第五話 斗翔とアルバート
➖➖
「アルバート! 僕たちは美桜のボディガードなんだ!」
『斗翔、お前は本当に美桜が好きだな』
「ハハッ! やめろって! くすぐったいよ、アルバート!」
『このシスコンめ!』
「いいか! 僕がいない時はアルバートが美桜を守るんだぞ!」
『ふっ、お前が美桜から離れられるとは思えんな……とんでもないシスコンだからな』
「よし! アルバートこっちだ!」
「アルバート……」
「アル……」
➖➖
いつの間にか寝ていたようだ。
起き上がり、パーテーションを開けると、白衣を着た女性がデスクに向かっている。
事務作業をしているようだ。
「おっ! 起きたか? ずいぶんぐっすりと寝ていたな。腹減っただろ? サンドイッチならあるぞ」
男っぽい喋り口調でそう言うのは、星宮という保健教諭だ。
髪を一束にまとめた無精な雰囲気だが、整った顔立ちをしている。
未婚だと聞いているが、ちゃんとすればモテるのではないかと思う。
星宮のことは柊から聞いていた。
ちょっと変わった性格らしいが、さて……。
「サンドイッチ……いくらっすか?」
「ああ、金はいらんよ。手作りだからな。好きなだけ食べろ」
――手作りか……正直、手作りは苦手だ。
俺はこんな風貌だが、潔癖なところがある。
近しい人が作ったものは平気なのに、よく知らない人が作ったものには抵抗を感じる。
作った人間には申し訳ないが、どうしても警戒心を抱いてしまう。
それなのに、コンビニや飲食店のものは平気なのだ。
自分でも面倒くさい性格だと思う。
つまり――作った人間を俺が「プロ」だと断定できれば、問題はない。
いっそ面識のない人間が作ったものなら、何も気にならない。
知らないものには恐怖を感じない――ただそれだけなのだろう。
「星宮……先生……ですよね。やっぱやめとくっす」
「アァ? オレの飯が食えねぇのか?」
「――い、いや……そういうわけでは」
「じゃあ食え、加賀見聡明! オマエ、少しうなされてたぞ。悩みがあるときは、とにかく美味い飯を食うんだ!
オレは精神保健福祉士の免許も持ってるからな。相談にも乗るぞ」
精神保健福祉士?
つまり、精神的な問題にも対応できるのか。
俺には『前世の記憶』のようなものがある。
金属バットで後頭部を殴られた影響かもしれない。
【アル】に会えたら相談したいと思っていたが、こういうのは専門家にも話を聞いてもらったほうがいいよな。
無料だし。
とにかく、言われるがままサンドイッチをいただくことにする。
相談するからには、苦手な手作りでも食べておくほうが得策だろう。
「そこまで言うなら、食べるよ」
「おう!」
なるほど、見た目は悪くない。むしろオシャレなサンドイッチという感じ。
俺は味にうるさくないが、どちらかというとシンプルなほうがいい。
オシャレな味はよく分からないのだ。
何やらピンクがかった具材……これはサーモン?
ぐっ! とてつもなく魚臭い!
吐きそうになるのを抑え、一気に飲み込む!
後味が悪すぎるので、口直しにタマゴサンドをかき込む。
タマゴが不味いなんて話は聞いたことがない。
一旦避難する意味でもタマゴサンドを選んだのだが、俺に逃げ道はなかった。
――なぜかハーブを使った風味がする!
卵に混ぜているのか!?
余計なことをしてくれる!
この女……結婚できない原因はこれだろ!
