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第二十三話 そんな何気ないドッグランでの休日

日曜日のドッグラン。

入り口をくぐるなり、次々に声がかかる。


「あら、あなた!最近見ないから心配してたのよ」

「おお!加賀見くんじゃないか!」

「日曜日に来るの初めてじゃない?」


オッさん、オバさん――そして、俺を歓迎するのは彼らだけじゃない。

ドッグラン中の犬たちが一斉に集まり、飛びかかってくる。


「うおっ!?」


次の瞬間、俺は地面に倒れ込んでいた。

舐める、舐める――まるで儀式のように、俺はワン公たちの歓迎を全身で受け止めることになる。


悶えながら、人混み……いや、犬混みの隙間から顔を上げると、アルと美桜が立っていた。

温かい目で俺の受難を見守る二人。


「いや、助けろや!」


アルは軽くため息をつき、静かに輪の中へ踏み込む。


『みんな、聡明が困ってるぞ。あとでちゃんと話を聞くから、とりあえず解放してやれ』


その一声で、犬たちは渋々離れていく。ふぅ、ようやく、背中の痛みを隠しつつ起き上がろうとすると、ふわりと影が寄ってきた。


「人間以外からは人気者なのね」


白く華奢な手が、俺の腰を支える。


美桜――。


しっかり散歩コーデだ。パンツにパーカーのシンプルなスタイル。

けれど、何かが違う。


視線を上げた瞬間、胸の奥が微かにざわついた。


これは――髪を上げている……だと!?


だが、おしい。ポニーテールではない。

低めの位置で結ばれた髪が、どこか柔らかくて穏やかな印象を醸し出している。


ヤンキーの俺としてはポニーテールがツボだが、それでも充分に……否、予想以上に魅力的だ。


「人間にこんなに好かれたら、たまったもんじゃないな」


「そう?私はそんな加賀見くんも見てみたいけど」


美桜はイタズラっぽく微笑みながら、俺を覗き込む。その表情に、懐かしさがふと胸をよぎる。しかし、それを直視する勇気はない。なぜなら――


ガルルルッ!

『と〜し〜あ〜き〜!いつの間に美桜とそんな関係にぃ〜!』


アルが鬼の形相で睨みつけているからだ。


「そんな関係って……お前、何言って――どわぁっ!」


何が起こっているのか理解した。「どうしたの?」と

純粋な眼差しを向ける美桜が、自然な仕草で俺の体を支えていた。あまりに馴染むように介助してくれていたせいで、気づかなかった。しかし、気づいた途端、問題は別の次元へと飛び火する。


近い。いや、近すぎる。いろいろなところが当たってる――ヤバい。


「み、美桜!俺は大丈夫だから、ちょっと離れてくれるか?」


「そう?」と小さく首を傾げる美桜は、困った人を見つけると無性の愛を捧げるヒーローだ。意識せずにこういうことをやってのける。俺から離れると、ご機嫌なのか、後ろ手を組みながら軽い足取りで先へと進んでいく。 

  

『聡明……美桜はこういう人間だ。いろいろ気をつけてやってくれ』


「分かってるよ。お前も大変だな、アル」


『フッ……聡明がいないときはワタシが守るよ』


その言葉に、胸がズキリと痛む。アルの最期が脳裏をかすめる。あの時、アルは確かに美桜を守った……守って、そして逝った。そして、その魂は【俺】となった。


星宮が言っていた。「アルを助けたら、【俺】はどうなるのか?」

朝倉も言っていた。「【俺】の存在がなくなるんじゃないか?」

でも、本当にそうか?世界なんて、案外もっと適当なものなんじゃないのか?


アルが死ななくても、俺一人くらい、この世界は許してくれるだろ。

あの日――アルが死ぬと定められた日は、もうすぐだ。

俺がどれほど原因を潰したとしても、その日が過ぎるまでは油断はできない。


だから、俺は決めた。

これから、美桜とアルの散歩する日は――すべて、ついて行く。


「アル、これからは毎日散歩に付き合うぞ」


『……聡明』


「ん?」


『美桜に惚れたか?』


「はぁ!?な、何言ってんだ、急に!んなわけあるか!」


『……聡明、前世の記憶なんて気にするな。そんなものに囚われる必要はない。加賀見聡明が青葉美桜に惚れたのなら遠慮するな……ワタシは美桜が幸せならそれでいい』


「アル……それはどういう意味――」


「加賀見くんって、ワンちゃんたちと喋れるって本当?」


「――美桜!?」


驚いて振り向くと、俺の肩口からひょっこり顔を出す美桜――ちょっ!距離感バグってるぞ!?アルとの会話に夢中になってて、彼女の気配にまったく気づかなかった……迂闊だった。それにしても、こいつの無防備さはヒヤヒヤする。


こんなの、普通に惚れるだろ!


「加賀見くんが今日ここに来る前に聞いたんだ。名探偵ヤンキーがいるって!そのヤンキーは動物の言葉が分かるんだって!」


 無邪気だ。


「そんなの信じるのか?」


「違うの?」


「……分かるって言ったら?」


「信じるよ!加賀見くんは嘘つきだけど……そういう嘘はつかないでしょ」


「おいおい、嘘つきってなんだよ。俺は嘘なんてついて……るな。たまに」


「そう!たまに……でも、嘘が下手」


「――うっ!」


『こりゃ尻に敷かれるな』


「アル、うるせぇんだよ」


「――え?アルが何か言ったの?何て言ったの?教えて、加賀見くん!」


「ぜってぇ嫌だ!」


「えぇぇ!?教えて、教えて!」


『お前たち、イチャイチャするな!』


「してねぇよ!」


「え?なに、なに?またアルが何か言ったんでしょ!二人だけで会話しないで!お願い、教えて、加賀見くん!」

 

「――うっ……美桜が俺を尻に敷いてるんだと。あまりベタベタするなってよ」


美桜の圧に負けて、正直に話してしまった。まさにこれが「尻に敷かれる」ということなのだろう。情けないが、抗えない。


「あ……え?しり?……ベタベタ?」


俺の胸ぐらを掴んでいた美桜の顔が、みるみるうちに紅潮していく。ようやく距離感を理解したようだ。咄嗟に手を離し、少し距離を取ると、勢いよく歩き出した。耳まで真っ赤になってる……頭から蒸気が出てるぞ。


「美桜、少し遊んだらワン公のカウンセリングするからな。お前も手伝えよ」


「え?いいの!?」


「むしろ一人じゃ大変なんだ。手伝ってほしい」


美桜が恥ずかしさを噛み締めていたので、話題を変えた。犬好きなら食いつく仕事だろう。案の定、さっきまでの照れた様子は消え、目を輝かせる。


『なるほど……』


「なんだよ!」


『いや、聡明もずいぶんと人の気持ちを考えるようになったなと』


「うるせぇ」


『照れるな、照れるな』


「はい、はい。遊んだらいくぞ!」


『フッ、了解だ、相棒』


飼い主の失くし物を探す。元気のない犬の理由を突き止める。ただ犬たちとおしゃべりをする。アルがいて、もちろん美桜もいる。そんな何気ないドッグランでの休日が、ずっと続けばいいと思った。


俺たちに永遠なんてないのかもしれない。でも、この瞬間だけは永遠だと……そう思えるのは、きっとアルのせいだ。 

 

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