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第二話 青葉美桜

聡明(としあき)が犬と出会うより数時間前。


「2-3」の教室では自習時間となっていた。真面目に課題に取り組む者、周囲を巻き込み騒ぐ者、それぞれが思い思いに過ごしている。


そんな中、ひとりの女生徒がふと立ち上がる。騒ぐ男子生徒たちに向かい、一瞬の躊躇もなく歩み寄る――。


「ちょっと、東郷(とうごう)くんたち!今は自習中なんだから、騒がないでくれる?しかもスマホでゲームなんて……勉強してる人たちに迷惑よ!」


「アァ?うるせぇよ、青葉(あおば)!誰が迷惑してるって?自習なんだから何をしようが俺たちの勝手だろ?――おい、迷惑してるヤツっているか?……ほら、いねぇじゃねぇか。誰も気にしてねぇんだよ!」


東郷が教室を見渡すが、彼に呼応して手を上げる者などいない。


「いちいちウルセェんだよ!」そう言うと、東郷は芦屋(あしや)飯塚(いいづか)と顔を見合わせて笑い合う。

それを悔しそうに睨みながら、青葉美桜は拳を震わせ、自席へ戻った。


「青葉さん、また言ってるよ……逆に雰囲気悪くなるんだから、放っておけばいいのに……」

そんな陰口が微かに聞こえてくる。


青葉美桜は良くも悪くも正義感が強い。曲がったことが嫌いで、度々クラスメイトに注意をする。間違ったことは言っていないが、東郷のような素行の悪い生徒に絡むと、途端にクラスの空気は重くなる。


芦屋や飯塚は東郷に逆らえないだけで、特に素行が悪いわけではない。彼らにとっては“ノリ”の範疇なのだろう。東郷を怒らせると面倒だから、合わせている――それだけのことだ。


---


俺は隣の席に戻ってきた青葉美桜の顔をチラッと確認する。表情は固く、身体も強張っている……つくづくコイツは我慢できないんだろうな。


「なに!?」青葉美桜は、まるで敵を見るような目で俺を睨む。

明らかに敵意を感じる声のトーンに「いや……別になんでもねぇよ」と、なるべく角が立たないよう答える。


「そもそも加賀見(かがみ)くんが問題行動をするから、先生が胃を痛めて自習になったんだからね!」


「問題行動ねぇ……俺は降りかかる火の粉を払っただけだが?それに、それは学校の外での話だろ?学校内では迷惑をかけていないぞ」


「――!実際に担任の先生が胃を痛めて、その結果、私たちが自習になってるんですけど!」


「それは朝倉(あさくら)の胃が弱いからだろ。じゃあ、お前は他校の生徒に襲われたら、それを黙って受け入れるのか?

俺がボコられて病院送りになってりゃ満足だったわけか?……俺はただ、返り討ちにしただけだぜ」


「――そういうことじゃないでしょ!日頃から真面目に過ごしていれば、そもそも他校の生徒に絡まれることなんてないのよ!

