プロローグ
「加賀見さん!伊達工のヤツらに狙われてるってマジっすか?」
「ん?雄介か……ああ、マジでしつこいんだよアイツら」
教室の窓際、一番後ろの席。
学生なら誰もが憧れる場所だろう。
教室全体を見渡すも良し、窓の外に視線を逃がすも良し。
そして、俺は――そんな好ポジションを与えられている。
暗黙の了解。
誰もが言葉にしないが、分かっていることだ。
俺のような人間は腫れ物扱いされ、当然のようにこの席へと落ち着く。
それが教室の自然な流れ。
そして、隣の席も……まあ、言わずもがな。
「さ、さすがっす!」
「――なんだそりゃ?」
「だって、伊達工のヤツらにずっと狙われてるってことは、ずっと返り討ちにしてるってことっすよね!マジでカッケ〜っす!それに伊達工っつったら、悪の巣窟っすよ!俺らみたいな公立の進学校なんて、狩られる側の人間なんっすよ!でも加賀見さんはヤツらを蹴散らしてるってことっすよね!星花高校のヒーローっすよ!」
「あのなぁ〜雄介、俺は――」
「加賀見くん、アナタがこの学校のヒーローですって?制服は指定のブレザーを着て来ないうえ学生服を着崩し、相手を威圧するかのような怖い風貌。髪型もそれは……リーゼント?っていうのよね。生徒手帳に校則違反と書いてあるわ。校内でこそ暴力は振るってないようだけど、他校の生徒と喧嘩に明け暮れる毎日……担任の朝倉先生にもずいぶん迷惑をかけてるらしいじゃない」
「青葉……」
青葉美桜……世間で言う容姿端麗かつ成績優秀な優等生。
華奢な体に黒髪ロングの清楚な美貌。その完璧な印象とは裏腹に、強い気性と溢れんばかりの正義感が、彼女をクラスの中で浮いた存在へと変えていた。
――もっとも、浮いているのは俺も同じだがな。
「げっ!青葉美桜!」
「和田雄介くんよね。アナタ、一年生でしょ!二年生の教室に用も無く来るのはどうなのかしら?それにアナタのピアスも校則違反よ。加賀見くんに憧れてるようだけど、あまり不良な行動をしてると今後の進路にも響くと思うわよ」
「ケッ!女には男のロマンなんて分かんねぇよ!……ですよね、加賀見さん!」
青葉は仁王立ちで俺たちを見下ろしている。
曲がったことが許せない性格なのだろう。だが、俺自身は「ヤンキー」であることに誇りを持っている。
だからこそ、今の自分が“曲がっている”という自覚はない。
むしろ、俺はこれでも真っ直ぐに生きているつもりだ。
「雄介……お前が座ってるとこは青葉の席だぞ。絡まれても文句は言えん。さっさと自分の教室に行け」
「――ゲッ!ここ青葉美桜の席っすか!?加賀見さんの隣なんすね……そりゃ……ウザいっすね!」
「なに?なんか言った!?」
「……おい、雄介」
「へへッ、んじゃっ、俺行きます!」
雄介は慌てて席を立ち、逃げるように教室を飛び出していった。
去り際、小声で「ウザい」と耳打ちしてきたが、まだあいつはマシなほうだ。
この教室では、青葉の悪口が飛び交っている。
それは陰口というより、ただの空気のように馴染んでいた。
もっとも――俺には関係のないことだが。
「加賀見くん、アナタって喧嘩して人を傷付けることをカッコいいと思ってるの?」
「別に……俺から喧嘩を売ってるわけじゃねぇよ」
「なにそれ、格好つけているつもり?不良のヒーロー気取りね」
「ヒーロー気取りはお前だろ?」
「私がヒーロー気取りですって!?どういう意味?」
「お前って誰彼構わずに人助けみたいなことしてねぇか?まあ、詳しくは知らんけど。おせっかいが過ぎるんじゃねぇかってことだ」
「――なにそれ!困ってる人に手を差し伸べることの何がいけないの!」
「差し伸べなきゃならんこともないだろ」
「見て見ぬ振りをするってこと!?最低……私、アナタのような人、嫌いよ」
「だろうな。だったら俺に構うな」
「アナタが人に迷惑かけているからでしょ!」
「はぁ?俺がいつ迷惑かけた!」
「かけてるじゃない!朝倉先生なんて、アナタのせいで胃痛がひどいのよ!」
「俺の喧嘩とアイツの胃痛は関係ねぇだろ!」
「関係あるわよ!担任なんだから!」
「アイツのは、ただ胃が弱ぇだけだ」
「バカじゃない!アナタのせいで胃が弱ってるの!」
「違うな。そもそも胃が強ければ何も問題ない」
「アナタねぇ……!」
「はぁ?……」
「「……!」……!」
俺はいわゆる時代遅れのヤンキーだ。
この古めかしいスタイルが時代遅れなのは、わかっている。だが、それでも俺は貫く――『ヤンキーはカッコいい』という信念を。
そして、青葉美桜は優等生。いや、度を越した優等生だ。
普通なら、こういうタイプは俺みたいなヤツとは関わらない。
ほとんどの生徒が俺を怖がり、目すら合わせようとしない。
だが、こいつは違う。
「これは間違いだ!」と思えば、迷わず正そうとする厄介者。
それは誰に対しても変わらない。
他校の生徒から『狂犬』と恐れられた俺―― 加賀見聡明すら、例外ではない。
本来なら、交わるはずのない存在。
水と油、昼と夜、秩序と混沌。
正義の優等生と、時代遅れのヤンキー。
だが、世界は時に予測不可能な変化をもたらす。
恋?……いや、違うな。
それはもっと曖昧で、不確かなものだ。
塩キャラメルのように、甘さと塩気が混じり合うように――。
『前世の記憶』と『俺』が、絡み合ってしまったんだ。
完結まで連続投稿していきます。
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