第二十二話 マドンナ
夜。
枕元のスマホがブブッと震えた。美桜のスマホだ。
勝手に覗くのはどうかと思いつつも、画面を確認する。
メッセージが一件。
**[見て]**
……これは?
**[使い方がわからないの?]**
ぬ?俺に向けたメッセージなのか?
**[パスコードは解除してるから]**
そこまで言うならと、恐る恐るメッセージを開く。
送り主は『青葉賢三』——美桜と斗翔の父親らしい。
オヤジのスマホから連絡が来たのか……賢三だけにきっと三男だろう。そんなことを考えていると——。
**[やっと見てくれた 背中痛い?(>_<)]**
思った以上に気遣うメッセージが届く。
しかも顔文字付き……意外とこういうのを使うんだな。
**[美桜のおかげで生きてる]**
**[また喧嘩したの?。・°°・(>_<)・°°・。]**
ぐっ……!その顔文字のせいか、妙に胸がざわつく。
**[火の粉はちゃんと消さないとな]**
**[誰の火の粉?(◞‸◟)]**
うっ……核心を突かれるメッセージ。
しかも、その顔文字が妙に察しているような雰囲気……。ごまかそう。
**[そんなことよりアルはどうしてる?可能なら写真を送ってくれないか?]**
少しの間があり、画像が添付された。
確認すると——こ、これは……!?
アルと美桜のツーショット!
しかもピンクの部屋着バージョン……。
アルの写真を頼んだはずが、まさか自分まで載せてくるとは……しかも、ほんの少し視線を外しているのが、恥ずかしさの証だとでも言うのか……!
**[もぉ、ごまかさないで!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾]**
ぐはっ!
硬派ヤンキーには刺激が強すぎる……!
美桜……弁当のときもそうだったが、普段のクールな態度とは裏腹に、小悪魔的な一面を持っているのか……?
平静を装ってメッセージを返す。
むしろこれが通話じゃなくてよかった。声に出していたら、動揺がバレていたかもしれない。
**[元気そうで良かった]**
**[加賀見くん アルのこと好きだね(๑˃̵ᴗ˂̵)]**
**[嫌いではない]**
アルもこのメッセージを見ているだろうか。
これは、この前の仕返しだ。
**[加賀見くんはどちらかというと、お兄ちゃんというよりアルに似てるって思ってたんだ あの時言えなかったこと(๑>◡<๑)]**
……すごいな。
俺なんて、ごちゃごちゃ考えてこの有様なのに、美桜は真っ直ぐに俺の本質を見抜いてくる。
だが、それでも俺はこう返すしかない。
**[犬じゃねぇか!]**
俺とアルが繋がっていることなんて、美桜に伝えるべきじゃない。
俺たちにとって、それが一番いい。
**[ (*≧∀≦*) ]**
……ふっ、可愛いな。
いや、待て。
今、俺が「美桜を可愛い」と思ったのは、俺自身の感情なのか……?
これはアルの記憶……じゃない。
俺自身がそう思ったんだ。
**[寝るか?]**
**[え?まだ火の粉の理由聞いてない(>_<)]**
**[悪い 背中がうずいて]**
**[わかった また明日お見舞い行くから(T-T)]**
**[おやすみ]**
**[おやすみなさいヽ(*´∀`)♡]**
いや、待て、絵文字のチョイス……。
ーーー
午前中。
思ったより早く目が覚めたが、それ以上に驚いたのは、すでにここに来ているヤツがいることだった。
美桜だ。
今日は土曜日で学校はない。とはいえ、なぜこんなに早く……。
「よくこんな時間に病棟に入れたな……」
「そう?普通に入ってこれたけど」
きっと、美桜の纏う雰囲気が、誰も近寄らせなかったのだろう。
それにしても、昨夜のメッセージのやり取りと比べると、想像もできないほどクールな様子だ。
「スマホが必要だったか?」
わざわざ朝早く来るほどだ。大事なスマホを取りに来たのだろうと思った。
「いいえ」
美桜は静かに首を振る。「あれから私なりに考えたの。どうして加賀見くんが大怪我をしたのか……」
テーブルを拭き、カーテンを開け、身の回りを整えながら、最後に椅子に腰かけると、じっと俺を睨んだ。
「……な、なんだ?」
「加賀見くん……アナタ、私のために喧嘩したのね」
「――!は……はぁ?意味わかんねぇ」
「スマホに残っていたのよ。刈北くんと佐々木くん、そして鮫島という人の通話のやり取り。それを録画していたの。
佐々木くんが教室に来た時、スマホを渡せと言ったわよね。つまり――」
美桜は言葉を切り、深く俺を見据える。「加賀見くんは危険から私を守るために喧嘩をして……そして、刺されたのね」
アルといい、星宮といい、勘のいいヤツが多くて困る。
俺は鼻で笑う。「ふっ、俺は世界一のヤンキーになる男だぞ。気に入らないヤツがいたからぶっ潰した。それだけだ」
「……そう」
美桜の声が一瞬冷たくなる。そして、静かに息を吸い込むと、まるで大地を揺るがすかのような圧を放った。
「じゃあ、私に説教される覚悟があるってことね」
「――え?」
ゴゴゴゴゴ――。まるで空気そのものが震えたような気がした。
美桜はまっすぐ俺を見つめると、言葉を畳みかけるように話し始めた。
「加賀見くん、何度言ったらわかるの!?いくら喧嘩が強くても、暴力で解決しても何にもならないわ!
やられたほうの気持ちになって考えてみなさい。力で敵わないなら、違う形で仕返しを考えるわよ。
実際、アナタは刺された。相手は力で勝てないから武器を持ったのよ!
それでも仕返しできないと思ったらどうすると思う?数を集めるのよ!そんなことになったら、ただでは済まないわ!
相手の人も犯罪者になるかもしれないし、何より――」
美桜の目に、涙が浮かんだ。
「アナタ、死んじゃうかもしれないじゃない!」
「――!」
その声は、出会った頃のそれとは違っていた。
正義のヒーローが悪を懲らしめるようなものじゃない。
俺の胸に鋭く響く――深く、温かく、そして痛いほどの感情が込められていた。
俺は知っている。
前世から考えれば長く、今世から考えれば短いこの関係。
だけど、ひとつだけはっきりしていることがある。
俺は美桜を、たった一人のマドンナにしたい。