第15話、トレーニング (1)
「ホウジ!誠実で賢明な神の子羊よ! 約束します! 良い知らせがあれば必ずお伝えします! どうかお元気で!いつも神のご加護があなたのもとへありますようにぃぃぃぃ!」
ああ、耳が鳴る。
しばらくの間そうして私を抱きしめて祈りを捧げ、賛美歌まで歌いあげていたヨナハンは、一緒に来た修道士たちがもうバレンブルクに帰る時間であることを知らせてからやっと帰りの馬車に乗り込んだ。遠くに消えるまでこだましていた彼の叫びが、思い出せば今でも耳が鳴る。
2ヶ月も経った今でも!
「それでもまだ連絡がないね」
「そんなにすぐ手がかりが見つかると思う?それにヨナハンもそれなりに地位があるから忙しいだろう。今はじっと待つしかない」
沙也にはそう答えたけど、私もイライラするのは同じだった。ただひたすら待つということは、想像以上に大変なことだった。
「それなら戦う訓練をしてみたらどうだ、ホウジ少年」
オルソンの提案はこうだった。
もうすぐ収穫の時期だから、冬を控えた野獣やモンスターの襲撃がいつもより頻繁にあるだろうという話だった。理論的にはきちんと自警団を組んで備えるべきなのだが、みんな仕事がある人たちであり、収穫期になるとますます忙しくなるのは村人も同じだった。
「誰かぶらぶらしている人が空から落ちてくれないかなと思って振り向いたら、こんな近くにチャンといるじゃない。 ハハハ」
ぶらぶらしていて大変申し訳ありません。
でも別に間違った言葉でもないから、反論もできなかった。沙也はだんだん村の仕事に慣れてきたし…
【ほら、法次! 私、もしかしたら農作業に才能があったかもしれない。元の世界に戻ったら、農業大学を目指そうかな?】
瀬戸先生は最近、何やらあれこれ料理の開発に夢中になっているらしい。この先日も…
【足原君、足原君! これ一度味見してみてください!】
【うーん…? あれ、これは?】
【フっフン!どうですか? この地方で採れる作物の中に豆と似たものがあって、一度やってみたら成功しました!】
生半可だけどそれなりに味のある味噌と醤油を作りだしたりとか。
【ところで、ここにはご飯もないのにこれをどう食べたらいいんですか?】
【あら、味噌は思ったより使い方が多いですよ。使い方によっては、味噌ソースを作ることもできるし、スプレッドのように加工してパンやビスケットに塗って食べることもできますよ】
どうやら手作りだからか日本で食べた味噌とは微妙に味が違った。でも、そんな細かい違いはどうでもいいほど嬉しい味だった。
【瀬戸先生はこういうのどうやって作ると思ったんですか?】
【えっへん。Uチューブで見た記憶を思い出してみました】
【あ… Uチューブか】
【もちろん何度も失敗しましたが…】
【いや、すごいですよ! 私なら発想すらできなかったはずです!】
瀬戸先生や沙也に比べれば、私にはこれといった役割があるわけではなかった。クレイさんがお酒飲んでいる所へ攫われたり、子供たちの遊びに誘われたりすることは余計に多かったけど。
「それに少年には守るべき人が二人もいるじゃない?」
沙也はもちろん、アヴサラの力を受けた瀬戸先生も、直接的に戦う能力はなかった。やはりいざという時は私に二人を守れるための力は必要だった。 ただ一つ問題があるとしたら…
「ホウジ少年は図体は大きいのに、力はまあまあだな」
現代日本の栄養状態が反映されているからだろうか。身長はコバフ村の平均を上回るレベルだったが、体力や腕力はむしろ彼らに及ばなかった。毎日力を使う仕事を職業としてる人がほとんどだから村の人たちは力がかなり強かった。
特に鍛冶屋のクレイさんは、村一番の腕力の持ち主だった。 ただの酔っぱらいのおじさんだと思ったのに。
「こいつに剣を作ってくれって?」
勇猛無双な戦士がどうこうと酔っぱらいをする時があったのに今になっては『こいつ』扱いだ。クレイさんは鍛冶屋に置かれた数少ない剣の一本を私に渡した。
「やってみな」
私の剣舞を真面目な目で観察していたクレイさんは驚きの声を上げた。
「へぇ、すごいな」
「まあ、そこまでは…」
「そこまでめちゃくちゃだなんて、本当にすごい」
「……」
「それでもってよくもコボルドたちを倒したものだな」
「はい、私もそう思います」
考えて見れば私一人で凄惨で壮絶な戦いをしただけで、実際にはめちゃくちゃででたらめな戦いだった。運が良かったから被害が少なかっただけで、今になって振り返ってみると、危なかった瞬間がいくつもあった。
「とりあえず、今は武器のことなんかより、お前は体力と力を鍛えろ」
体力と力......
体力は毎朝ランニングでもするしかないし、力なら考えておいたことがある。とにかく鍛冶屋を出る途中に、隅で転がっている鉄の塊が一つ目に留まった。
これは?
「クレイさん。これは何ですか?」
「フレイルを作ろうとしたけど失敗して捨てておいたパーツなんだが、それがどうした?」
「これを使って… 一つ作って貰いたいものがあるんです」
私は頭の中に浮かぶプランをできるだけクレイさんに説明した。正確な図面があるわけでもないからかなり曖昧な説明になってしまったが、経験が豊かなクレイさんはすぐ理解したようだった。そもそも複雑な構造でもないし。
「本当にそれでいいのか?」
「はい、お願いします」
クレイさんの鍛冶屋を出る。
そして私は気を引き締めた。さあ、これからもう一度やってみようか?