アナタ、喧嘩が強いのか知らないけど、普段から威圧的だから絡まれるの!」


青葉は興奮気味に、机を両手で叩き立ち上がった。

俺を睨みつけるその目には怯えの色はない――ヤンキー用語で言うところの“ガンを飛ばす”ってやつだ。

やられたらやり返す。俺も持ち前の悪い目つきを活かして、睨み返す。


「また加賀見くんに絡んでる……加賀見くんってめっちゃ怖いんでしょ?絡むのやめてほしいよね……」

「青葉って顔はいいけど性格がやべぇ……正直ウザいよな……」

そんな囁きが教室のあちこちから聞こえてくる。


青葉美桜、コイツは損な性格だ。もう5月の後半だってのに、クラスに馴染んでいるようには見えない。

正しいことをしているんだろうが、全部が裏目に出ている。

俺が言うのもなんだが、素行が悪いヤツが嫌いなんだろうな……でも、クラスのために注意して、それでウザがられるのは、ちょっと気の毒かもしれねぇ。

まぁ、俺が心配することでもないな。


「ねぇ!分かってるの!?」


「……お前なぁ……あんまり俺に構うな。クラスメイトに嫌われるぞ」


「――なっ!余計なお世話よ!」



放課後になると、俺はすぐに教室を出る。当然、部活には入っていない。ヤンキーに部活は不要だ。

校則に縛られることもなく、無断でバイトやらをするのがヤンキーなのである(偏見)。


---


「佐々木く〜ん、今月のボディガード料、まだもらってないんだけど。持ってきてくれたぁ?」


「え、えっと……一万円には足りないんだけど、八千円くらいならなんとか……の、残りはまたでいいかな……」


「ハァ?支払いが遅れるなら、来月は五千円プラスな」


「――えっ!? そ、それはちょっと困る……もうこれ以上はお金が……」


「おいおい、佐々木く〜ん。誰が君を守ってると思ってるの?俺が君をイジメから救ってあげてるんじゃん?」


「そ、それはそうだけど……」


昇降口の物陰から、そんなやり取りが聞こえてくる。どうやらカツアゲのようなイジメを受けているらしい。

声や名前を聞く限り、被害者はクラスメイトではなさそうだ。こういう問題は――当然スルーだ。見て見ぬ振りをして、さっさと帰ることにする――


「加賀見くん! イジメの現場を目撃して素通りなんて、アナタ最低ね!」


そう言って、仁王立ちで俺を睨むのは青葉だ。

はぁ……面倒な場所で面倒なヤツに絡まれた。


「俺が校内で問題行動を起こすと、お前らに迷惑がかかるんだろ?お前が言ったんだぞ。下手したら、朝倉の胃に穴が空くぞ」


「どうして、イジメから守ってあげるのが問題行動になるのよ!」


「俺が行ったら、喧嘩になるぞ」


「殴れとは言ってないでしょ!」


「ハァ……どうして俺が知らねぇヤツを助ける必要があるんだ?」


「アナタ、カッコ悪いわね! 強いんだったら、弱い人を守ってあげるべきでしょ!」


「カッコ悪い……だと!?」


「そうよ! カッコつけてるんでしょうけど、全然カッコ良くないから!」


なんだコイツ!

ヤンキーは……ヤンキーはめちゃくちゃカッコいいんだ!

そして、カッコいいヤンキーは惚れた女だけを守るんだ!(偏見)

一途にその人だけを守るのがヤンキーなんだぞ!(偏見)


俺には心に決めたマドンナがいる。

こんな知りもしない佐々木くんとやらを守るために、ヤンキーになったわけじゃない!


「……今、俺が佐々木くんとやらを助けて、どうなる。これからもずっと俺が守り続けるのか?クラスも違うようだし、逆にヤツへのイジメがヒートアップするんじゃないのか?」


「――! そ、それは先生に相談して解決してもらったりとか、いろいろあるじゃない!」


「だったらお前がセンコーにでも相談して解決してもらうんだな。俺には関係ない。じゃあな」


「――ちょっと待ちなさいよ!」


「……なんだ?」


「……アナタも東郷くんたちと同じなのね。教室では騒がないから、少しは違うと思ってたけど……見損なったわ」


「……」


いや、勝手に期待して、勝手に失望してんじゃねぇよ。


青葉は俺を罵ると、佐々木くんとやらを助けに向かった。

余りある正義感を振りかざす青葉……小柄で華奢な身体……震える身体を気持ちでカバーする心の強さ……

力もないのに、燃え盛る火の中に自ら突っ込んでいく根っからのヒーロー気質。


なんなんだアイツ……そんなことばっかりやってると、いつか火の粉で自滅するぞ。

そんなことを思いつつ、俺は青葉と佐々木くんとやらを助けることもなく、帰宅した。


――ヤンキーはヒーローじゃねぇんだよ。


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