第六章 恋と研究は似ている?
翌週、学内ではサークルの企画や特別講義などが目白押しだった。その中に興味深いイベントが一つあった。「理系脳で考える恋愛のメカニズム」というテーマで、大学内の心理学系ゼミと理科の学生が共同で開く講演会だ。
僕は「これは参考になりそうだ」と思い、試しに行ってみることにした。講演会の会場は駒場の教室の一室で、参加者は十数名ほど。意識高めの学生や、面白半分で来たであろう学生が混ざり合っている。
壇上では心理学教授が「ホルモンが恋愛感情に与える影響」「人間の脳が恋愛でドーパミンを分泌する仕組み」などを熱心に語っている。その横で医学部の院生らしき人が実験結果やグラフを示し、環境要因と恋愛感情の相関を説明していた。
(こういう理詰めのアプローチも、作品に反映できるかもな……)
と興味をそそられていると、すぐ隣の席に見覚えのあるショートボブが腰を下ろした。水島だ。彼女もこの講演会に興味を持ったらしい。
「あ、こんばんは。こういうの興味あるんだね?」
小声で話しかけると、水島は小さく頷く。
「うん。研究と恋愛って一見違うけど、実は未知のものを探求するという点で似てると思うの。ここで何かヒントが得られるんじゃないかと思って」
僕はその言葉に納得する。研究も恋愛も、先が見えない状態で試行錯誤し、何か新しい発見をするプロセスなのだ。成功ばかりでなく、失敗や恥ずかしい体験が伴う。それでも突き進むのは、未知への好奇心ゆえ――。
講演が終わると、二人で一緒に教室を出た。駒場の夜風は春を通り越して少しひんやりしている。
「どうだった? 参考になった?」
「まあ……データで割り切れる部分と、割り切れない部分があるのかなとは思った。要因が多すぎて、一つの理論では説明できないよね」
「そうだね。恋愛感情は複雑すぎる。人それぞれ違うし、タイミングにも左右されるし」
歩きながらの会話はどこか心地よい。水島の冷静な分析は僕の胸をすっとさせてくれるし、それでいて「恋愛なんてわかんないよね」と投げやりになるわけでもない。
「あ……そういえば、文理融合の方はどう? 短編の構想はもう固まった?」
水島が尋ねるので、僕は正直に言った。
「うーん、まだ半分くらい。恋愛モチーフを絡めるつもりなんだけど、僕が書くと理屈っぽくなっちゃうし、いざ感情を描こうとすると薄っぺらい気がして……」
「理屈っぽいのは、むしろあなたの個性でしょう? そこを無理に消そうとしなくていいんじゃないかな。私の勝手なイメージだけど、研究者ってのは“謎があるからこそ前へ進む”ものだと思う。恋愛も同じで、謎めいた部分に惹かれ合うのかも」
謎があるからこそ前へ進む――。そのフレーズが妙に胸を打つ。僕は心の中にふつふつと何かが沸き上がるのを感じた。まだ漠然としているが、“理系ならではの恋愛表現”というものが、少しずつ形を帯び始めた気がする。
「ありがとう。ちょっと考え方が整理できたかも。……あ、これからどうする? どこかでお茶でも飲んで帰る?」
口をついて出た言葉に、僕は内心でどきりとした。まるでデートの誘いのようだ。僕は別にそんなつもりでは……いや、まったくないわけでもないが。
水島は腕時計を見て、少し考えこむと、
「うーん、今日はレポートあるし、帰らないとまずいかな。でも誘ってくれてありがとう。今度、また余裕あるときにでも」
そう言って微笑んだ。その笑顔は控えめだったが、十分に僕の胸を温かくした。断られたはずなのに、なぜか不快感はなく、むしろほっとした自分がいた。水島が去ったあとも、その後ろ姿を見送っていると、何やら言いようのない感情が胸の奥に芽生えているのを感じる。
これが、ほんの少しの“ときめき”なのかもしれない。僕は理屈では説明のつかない高揚感を抱えながら、駒場キャンパスを後にした。




