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第46話、追跡 (5)





 メイは頭が痛いのか、手をこめかみに当ててしばらくしかめっ面をしたが、すぐに気を取り直した。メイの目がミルと、ウズクマルタカを順に見つめ、そして私のところに留まった。ほんのしばらく、メイの茶褐色の瞳が私をじっと見つめていた。


「ラフに強引に連れられてきたのは覚えている…でも、なんで、どうしてあなたが私を…?」


「あいつ、ラフって名前だったのか。とにかく、いくらなんでも女の子が引きずられているのに、それを、あーそうですか、と見ていられるかよ」


「女の子…って」


 メイの小さなつぶやきに、私は昼に交わした会話を思い出した。


【同じ女の子? ふざけないでよ】


【私のようなあまっこは妹たちに何でも食わせるためにここで酔っぱらいたちの面倒をみているのに、同じ女の子だと?】


 また怒声が飛んでくるのかと思ったが、メイはただ首を下げているだけだった。 何よ。見ているこっちが恥ずかしくなるじゃん。


「そ、そして…その、ラフって奴からメイを救ってくれたのは、ここにいるウズクマルタカさんなんだ」


「あ… あ、ありがとうございます」


「どういたしまして。あの不良な野郎が嬢ちゃんに手を出すところを見たら、我慢できるもんか」


「最初は、ラフが黙ってついてくれば、妹たちには手を出さないって…それで従ってきたのに…ここで急に…私を売り渡すって話が出て…それで…しく…」


 メイは話しているうちにまた感情がこみ上げてきたのか、悔しそうに涙をぽろぽろ流した。握り締めた彼女の拳の上に、ビー玉のような涙がしきりに流れ落ちた。


「もしかして、どこへ行くとか、誰かに会うんだとか、そういうことは言わなかったんですか?」


「いいえ、そういう話まではしていなかったんです」


 あのラフって奴がもうちょっとおしゃべりだったらよかったのにね。残念ながらそうではなかったようだ。


「それじゃ、また話は元通りだね」


 メイが目を覚ましたのは幸いなことだったが、これからどう動けばいいのかは、依然として解決されていないままだった。


 ミルはどうやら追撃を続けたい様子だった。警備隊としても責任感があるだろうし、また個人的にも女性だけを狙いさらって売り渡すイマエールのやからが憎くないはずがない。しかし、彼女が何か言い出す前に私の口が先に動いた。


「ここで引き返すことにしよう」


 私の考えは全く違った。


「いまだに警備隊の本体は来る気配がない。ということは、そちらの方でも何かが起こっている可能性が高い」


 もうかなり時間が経ったが、いまだにバレンブルク市の側では何の援軍も連絡もない。言葉を伝える過程で外れることもあり得るし、私たちが予測できない別の問題がおきている可能性もある。それに…


「それに、今はメイの安定が真っ先でしょう」


 平凡な食堂のウェイトレスであるメイにとって今日一日で起きたことは、すでにショックが大きすぎるだろう。ほら、今もそんなに不安な目でこっちをじっと見ているじゃない。


 私の意見を聞いたミルは、じっくりと考え込んでいた。 冷静なミルなら、いくら血が頭の先まで登ってもすぐ私的な感情は置いといて利害得失を十分に考えるだろう。 むしろ、ウズクマルタカの方が、なんだか今すぐにでも攻め込もうと言うんじゃないかな。今朝もギルドですぐむかついてたし…


「俺もホウジの意見に賛成だ」


「…えっ?ウズクマルタカさん?」


「…何だ。ホウジよ、 その目つきは。俺が頭の中まで筋肉で、後先考えずに今すぐ攻め込もうと言うとでも思ったのか。いくらホウジだとしても、それはちょっと失礼だが」


「あ、ご、ごめんなさい。 そこまで考えてはいなかったんですが…」

「(実はそこまで考えたけど)」


「いずれにせよ、この人数でこれ以上進むのは意味がない。


偵察をするには精鋭ではないし、追跡をするには人が多すぎるし、殲滅させるには人が少なすぎる」


 ウズクマルタカの正論的な言葉に私たちは皆うなずいた。どうやら全員が納得した雰囲気だ。


「じゃ、それではこの辺で撤収しましょうか」


「おーっと、『商品』が勝手に帰ってもいい?ダメじゃん、そりゃ」


 しなやかな声が飛んできた。

 その美声にふさわしくない、この耳障りでくどい言い草を私は知っていた。その中に隠されている卑劣な毒気と下品な心性までも、ブルーレイのように鮮明に感じられた。


 声の主は林道から少し離れた小高い丘の上から、こちらを見下ろしていた。その横には、さっきまで私たちが追っていた短い金髪のチンピラ、ラフが卑屈に親分の顔色を窺いながらこちらをにらんでいた。


 ぺろぺろと唇をなめているその顔は、見るだけでも本能的な拒否感が生じ、鳥肌が立った。


 歯をくいしばりすぎた私の口で嫌な音が響いた。


 きっと瀬戸先生に癒されたはずのわき腹が、ズキズキしてくる。


 私は彼の名前を呼んだ。


「イマエール…」






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