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方程式未解のまま  作者: lighthouse
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第八章 まだ見ぬ未来へ

 ついに文理融合企画の結果発表の日がやってきた。駒場の900番講堂という大ホールに集められた参加者たちが、順番に作品のプレゼンを行い、その後審査員と観客投票によって優秀作品が決まる。

 僕も駒場の講堂でプレゼンに参加し、作品のあらすじや“理系ならではの着眼点”を語った。何度経験してもプレゼンは緊張するが、文系・理系問わず、興味を持って聞いてくれた人が多いように感じる。瑠璃や水島が客席から励ますように微笑んでくれているのも心強い。

 結果は――最優秀賞こそ逃したものの、優秀賞の一つに選ばれた。審査員からは「理系的思考と恋愛感情の相克をうまく表現している」「不器用さにこそリアリティがあり、読後に温かみを感じる」と評価され、僕は思わず頬が熱くなった。

 受賞した瞬間、隣にいた瑠璃が「やったじゃん!」と肩を叩き、水島は小さく拍手をしてくれた。津田さんにはまだ連絡していないが、きっと喜んでくれるだろう。編集部への報告は後回しにして、僕は今はこの会場の喜びを味わいたかった。

 

 その日の夜、ホールの打ち上げが終わって外に出ると、すっかり日は落ち、駒場の街灯が足もとを照らしている。瑠璃は先に友人たちと別の二次会に行き、僕は一人で帰るつもりだった。そこへ水島が追いかけてきた。

「あ、ちょうどよかった。帰り道、一緒にいい?」

「うん、もちろん」

 駒場キャンパスから駅へ向かうまでの道を並んで歩く。夜の風は少し肌寒いが、昼間の緊張から解き放たれた心を安堵の気持ちが包んでくれる。

「本当におめでとう。優秀賞、すごいじゃない」

「ありがとう。水島のアドバイスも大きかったよ。……なんか、ちょっとだけ自信ついたかも。恋愛未経験でも、こうやって書けるんだなって」

「未経験だからこそ、新鮮な視点があったと思う。私なんて、そんなに恋愛経験が豊富なわけじゃないけどね」

 彼女はそう言って、ひそやかに笑った。クールな印象の水島だが、笑顔はとても柔らかい。その一瞬で僕の胸はまた高鳴る。僕は心の中で、これはどういう感情なんだろう、と分析してしまうが、答えは出ない。しかし答えが出ないからこそ、面白いのかもしれない。

「これからは進振りで忙しくなるし、研究室に入ってからも大変だろうけど……それでも小説は続けていきたいんだよね。両立できるかどうか、不安だけどさ」

「うん。私も物理の研究を本気でやりたいし。でも……何かを学ぼうとすることって、恋愛に限らず、全部繋がっている気がするよ。未知の何かを解き明かしたいっていう気持ちは変わらないから」

 彼女の言葉はいつだって僕を前向きにさせる。理屈だけでは解けない方程式に立ち向かう――それが恋愛でも研究でも同じなのだ、と僕は痛感する。 

 やがて駅が見えてくる。ホームまで一緒に行こうか迷っていると、水島が静かに口を開いた。

「進振りでどの学科に行くかは、人それぞれだけど……私、たぶん物理に行くと思う。だからもし、葵田くんが化学科に行ったら、キャンパスは同じでも研究棟は離れちゃうかも。まあ、まだ分からないけどね」

「ああ、そうだね。……でも、研究棟が離れてたって、きっと顔合わせる機会あるよ」

「そうだといいな」

 水島はそれだけ言い、改札へと足を向ける。僕は何か言葉をかけたかったが、急に喉が渇いたようで言葉が出ない。ただ、一歩踏み出そうとしている自分を感じる。合コンで空回りして落ち込んだ僕が、今この瞬間は、どこか胸を弾ませているのだ。

 こうして駒場キャンパスでの2年生の春は過ぎていく。まだ正式に誰かと付き合うまでには至っていない。けれど、僕はもう“恋愛未経験”という肩書をネガティブには捉えていない気がした。むしろ、“これから得られる体験”を楽しみにしている。

 研究も、恋も、小説執筆も、どれも先が見えない。その未知なる方程式が、僕の中で同じ熱を持って燃え続けている。それが青春というものなのだろう。僕は次の物語の構想を胸に抱きながら、夜のホームで電車を待つ。いつか、もっと大人になって、この日々を振り返るときがきたら、僕はなんて言うだろう。 

 ――答えはまだ出ない。しかし、解けないままの方程式も、悪くない。僕はそう感じて、わずかに笑みを浮かべた。

本編では、東大教養学部(理科一類)の二年生・葵田和貴が「恋愛」「研究」「小説執筆」という三つの要素を同時に追いかける姿を描きました。彼は理屈屋な性格ゆえに、恋愛に対して苦手意識を抱きつつも、一歩ずつ未知の世界へ踏み込んでいきます。

こうした“理系視点”で恋愛を捉えると、感情は数式のようには割り切れない一方で、そこにこそ人間らしさの魅力が宿るのだと気づかされます。まるで研究が失敗や回り道を通じて真理に近づいていくように、恋愛もまた試行錯誤のプロセスそのものが面白いのだと。合コンでの空回りや文理融合イベント、研究室見学など、大学生活ならではのリアルな場面を通して、彼の成長ぶりを見守っていただけたなら幸いです。

実際の東大生にとって、二年生まではまだ“駒場”という教養学部の舞台にいて、研究や専門に触れつつも手探りの日々です。その中で、恋愛やサークル活動などの青春模様が広がる様は、本編の主人公の姿と重なるところがあるかもしれません。学問と感情、一見両立しがたいものが混ざり合うことで、予想外のドラマが生まれる――そうした面白さを、この物語から感じ取っていただければ嬉しく思います。

“恋愛未経験”であることが負い目に思えることもあれば、それがかえって作家としての発想に新鮮な風を吹き込む。そうした矛盾や葛藤が、本人にとっては苦しくもあり、同時に大きな原動力にもなるのではないでしょうか。現実世界でも、誰もが未解の方程式を抱えながら一歩ずつ進んでいる――そのことを本作を通して、少しでも読者の皆様と共有できたなら幸いです。

今後、主人公がどんな研究分野を選び、どんな恋をし、またどんな物語を書いていくのか……物語の続きは、きっと彼自身が歩む未来の中にあるはずです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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