と心の叫びを押し殺し、完食する。
「加賀見聡明、どうだった?」
「クソ不味かったっすね。おかげさまで目が覚めたっす」
「ハハ、だろうな。オレも作ったはいいがクソ不味くて食えなくてな。捨てるのもあれだから、誰か食べてくれないかと思っていたんだ」
「正気かよ、それでよく精神保健福祉士なんて言えるな……」
「で? オレに相談したいことがあるんだろう?」
「――どうして?」
「不味いサンドイッチを完食してるんだ。何の義理もないオレへの配慮。普通なら一口で食うのをやめてもおかしくない状況。『今から義理ができるから完食した』……そういうことだろ?」
――コイツ! 【アル】と同等……いや、それ以上かもしれん。
だが、こんなヤツに相談していいものか……。
ただでさえ信じられないような話だ。
『俺には前世の記憶があって、それが自身の行動すらも支配しそうになるんですが、どうしたらいいですか?』
まともな人間の言うことじゃないよなぁ。
【アルの言葉】が理解できたことは、さすがに言えない。
とりあえず、軽いジャブを入れて――。
「えっと、星宮……先生は、経験したこともないのに懐かしいって思ったこと、あるっす……ありますか?」
「フフ、星宮と呼び捨てでいいぞ。敬語が苦手なんだろ? オレは加賀見聡明を気に入ったからな……特別扱いだぞ」
「う、うっす……」
「フフ、いい子だ。ふむ……つまり、加賀見聡明は『前世の記憶』が蘇ったんだな」
「――なっ!? どうしてそれを!」
「まあ、オレはプロだからな。そういう症例がないこともない」
「そんなこと、信じるんすか?」
「信じることが仕事だからな」
「……そ、そうっすか」
「それに、その格好だ。前世がヤンキーだったと言われれば、なんとなく辻褄も合う」
「いや、これは素っすね」
「それ素かよ! ……まあいい。前世の記憶があるということについて、人それぞれ考えはあるだろう。前世で金持ちだったから貧乏になる……前世で罪を犯した人間は今世では不幸になる…… そう言う人間もいる。正しいのかもしれんし、間違っているのかもしれん。どちらも証明するのは難しいからな。
だが、こんな話がある――。
とある少年が『自分はこの場所で殺されて、埋められている』と言ったそうだ。
そして、殺した犯人の名前を言い当てた。
その場所からは、凶器と遺体が見つかり、犯人は逃げられずに自供したらしい」
「マジか……」
「オレが何を言いたいのかというと――加賀見聡明にとって、前世の記憶ってツラいものなのか? ってことだ」
「……いや、そんな重たい感じじゃないっすよ。なんだか胸が熱くなるっていうか、その『記憶の場所』では温かい気持ちになるっていうか」
「そうか……加賀見聡明は『前世回帰』をしたいのか?」
「『前世回帰』?」
「うむ、前世療法とも呼べるな。通常は催眠状態から記憶や体験を掘り起こすものなのだが、
加賀見聡明の場合、覚醒状態で前世の記憶を持っている――これは珍しいケースだ。
方法としては、記憶のある場所へ行き、前世の記憶と決着をつける――そんな感じだな」
「――決着をつける!? なんかカッコいいな」
「うむ、覚えているのは場所だけか?」
「いや……さっき思い出したことがある。【斗翔】と【アルバート】って名前だ」
「ほう……一人は日本人のようだが、もう一人は外国人か?」
「いや、犬だな……心当たりがある。会って話を聞けば、何か分かるかもしれない」
「なるほど……話をするというのは、その【斗翔】という人物に会って話をするわけか。でも気をつけろよ。
『前世の加賀見聡明』がどんな人間だったのかは分からないんだろう?
斗翔という人物との関係性が分かるまでは、前世の記憶があることは伏せておくべきだな。
まあ、前世の記憶だからな……その斗翔がいつの時代の人間なのやら」
「う〜ん、たぶん現代だな。最低でも10年前後ってところか」
「――! なぜそう言い切れる?」
「【アルバート】には一度会ってる」
「――なに!? じゃあ斗翔ってヤツは?」
「会ってはいない。だけど、その斗翔が家を出ていなければ、【アル】と一緒にいるはずだ。
俺はその家に行かなければならない」
「……現代の家が、加賀見聡明の前世と関係がある?
前世の記憶に存在している犬と、今世でも会っている? ふむ……奇妙だな。
あまりにも前世と今世の時間軸が近い。
先ほど話した『とある少年』の件に近いかもしれんな。
危険じゃないか? もう少し考えて――」
「――家に入りさえすれば、何か掴めるはずなんだ!」
「……そうか。覚悟はできてるんだな」
「ああ、俺はヤンキーだからな! 覚悟だけは一人前だ!」
「わかった……だが、その家に無理やり押しかけるようなマネはするなよ!
ちゃんと家の者にお願いするんだ。しかも『前世の記憶』は伏せたままでな」
「――家の者にお願い!?」
つ、つまり……青葉美桜に頼むってことか!?
今の時点では、間違いなく断られる。
いや、こうなったら家族と思われるほうと接触するしかない。
【斗翔】と会う方法を探す!