメていたの』
『なんかもう一方的だったよ!刈北くんも殴りかかってたけど腰が引けててカッコ悪かったし!でも、加賀見くんは喧嘩に慣れてるって感じ!HiGH&LOW みたいだった!』
『加賀見が二人に正座させてたんだ……マジで怖ぇ。関わりたくねぇ』
『あまり聞こえなかったけど……なんか、今後誰かに近付いたらぶっ殺すっとか言ってた。誰かっていうのは聞こえなかったけど……あれかな?俺の女に手を出すな!みたいな。やばっ!言われてみたい』
加賀見聡明は一週間の停学。
校内の暴力事件が公にならなかったのは、刈北卓と佐々木悠人が通報を拒否したためである。学校側も被害者がそこまで言うならと警察には届けなかった。