第九話 名探偵ヤンキー
「お取り込み中に失礼するぞ。この件について、ちょっといいか?俺に分かることがある」
場違いなのは承知の上だった。俺はしぶしぶ揉めごとの渦中に飛び込んでいく。
目の前には、ドッグランには不釣り合いな派手な服装のオバさんと、トイプードルのマロン。
もう一人は、前髪が伸びすぎて陰気な雰囲気をまとった、おそらく同い年の少女。
そして彼女の隣にはラブラドールのレオがいる。周囲には野次馬がちらほらと集まり、事態を見守っていた。
俺の言葉に全員が注目する。
揉めごとは、誰かが仲介に入らなければ収まるどころか、かえって大きく膨れ上がるものだ。だからこそ、まとめ役として切り出せば、おのずと主導権を握れる……とアルが言っていた。
「えっと、結論から言うぞ。マロンの怪我はレオのせいじゃない」
「「「――なっ!?」」」
「おっと、まだ誰も喋るな!まずは俺の話を聞いてくれ。人の話は最後まで聞くのがマナーだろ?
そうですよね、しつけが得意なマロンの飼い主さん」
「――きぃ〜!あなたみたいな不良に何が分かるっていうの!?」
「まあまあ、落ち着け。大人ならどっしり構えて子供の意見を聞くのが“カッコいい大人”ってもんだろ?」
ピタリと静まる空気。
俺の言葉が意外だったのか、オバさん含め全員が固まっている。
「……聞いてくれるみたいだな。じゃあ、まずはマロンの怪我の原因を説明するぞ。
マロンは左前足を側溝に取られて怪我したんだ。場所はドッグランじゃなく、駐車場からここへ移動してくる途中だった。
少しハマっただけで、初めはそれほど痛くなかったらしい。だが、遊んでいるうちに痛みが出てきて、結果的にドッグランで怪我したように見えたんだろうな。
つまり――レオがマロンに怪我をさせたわけじゃない」
「「「……は?……え?」」」
静まり返る空気。
「な、何を言ってるの!?証拠はあるの!?」
「俺はマロンに聞いただけだ。それに、オバさん、アンタもレオが怪我をさせた証拠は持ってないだろ?
そもそも、今日レオはマロンと遊んでいない。なぜなら、レオはずっと花を集めていたんだから。
ほら、あそこにあるだろ?えっと……シロツメクサだったかな」
「……は?」
「「「――ブッ!」――ハハハッ!」」」
爆笑と嘲笑が入り混じる。野次馬たちも笑い出し、オバさんの表情が引きつる。
俺もアルと出会うまでは、彼らと同じようにこの場を滑稽だと思っただろう。しかし――
「ちなみにオバさん、アンタはマロンの“本当の”主人じゃないだろ?
今日は旦那さんが体調を崩したから、代わりにここへ来た……違うか?」
「――な、なんで……!?」
「服装を見れば分かる。普通、そんな格好でドッグランには来ない。
それに、普段は旦那がマロンの世話をしているから、アンタは犬のことをよく分かっていないはずだ。側溝など、気をつけるべき点を見落とした。どうせ、よそ見してたせいで、マロンに注意を払わずにいたんだろう?
怪我をさせたことを他人のせいにしてるのは……旦那に怒られたくないからじゃないのか?」
「――なっ!?どうして旦那のことを……!」
「はぁ……『レオのせいにしないでママ、私がドジでごめんなさい。幹男パパは怒ったりしないよ』ってマロンが言ってるぞ」
「――あなた、旦那を知ってるの!?」
「いや、知らんけどな。とにかくレオのせいじゃないってことだ。俺は獣医でもなんでもない、ただのヤンキーだから、マロンの怪我のことは分からん。
いちおう病院に行ったほうがいいんじゃないか」
「「「――おお!」――すごい!」――名探偵!?」」
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ふぅ……なんとかなったな。まあ、ほぼ全部アルが喋ったことをそのまま言っただけだが。オバさんは気まずそうに帰っていったが、俺が帰れない。野次馬たちが俺を取り囲んで離してくれない。
「君、すごいね!」「どういうこと?探偵なの?」「まさか、本当に犬の言葉が分かるとか言わないよね」「ねぇねぇ、うちの子は何て言ってるの?」
……ウザい。完全にヒーロー扱いされてる。見た目はヤンキーなのに、どうしてこんなにも親しげに話しかけてくるんだよ。おい、アル!どうしてくれるんだ!助けろ――って、レオと談笑してんじゃねぇ!
「――あ、あの!助けてくれてありがとう……か、加賀見くん……」
「ん?」
レオの飼い主の女の子……誰だっけ?俺の交友関係は青葉美桜、友達の柊陽花、保健室のドS星宮、胃の弱い担任朝倉、問題児東郷、たかりのガリキタに佐々木くんとやら……この辺りか?この中に関係者はいるのか?
