第44話、追跡 (3)
「止まって!ウォー、ウォー!」
「ミル?なに?なんで?」
ミルは慌てて馬を止めた。
ヒヒヒヒヒン
馬は四つの足を踏み鳴らしながらミルの急な停止命令に従おうと必死に頑張って、あと10歩ほど走ったところでようやく止まった。
「よくやった、よくやったよ。 本当にありがとう」
ミルは汗びっしょりになった馬の首を撫でながら褒めてあげた。 考えてみれば、今まで私とミルの二人を乗せたまま全力で走ってきた馬だ。きっときつかっただろう。
「ところで、どうして止まったの?」
「あそこを見て」
ミルが指したところには黒い馬が一頭、人も乗せないまま道端をうろうろしていた。私たちは馬から降りて、用心深く周りを見回した。
黒い馬の背中には、私たちが乗ってきた馬と同じサドルが置かれていた。それに、まだ乾いてない汗でびっしょりになってるのも同じだった。
「私たちが追っている馬なのか?」
「うん。手綱に一連番号も書いてあるわね」
ところで、メイとその金髪のチンピラはどこへ行った?
ガサガサ
突然、人の気配がした。
私はバットに、ミルは弓に手を上げて体を低くした。イマエールの仲間がいるかもしれない。背筋を伝って汗が流れた。さっき音がした茂みの方を睨みつけながらゆっくりと一歩下がった。
電流が流れるような緊張感が体中を走った。これがいわゆる殺気というものか?
茂みの向こうに隠されていた黒い影が体を起こした。とてつもない巨漢だ!
「おい。そこの人、ホウジじゃないかい?」
「…えっ!ウズクマルタ…ごほん!?」
茂みをかき分けて現れたのは、ほかならぬウズクマルタカだった。
「ごほん!ごほん!」
息をすることさえ忘れるほど緊張していた私は、急いで息を吸い込んだせいで、咳き込んでしまった。
「やれやれ。息をしろ、息を。一体こんなどころで何をしてるんだい? それもこんなに急いで」
ウズクマルタカは自分の巨大な肩の上に気を失ってぐったりしている少女を一人担いでいた。メイだった。
「あ、そうだ。メイ、 メイは大丈夫ですか?」
「メイって、このお嬢さんのことかい?」
幸いにもメイは気を失っただけだった。眠っているように小さい息づかいを出し、とりあえず目につく傷もなかった。素早く私の方に一歩近づきながらミルが呟いた。
「お知り合いなの?ホウジ」
一旦弓からは手を引いたが、ミルの目は警戒を緩めていなかった。
「あのファルシオンと服装は、連邦民の方のようだけど」
「今朝、ギルドで会った方だよ。 ウズクマルタカさんはここでどうしたんですか?」
「ギルドに同録も済ませたところだし、ちょうどいい依頼であってさ。軽くオオカミを狩ることから始めたぞ」
ウズクマルタカは私に背を向け、自慢するように自分のマントを見せびらかした。えっ?なんでマントを見せるの?
「え、えッ」
それはマントではなく、オオカミの尻尾を編み込んで紐に通し、肩の上にぶら下げたものだった。あまりにも数が多かったから、ウズクマルタカの肩から背中までゆらゆらしている姿がまるで毛皮のマントのように見えるのも無理ではない。
あれ全部して一体いくつなんだろう。 十個以上なんじゃない?
「この森の中がまるで宝の山だったぜ。もう少し受任料の高い奴らを狩る依頼を受けてもいいところだった」
豪快に笑うウズクマルタカを見て、ミルは少し飽きたような顔で手を差し伸べた。
「とりあえず、メイさんを降ろしましょう。そのままだと不便ですし」
「ああ、そうか」
私たちは慎重にメイを下ろした。さて、これからどうしよう。とりあえずここでジヌさんが来るのを待つか、それともさっさとメイを連れてこのまま町に戻るべきか。
「ホウジとそちらの、警備隊のお嬢さんは、どうしてここまで来ることになった?」
まず、私たちはウズクマルタカに今までの一部始終を大雑把に説明した。
「…それで、その金髪がメイを強引に連れて行ったのを私たちが追いかけていたところでした」
「こんな幼い娘を拉致するなんて、もっと殴ってやったらよかったな、あいつ」
「ここで何があったんですか?」
「森からそろそろ出ようと思ってたところに、ここで出会ったんだぞ。いきなり馬の上からお嬢さんが俺に『助けてくれ』って大声でと叫んでさ。
最初は、痴話喧嘩かと思ってさ。面倒くさいから見なかったことにしようとしたんだけど、その金髪の野郎がこの娘を黙れと殴るじゃない?それを見てつい、かっとむかついて地面に叩きつけてやっただけよ」
「その男、今どこに行ったんですか?」
「情けなく泣きながらあっちらへ逃げた。やっぱり見逃すんじゃなかったな。もっとぶん殴りたかったのに、このお嬢さんを放っておいてあいつを追いかけるわけにもいかないじゃない、まったく!」
言われてみれば、メイの片方の頬が赤くなっているのが目に入った。あのチンピラが手を出した跡のようだった。このクソ野郎が!
「メイもどうせ助けを求めるなら、もっと早く、町で勇気を出した方がよかったのに」
「違うわよ。たぶん、メイさんは自分がどこに連れて行かれるのかさえ、ここの来るまで気付かなかったはずだわ」
ミルの顔に影が落ちた。




