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第十一話 神の雫

「加賀見くん、おつとめご苦労様でした。」


(ひいらぎ)の皮肉交じりの挨拶に、俺はうんざりした表情を浮かべた。


「おい、シャレにならんぞ、柊。」


「むぅ……嫌味の一つも言いたくなるよ!だって、加賀見くん急にいなくなるし、スマホも持ってないから連絡取れないし……私、心配してたんだよ!それに……」


柊はさらに磨きがかかったように綺麗になっていた。だが、少しばかりご機嫌斜めだ。

もうすっかりメガネのヤンキーオタク(勘違い)には見えない。クラスでの存在感も大きくなっている。

だが、俺たちは友達(ダチ)だ。こうやって俺に対して怒っているのも、本当に心配してくれている証拠なのだろう。


「それに、ゆ、雪村さんだっけ?ずいぶん加賀見くんにべったりだけど、二人にはそんな接点なんてあったかなぁ?……とか。」


雪村?俺はそんなにべったりなんて――


「どわっ!雪村!どうして俺の背後に隠れてる!?学ランをつまむな!お前の席は……えーと、どこか知らんが、この辺じゃないだろ!ちょっと!コラッ、俺の陰に隠れようとするな!」


「私は不登校をしていた身……よってクラスに馴染むことが出来ません。でも、神のそばにいられるなら教室に行く、と言うと、『じゃあ、そうしろ』と星宮先生が許可をくださいました。どうぞよろしくお願いします。」


「――アホか!星宮にそんな権限あるか!許可を取るなら俺に言うのが筋だろうが!」


「……う……で、では神のお側に――」


「ダメだ!」


「――うっ!食い気味に……即答……」


雪村は目に見えてしょげた。その姿が余計に教室の空気を冷たくする。

周りの視線が刺さるようだ。外野がひそひそと話す声が聞こえる。


「なんか可哀想……雪村さんって不登校だったの? 加賀見くんのことが好きなのかなぁ……マジ? 柊さんといい、加賀見って怖そうなのに意外と……」


こういう時、俺は――


「お前ら、殺すぞ。」


「「「――ひぃ!!!」」」


覇気を出せばいい。


静寂が支配する教室。怯えた生徒たちの目線の向こう側に、柊の寂しげな表情があった。

その理由がわかるからこそ、余計に腹立たしい。


雪村が不登校だった時には、誰も関心を示さなかったくせに。

なのに、こういう場面では平気で口を出す。


そんな時――


「加賀見くん!雪村さんの気持ちを考えたことあるの?」


ピシッとした声が響いた。クラスの誰もが黙り込む。唯一発言していい人物――美桜が俺の方へ歩み寄った。


「……青葉、俺は雪村じゃない。気持ちなんて分かるわけないだろ。」


「『分かる』んじゃない!」


美桜の声が胸に響く。


「人の気持ちなんて正確に分かるわけないよ。でも、だからこそ考えるの! 想像するの!」


「そんなことする必要あるのか?」


「当たり前じゃない!雪村さんは、アナタを頼ってるの!その思いに応えてあげるのが優しさであり、人情でしょ!」


「俺がその思いに応えたとして、雪村はどうなるんだ?」


「どうって……安心できるじゃない!アナタが守ってくれるから!」


「それなら引きこもってるのと同じだろ。レオが俺に変わっただけだ。」


「――? レオって……」


「雪村……お前は自分で踏み出したんだろうが!安全な場所に逃げんじゃねぇ!」


「――ひゃ、ひゃいっ!」


美桜が呆れたように肩をすくめた。雪村は明らかに怯えているが、どこか覚悟が決まったような表情も浮かべている。


「青葉さん!わ、わたし……だ、大丈夫です。神はきっと……わたしを信じてるんです。後ろに隠れるんじゃない、俺の横に立て!きっと、そう言ってくれてるんです!」


……は?違うけど。


「雪村さん……アナタ、強いわ。」


「はい、青葉さん。いえ、青葉師匠!わたし、神のそばに……いえ、神の横に立てるように頑張ります!」


「――お、おい……」


おいおい、なんだこれ。なんだかよく分からん方向に話が逸れていくんだが……。


「雪村さん、覚悟が決まったのね。凄いわ!」


「「「――おぉ〜!」 良かったね、雪村さん!」 頑張れ、雪村さん!」


「――みなさん! ありがとうございます!」


静まり返っていた教室が嘘のように盛り上がる。歓声と拍手が辺りを包む。

この瞬間、俺だけが呆然としている。いや、柊も開いた口が塞がらないと言ったところか……よく分からんが、結果オーライということなのか?


「加賀見くん!雪村さんを守るんじゃなくて、見守るってことだったのね!」


「――はい?」


「少しだけ……少しだけアナタを誤解していたみたい。雪村さんのこと、アナタに頼むわ!」


――アホか! 頼まれても困るわ!