……分からん。
「すまん、俺はお前を知らない」
「――うっ!だ……だよね。わたし雪村皐月です。いちおう……クラスメイトなの」
「――クラスメイト……だと!?」
「う……うん……か、加賀見くんは有名人だから……わ、わたしは不登校で、知らないのも当たり前だよね……で、でも、助けてくれたから、わたしのこと覚えてくれてたんだって、勝手に勘違いしてて、そ、そうだよね……知らないよね。
でもそれなら逆にすごいよね……わ、わたしみたいな見ず知らずの根暗な人間を助けるなんて、なかなかできないよ。
か、加賀見くんって怖い人だと思ってたけど、動物を愛する人だったんだ……でもそれってすごいギャップだよね。
漫画とかでよくあるよね……雨の中、捨て犬に傘を立て掛けてあげる乱暴者な不良少年……そして、それを見て恋に落ちるヒロイン……デヘヘ……それでどしゃ降りの雨の中……」
おいおい、なんだか急に早口になってきたぞ。
しかもデヘヘって……なんか最近、関わる人間が変なヤツばっかだな。それにしても、雪村皐月ねぇ……雪村……
ん?そういえば、美桜が朝倉に言ってたな。不登校の生徒にどう対応するのか、とかなんとか。コイツがそうか?
「おい、雪村。お前、学校でイジメにあってるのか?」
「――?イジメですか……えっと、か、加賀見くん、イジメすら遭わない人間をご存知ですか?誰にもその存在を認識されず、ひっそりと学校生活を過ごしている生徒……それがわたしです」
「なんだそりゃ、イジメに遭ってもいないのに学校に来てないのか?」
「は、はい……」
「なんでだ?」
「え、えっと……それは……なんとなく?」
「――ハァ!?なんとなくで心配かけさせんな!とっとと学校に来い!」
「――し、心配してくれてるんですか?」
「俺じゃねぇ、レオだよ!」
「――レオが!?」
「アイツは元気のないお前のために花を集めてたんだぞ!マロンと遊ぶのを我慢して集めてたんだ。
健気じゃねぇか。お前はそれに応えてやれ」
「……レ、レオが……わ、わたしのために……わたし、たいして世話もしてあげてないのに……こ、この散歩もお母さんが、外に出ないわたしを見かねて……散歩くらい行きなさいって……それなのに……わたし、レオには何もしてあげてないのに……」
「……何かしてあげたから何かしてもらう、とかじゃねぇんじゃねぇか?
だって、そういうのが家族なんだろ……知らんけど」
「――か、加賀見くん!……わ、わたし、また学校行ってもいいのかな?」
「いいだろ、普通に」
「み、みんなに変に見られないかなぁ……気を遣われたりとかしないかなぁ……ほ、本当はもう行きづらくなっちゃって……い、生きづらくて……」
「……」
……小学生の頃の俺がいた。
ただ、雪村皐月はあの頃の俺よりも繊細だということは分かる。あの頃、俺にはヤンキー漫画があった。コイツには……
「雪村……なんとなく学校に行きたくない、なんて適当な言い訳をすんな!
今みたいに正直に言えよ!お前には家族がいるし、レオもいる。
学校にもバカみたいに正義感ぶったヤツがいる。なんなら、保健室にクソ不味いサンドイッチを作る星宮っていう相談役もいる……
足掻けよ雪村。生きづれぇ〜って引きこもってばかりだとカッコ悪いぜ!クラスには青葉美桜っていうヒーローがいる。なんかあったらそいつを頼れ!」
「――!か、か、カ、カッコいい〜!か、か、神だ!加賀見くんは神ですか!?」
「――はぁ?神ってお前……」
「わ、わたし、明日から学校に行きます!」
「そ、そうか……頑張れよ」
「神と行動を共にさせてください!お願いします!」
「……雪村……俺は停学中だから明後日からだ。悪いな、頑張ってくれ」
「――うぐっ!?………………で、ではわたしも明後日から」
「うるせぇ!お前は明日から行け!」
「ひぃ〜!わ、わかりましたぁ!」
雪村もレオを連れて帰り、野次馬たちもようやく俺への興味を失ったらしい。別に用事があったわけでもないが、気づけばすっかり遅くなっていた。
ようやく騒ぎが収まり、静けさが戻ると――アルが俺のほうへと歩み寄ってくる。
『おい、あのメスとずいぶん仲良くやっていたようだな。美桜というものがありながら、けしからん!』
「お前……よく言えるな。誰のせいでこうなったと思ってる」
『フッ、冗談だ。だが、友人を助けてくれたことは感謝する』
「お、おう……まあ、俺はお前に言われた通りに喋っただけだ」
『いや、普通なら聡明のようなヤツの話など、すんなり聞いてはくれなかったはずだ。
だが、お前の心を打つような熱さが、彼らの耳を傾けさせたのだろう』
「……俺みたいなヤツって、おい!」
『フッ、だが聡明――「見ず知らずのヤツを助ける」っていうのは、どんな気持ちだ?』
「ん?……まあ……別にどうも思わねぇよ……ってか!
どうせ、俺が斗翔ならこの気持ちが分かるだろ!って言いてぇんだろ!」
『いや……そんなことは思わない。加賀見聡明なら、悪い気はしないんじゃないかと思っただけだ』
「…………あっそう」