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第38話、初出勤日 (3)






「連邦というのは、部族たちの連合のようなものなんですか?」


 ウズクマルタカは、こんなばかばかしいことを問うやつを初めて見たと思っているような顔をした。


「本当に知らないのか? 文字も書ける人が?」


「本当に知らないんですよ。知っていることをわざと聞くほど馬鹿でもあるまいし」


「ホウジ以外の誰かが同じことを聞いたら、てっきり俺をからかっていると思っただろうよ。連邦というのは…」


 今、私たちがいるこのバレンブルク州。


 この地に長い間にわたって代々暮らしてきた人々が、他ならぬジョルボンヌを含む様々な部族たちだった。


 彼らは広大なバレンブルク地域の中でも、主に水と森が豊かな渓谷地帯で暮らしていたため、『渓谷連邦』と呼ばれていた。しかし、彼らが最初から自らをそのように呼んだわけではなかった。そもそも部族の間に同質感さえもなかったから。


 この国の歴史の知識など全く知らない私に、ウズクマルタカはおとぎ話を聞かせるようにゆっくりと話してくれた。


「部族たちは時には力を合わせたり、時にはぶつけ合ったりしながら、ただそうやって生きてきた。皆が共有していた価値はたった二つだけ。 神への服従、そしてご先祖への崇拝。それだけは部族を問わず誰にだって絶対的であった。


 その頃、ゼロガム王国は南からちょうど立ち上がり始めたばかりの新興国家だった。しかし、次第にその勢力を広げていった王国は、やがてこの地域、今のバレンブルクにまでたどり着くことになったんだ」


 いつの間にか私はペンを止め、彼の話に夢中になっていた。


「当時は、この地域が別に誰の領土でもなかった。だが、暗黙のうちに、ヴィンターワルト帝国の影響下だった。帝国のことは知っているのかい?」


「この辺境がゼロガム王国と帝国の国境だってことくらい…?」


「ヴィンターワルト帝国は広大な大帝国である。帝国から見れば、ここはとても遠くて人里離れたところに過ぎないだろう。


 敢えて征服する必要も理由もなかった。我々を渓谷連邦と名付け、一つの集団として初めて扱い始めたのも、そして連邦と交易をするほど友好的な関係を作ったのも帝国であった」


 ウズクマルタカは話を止めて、咳払いをした。私はいつの間にか止まっていたペンを急いで動かして、書き込みを再開した。


「でも、ゼロガム王国のことはヴィンターワルト帝国にとって連邦のように好意だけで済ませられる問題ではなかった。


 帝国は、ますます自分たちに向かって膨張してくる王国を黙って見過ごすわけにはいかなかった。必然的に伝統の大国と新興の強国はこの地でぶつかり合うことになり、それが…」


「200年前にあった百日戦争である」


「ギ…ギルド長!?」


 ウズクマルタカの言葉を横取りしながら現れたギルド長の顔を見て、私はそのまま固まってしまった。ギルド長の顔は笑っていたが、口元は震えていた。


「休み時間にしては長すぎると思うんだが、何をしているのかな、ホウジ君?」


「あ… こ、この方の加入申請書の書き込みをお手伝い…」


「今朝、私が言った君の任務はそうではなかったはずだが?」


「『何もするな』でしたね…はい!よく覚えています!」


「直ちに元の位置に!」


「はい!」


 私に一喝をしたギルド長は、今度はウズクマルタカに視線を向けた。ウズクマルタカは目を逸らすこともなく、ただ淡々と向き合うだけだった。


 まさか彼にも怒鳴りつけるつもりなのかな。私は元の位置に戻りながらも、不安な目で彼らを見つめた。


「渓谷連邦からいらっしゃったのか?」


 意外とギルド長の口調は穏やかだった。


「さよう、不本意ながらご迷惑をおかけした。あまりホウジを責めないでくれ」


「ガキが怒られるようなことをしたら、怒られて当然であろう。どれ、書き込みの途中だったようだが、ちょっと見させてもらおうか」


 ガキ、と呼ばれた私は心の中でかっとしたが、これを知るはずがないギルド長は、私が書いていた書類に一度目を通して、続けて書き始めた。そしてすぐ、書き終えた申請書を持って、体を起こした。


「これは私が受付けするから、ご心配なく。『バレンブルクギルドへのご加入、誠におめでとうございます。ウズクマルタカよ』」


「本当にお世話をかけた」


 ギルド長は上の階へ行って、ウズクマルタカは私のところに来て、頭を下げた。


「私のせいで、つい叱られてしまったね」


「ギルド長のおっしゃる通り、間違ったことは間違ったことですから。ウズクマルタカのせいではありませんよ」


「とにかく今日の恩をいつまでも忘れない」


「ま、そんなに大したことでもないですもの。後で連邦や部族の話でももっと聞かせてください」


 ウズクマルタカはにっこり笑って私の背中を軽くたたいた。 軽く、というのは彼の基準で、私から見れば全身が揺れるほどの一撃だった。


「そうしよう。じゃ、私はこれからイノシシ狩りにでも行くとするか」






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