「……わかった、美桜。」


――あれ?俺は今なんて言った? 美桜の頼みが断れない!?これは……斗翔の記憶が俺に影響を与えているのか!?このシスコン野郎〜!


「――ちょ、ちょっと!また呼び捨てに!」


「わ、悪い。咄嗟に出ちまった。」


「……はぁ……もういいわよ。別に呼び方なんて気にしないから。」


美桜はプイッとそっぽを向くと、慌てて教室を出ていった。

どうやら思わぬ形で距離を縮めることができたらしい。


---


「神さま、不束者ですがよろしくお願いします!」


「はぁ……俺は何もせんぞ」


「大丈夫です! ただ、そばで見たいだけですから……何かして欲しいなんて期待、滅相もないです。そう、見たいだけです。へへへ、ずっとそばで……「ずっと一緒だからな」とか言ってくれても良いんですけどね、へへ」


「――!」


パシャリッ――!


突然、目の前が白く染まり、視界が弾けるように広がった。


切り取られた記憶、一枚一枚の断片的なフレームが頭の中に流れ込んでくる。


➖➖

「お兄ちゃん! ※※ちゃんが※※くんからイジメられてるんだ……どうしたらいいかなぁ」

「さすがお兄ちゃん! カッコいい」

「お隣の※※さんが困ってるんだって、お兄ちゃんならなんとか出来るよね」

「ねぇ、お兄ちゃん……男の人たちに絡まれてる女の人がいる」


斗翔(とうか)、大丈夫か? あまり無理はするなよ。お前はヒーローじゃないんだ』


「お兄ちゃんはやっぱりヒーローだね!」

「ハハ、美桜の頼みならなんだって出来るぞ!」

「美桜ね、お兄ちゃんのそばにずっといるね!」

「まいったなぁ、ハハハ」


『斗翔、頑張り過ぎるな。お前はみんなのヒーローじゃない! 美桜だけのヒーローでいいんだ!』


「お兄ちゃん!」


『斗翔!』


「ハハハッ、二人ともくっつき過ぎ! 美桜、アルバート……ずっと一緒だからな!」


➖➖


「と、う……か」


「……さま……かみさま……神さま! 大丈夫ですか? なんか急にぼ〜っとして……はっ! 神さまの目から……」


「――はっ! なんじゃこりゃ!」


涙……俺は泣いているのか。


「か、神の雫……」


「アホか! とりあえず頭痛ぇから星宮んとこ行ってくるわ。お前は一人でも授業を受けろよ」


「お、お任せ下さい! 神の啓示とあらばその任務、この身に代えても!」


「お前、絶対ふざけてるだろ!」


---


結局、俺は雪村と入れ替わる形で保健室にいる。職員室から戻ってきた星宮は、俺の顔を見るなりニヤけて鬱陶しい。だが、確認したいこともあるので我慢するしかない。


「加賀見聡明……修羅場はどうだった?」


「アンタ、青葉がいるの知ってたんだな。おかげで恥をかいたよ」


「そうか、そうか! いや〜オレも見たかったなぁ、痴情のもつれ……」


「はぁ、相変わらずめちゃくちゃなヤツだ。そんなことより聞きたいことがある。斗翔(とうか)は8年前に死んでいた……美桜の兄貴だ。アンタそれを知ってたんじゃないか?」


「ふむ……なるほど……どうやって知ったんだ? 青葉美桜に聞いたのか? それともスマホで調べたのか?」


「いや……とある情報筋から聞いた。俺はスマホを持ってないからな」


「ふむ、スマホを持ってないとは珍しいヤツだな。知らなかった……といえば嘘にはなるな。ただ、教員は迂闊に生徒の情報を話すことができんのだよ。とくにオレのような仕事はな」


「守秘義務ってやつか……だが、オレに斗翔の記憶があるって言ったらどうなんだ?」


「……つまり、加賀見聡明は青葉斗翔の生まれ変わりだと? それはさすがに無理があるんじゃないか? 8年前に死んだ人間が16歳の人間の前世っていうのは、生物的におかしいだろ? もっと違う線で探したほうが――」


「いえ、その話、あり得なくもないかも知れませんよ!」


「「――!」」


迂闊だった……パーテーションが閉じているベッドがあったのか!? ちゃんと確認すべきだった。

シャッとパーテーションを開いて現れたのは……担任の朝倉みくるだ。


「「――なんだ、朝倉みくるか……」」


俺と星宮は安堵し、再び向き直った。


「だからあれだ! 記憶があるからと言って斗翔だと断定するには――」


「いいや、9割方そうだと思うね! 斗翔は極度のシスコンなんすよ! 妹を守りたくてしょうがないんだ! だから――」


「ちょっと、君たち! 僕のこと無視しないで!」


「「……」」


いつになく気持ちが前のめりな朝倉が声を張りあげる。顔が紅潮し、目を爛々と輝かせている。どうやら、輪に入りたいようだ。面倒だから無視していたが、ここまで食い付いてくるならしょうがない。


俺は星宮に確認をし、朝倉に事情を説明することにした。


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