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第55話、戦闘(7)





 ダガーの軌跡と少し低くすれ違うように、思いっきり振り切られたバットは、イマエールの右脇腹に突き刺さった。グリップを通じて伝わってくる残酷な感触。


「クッ!」


 そのまま固まってしまったイマエールの顔が激しい痛みでゆがんだ。カチン、する音とともに両手のダガーが次々と地面に転がった。イマエールは脇腹を抱え、膝から崩れ落ちた。


「クフっ…カハッ…」


 うめき声を上げながら、しきりにせきを吐くたびに苦しんでいた。少なくとも肋骨が三つや四つは折れただろう。おそらく、息をするたびに痛みが押し寄せているはずだった。


 しかし。


「ふぅ… 絶対… ころす……」


 イマエールはすぐにでも気を失いそうな苦しみで地面を這いながらも、手を伸ばした。その先には、落ちているダガーがあった。私の血で染まって真っ赤になったダガーが。


「この、クソ…野郎が……」


 最後の最後まで殺意を捨てないイマエールを見ていると、反吐がでた。ここまでして私を殺したいのか、こんなざまになっても!


 純粋だと言ってもいいほど、怒りしかない殺意に向き合って私は、


 頭に血がのぼった


 心の中で何かがきれる音がした


 目の前がゆがんだ


 すぐにでもイマエールが立ち上がり、私の心臓を突き刺しそうだった。


『そんなに私を殺したいのなら…』


 これは誰の声だ?低く凶暴な声。いや、それはむしろ獣のうなり声に近かった。


【この声は『ほうじ』の脳裏で響いていた】


 殺さないと、あいつに殺されるぞ。 いや、沙也がやられるかもしれん。瀬戸先生はどう?犯されて、蹂躙されて、殺されるぞ。


【優しいそのささやきに、『ほうじ』はうなずいた】


 そうだよな。今のうちに始末しとかないと。


 バットを握った手に血が溜まった。その圧力を耐えきれなかったのか指先から赤い血のしずくがバットに乗って流れた。


「てめえが、死ね」


【『ほうじ』は構わず、両手で握ったバットを頭の上に持ち上げた】


 その姿を、『私』はまるでひとごとのように淡々と見守っているだけだった。自分自身に対するコントロールさえもすべて手放したまま、ただ傍観しているだけだった。


【『ほうじ』はそのまま、イマエールの頭を向ってバットを振り下ろし…】


「アシハラホウジ!」


 深い山奥の泉のように澄んで清らかな、そしてとても冷たい、一度聞いたら忘れられない美しい声が、『ほうじ』の、いや、『私』の名前を叫んだ。


 『私』は再び、私になった。


「ミ…ル……?」


 ミルはその長くきれいストレートヘアをふり乱れたまま、急いで駆け寄ってきた。 息を切らしながら私の前に立ったミルは、まっすぐ目を合わせて手を伸ばしてきた。


「ホウジ。もう終わったよ、ほら、もう気絶したじゃない。だから、もう、下ろして」


 ミルはバットを絞るように力いっぱい握っていた私の両手を自分の細長い指で包み込み、ゆっくりと下ろしてくれた。 真っ白な手が血まみれになったが、彼女はものともしなかった。


 ガラン


 私の手から離れたバットが、すでに意識を失っていたイマエールの横に転がった。


「メイと… 他の…… 奴らは?」


「ウズクマルタカさんが残りの者たちをすべて片付けて、メイも守ってる。 そう、遠くから後発隊が来ていることも確認したわ」


「ミル… 私は… 私は……」


「ホウジはホウジです。 ほら、しっかりして、私を見て」


 ミルは両手で私の顔を包み込み、目を合わせた。 清くて、一点の曇りもない、純黒の瞳。そこに映っているのは私が知っているままの、私だった。


「もう、全部終わったから」


 ああ、よかった。


「行きましょう、私たちの家へ」


 ありがとう、ミル… 私、失わな…ように…


「ホウジ?ホウジ! しっかり!」


 守っ…くれて…







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