第57話、エピローグ(2)
「いやぁ、ごめん。本当に済まない。マジで済まない」
そして、
「まさか北門のあの守備兵まで、イマエールから袖の下をもらっていたやつだったとはな。俺たちがわざと遅く行ったんじゃなくて、あのクソ野郎が俺たちをとんでもないところに行かせたんだから」
「もう、分かりましたよ。本当、分かったから」
バレンブルクの大通りを並んで歩きながら、ジヌはしきりに頭を下げて私に謝った。 昨日もめっちゃ謝られたんだけどな。
聞くところによると、3日前、ジヌはミルに散々怒られたらしい。 そりゃ、後発隊が遅れてきたせいで、結果的に私とミル、ウズクマルタカの三人だけで全部解決してしまったわけだから。
しかし、ジヌにも言い訳することがないわけではなかった。
『王冠のドラゴン』の店主も、私に頼まれた通りに急いでギルドに駆けつけ、ジヌに事態を知らせたが、人を集めるのに思ったより時間がかかってしまった。
その上、ミルが私たちの行先を伝えてほしいとはっきり頼んだ城門の守備兵は、後発隊をとんでもないところに送ってしまった。あいつもまた、イマエールの仲間...かどうかはしれないけど同調者だったわけだ。
「この都市も見た目より随分と腐っている。 だから兄貴…総官が私に警備隊長の職を提案した時に受け入れたんだよ。とにかく、この世界で生き残るためには、まずこの都市が住みやすい場所でなければ困るからさ」
「そして給料もいいし?」
「まあ、それもないと言えば嘘だろうけどよ」
ジヌの言葉には十分に同意する。
ここを拠点にしといて私たちが生き残るためには、何よりも彼の言う通り、ここが住みやすい場所でなければならない。イマエールのような連中が暴れまわるポストアポカリプティックな世界になっては、ま、いろいろと困るじゃない。
「それで、警備隊をやめるつもりはないんだよね?確かにそう言ったよな」
「何度も同じこと言わせないでくださいよ、もう。今回はちょっと張り切りすぎただけなんですから」
「それが2泊3日をずっと寝ておいて言えることかよ」
「とにかく、こんな私でもできる事があると分かっているのに、ただ引きこもっているわけにもいかないじゃないですか」
それでも昨日目が覚めたばかりだし、警備隊の復帰はしばらく先送りしておこうとジヌに言われた。意外とブラック職場じゃないんだな、バレンブルク。
そうやって家でぶらぶらしていた私を、ジヌはお昼でもしようと引きずって出てきたのだ。
「どこでお昼を食べましょうか?」
「一応、この辺りでは『あそこ』が一番いいじゃない?」
。
。
。
『王冠のドラゴン』のスイングドアを押して入ってきた私たちを、嬉しそうに迎える声があった。
「ホウジ!」
「メイ、具合はどう?」
「……それ、私が聞くべきだと思うんだけど?」
「じゃ、聞いてみて」
「ホウジ、具合はどう?」
こんなくだらない問答を交わし、私たちはくすくす笑った。そう、これだ。こんなにつまらない冗談でも交わしながら過ごせる世界。
どうせ異世界にいるのなら、私はこういう世界の方が良い。
「やあぁ、ホウジ。元気そうで安心した」
「ウズクマルタカさんも。今日は依頼ないんですか?昼間からお酒だなんて」
『王冠のドラゴン』の一角では、大きなテーブルを一人で占めて座ったウズクマルタカさんがエイルで満ちたタンカードを持ち上げていた。あの大きな体格の人物が座っているテーブルに、ファルシオンまで寄りかかっているから、誰も近寄らないのも無理ではない。
「ハ、お酒だと?こんな薄いエールが?この程度ならうちの部族では水のようなものなんだ」
「ホウジも早く座って、座って。今日は私が一杯サービスしてあげるから」
「ああ、サンキュー。メイ」
私たちはウズクマルタカに誘われ、同じテーブルに相席することになった。私が寝ていた間にジヌとウズクマルタカも顔見知りになったのか、気軽に挨拶を交わした。
「そういえば、ウズクマルタカは、やっぱ警備隊に入るつもりはないんだよな?」
「ああ、俺は当分の間、今のようにギルドの依頼でも受けながら自由に過ごすつもりだ。いつ部族に用ができて帰らなければならなくなるかもしれないしね。それに、警備隊になんか入ったら今みたい気楽にお昼のエイルもろくにできないじゃないか?」
ハッハッハッハッ、とウズクマルタカは豪快に笑った。
聞くところによると、ミルの報告やメイの証言もあり、ウズクマルタカを警備隊にスカウトしようという話が出たらしい。確かにこの前の彼の活躍は誰が見ても素晴らしかったもんな。しかし、本人が遠慮しているのだからいざ仕方ない。
「さあ、料理ができました!」
「おお、待ってました!」
いつものように気さくな態度で、メイがお料理をテーブルの上にさっぱりと並べた。
「そういえば、メイ。あれから大したことはなかった?」
「うん。店主も特に気を遣ってくれているし、こうして警備隊員やタカのおじさんもたびたび来てくれるから」
「タカのおじさん……?」
『タカのおじさん』と呼ばれたウズクマルタカは、頬を掻きながらつぶやいた。「そう呼ぶなってば…」
「それから...」
「え?」
メイは私にそっと顔を近づいた。
「何かあったら、ホウジも助けに来てくれるんでしょう? そうじゃない?」
「あ… えっと… え?」
可愛らしいウインクで私を呆然とさせてから、メイはまた隣のテーブルにサービングに行ってしまった。バカな顔をしているに違いない私を見て、ジヌとウズクマルタカがお腹を抱えて笑った。
まだエイルの一杯も飲んでいないのに、今私の顔が熱くなっているのはきっと天気のせいだろうな? まあ、きっとそうだろう。
だって、晩秋なのに、こんなに暑いんだもん。
― 第1章(完)




