「お客様は神様」と言う人
「お客様は、神様です!」
私の師匠が言った言葉だ。
それ以来、私の座右の銘となっている。
師匠に、この言葉を言われたのは、まだ芸能の道を目指していた頃のことだ。
当時の私は、なかなか芸人として芽が出ずに苦しんでいた。
ぶっちゃけ、荒れていた。
私の舞台には、お客さんが入ってくれないのだ。
夏の暑い日は冷房、冬の寒い日は暖房を目当てに、少しは入る。
しかし、そのような人達は寝ているか、私の芸にヤジを飛ばす。
私は、楽屋で泣いていた。
悔しくて、惨めで、情けなくて……
見かねて、師匠が、私に話しかけてきたのだ。
「……お客様は、神様です」
あんな!私の芸を無視して、ヤジを飛ばしてくる奴らが!?
私は、師匠に掴みかかりそうになる。
「もちろん、今いらっしゃるお客様を、楽しませる努力はすべきです。でも……」
師匠は真っすぐに、私を見て諭すのです。
「あなたの芸は、『芸能の神様』に『奉納』してると意識しなさい」
『芸能の神様』?師匠は一体なにを言ってるんだ?
「舞台に上がったのならば、『芸能の神様』に見られて恥ずかしくない芸を見せなさい。それが『芸の道』です。あなたは、目先のお客様に気を取られ過ぎているのです。もっと先の、高みを目指しなさい」
その言葉を聞いて、私は冷静になった。
確かに、舞台を見に来てくれたお客様は大切だ。
だけれど『芸を磨く』ことは、舞台のひとつひとつを大切にすることでもあるのだ。
「……ありがとうございます、師匠。私は『お客様は神様』と思って『芸の道』に励みます!」
師匠は、穏やかな笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。
結局、私は芸人として成功しなかった。
しかし、師匠の教えは、今も私の心の中に生きている。
私は小さな居酒屋を営んでいる。
「きゃっ!!」
バイトの悲鳴!
「おい、こら!こっちは客だぞ!!」
慌ててフォローに入る、私。
「すみません、お客様。うちの者が何かいたしましたか?」
お客様は、私を睨みつける。
「水割りが薄いって言ってるんだよ!俺はいつも濃いめで飲んでるんだよ!!」
私は、即座に対応する。
「……すみません、すぐに作り直します。ですが、お代を多めにいただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
しかし、お客様が掴みかかってくる!
「おい、てめぇ!『お客様は、神様』だろうが!!タダでやれって言ってんの!『神様』の言う事が聞けないのか!?」
違う!
師匠は、決してそんな意味で言ったのではない!!
どんなに苦しくても、腐らずに『業』を磨き続けろ。
そういう意味で、言ったのだ!!
「……お客様、あなたは勘違いしています。
私は『お客様は、神様』だなんて……
今、目の前にいる、お客様を軽視するなんて、
できません!!」
私の居酒屋は、小さいながらも、大勢のお客様で賑わっていた。
今の私には、大勢の『神様』がついている!!
「……お代は結構です。他の『神様』に迷惑ですので、お引き取りを!」
私は、毅然として、そう言ったのだ!